第9話 自分を当てにした俺が馬鹿だった
今、リビングには全一の弟の全二がいた。
さっき兄が連れて来た綺麗な人に一目惚れして固まっている所で、兄に部屋に押しこまれたが、程なくして意識を取り戻し今はリビングで勉強している。
何故部屋で勉強してないのかと言うと、リビングなら今日泊るというあの女性が降りてくる可能性があって話す機会も作れる、と考えたからだ。
(それにしても…さっき上で凄い騒いでたけど一体何やってんだろ。ウチにあるゲームであそこまで暴れるゲームなんてあったっけ。クソ、あの人とあんなに楽しそうに騒げて羨ましい…
今日は泊まるらしいけど、何処で寝るんだろう。リビングのソファーで兄貴が寝て、あの人が兄貴のベッドで寝るって感じか。
だってまさか同じ部屋で、同じベッドで寝るなんて事……)
勉強をしようと教科書とワークに手を伸ばすしパラパラとページを捲るも、頭には何一つ入って来ない。
さっきから頭の9割を占めているのがさっきみた善田の笑顔で、残りの1割で僅かに思考している。なので勉強に回す頭の余白は無かった。
「って訳で、怖いから向こうの両親にバレない様にしよう」
訴訟だとかされるのではないかと怖気づいてた全一はそう宣言し、偽善田もやれやれとそれに従う。
「俺だからお前がその決断をする事はなんとなく分かってた…で、どうする?
バレない様にするとなると、このメッセージに違和感なく返信するという難関を越えないと駄目だが…越えられるか?俺達に」
「なんか演技してる時に思ったが、今日の俺めちゃくちゃ頭が冴えてる気がするんだ。だから任せろ」
「じゃ、じゃあやるぞ?トークを開くからな?」
二人共息をのみ、いざ善田の母とのトーク画面を開く。
〔やっほー!今年いっぱいは日本に帰れないけど、大丈夫?寂しくない?〕
〔館には召使いも多いし大丈夫だろうけど、寂しかったら半蔵に何でも言うのよ。半蔵はあんたを極端に甘やかすから正直ちょっと心配はあるけど、頼りになるしね〕
そして最後には兎のキャラが親指を立てているスタンプが押されていた。
今の話で気になる所が幾つもあったが、その中でも特に気になる事は…
「…館?召使い?」
「もしかしなくても…善田って超金持ちって事だよな?」
「じゃ、じゃあ俺はその召使いが沢山いる館とやらで善田のフリをしないといけないって事?待ってくれ、冗談じゃないぞ」
絶望に打ちひしがれて偽善田は頭を抱えてふらふらし、バタリに横に倒れる。
自分がその館で善田のフリを通せるビジョンが浮かばなかったのだ。そして偽善田はある覚悟を決め、全一に目を合わせる。
「悪い、絶対に俺の正体バレる。おい俺、大人しく善田殺しの罪で訴えられて捕まってくれ」
「待ってくれ、冗談じゃないぞ。俺も一緒に打開策を考えるから諦めるな。
あ、ほら、これなら返答も簡単だし過去の履歴だとか色々見れるから、取り敢えず情報をまとめよう」
偽善田の正体がバレない為の手伝いを全力ですると全一は心に決めた。
偽善田には一先ず絶望するのは後にしてもらい、母親との会話を遡って色々情報を集めた。
これで分かった重要な事は
・善田の両親は現在海外に行っている。父は仕事でいつ帰って来るか分からない、母は全国旅行
・屋敷の場所
・屋敷にいる者の数人の名前
これぐらいだった。
履歴は5日前に一括削除されているのでそれ以前の会話は見れなかった。ただ母親とのメッセージのやり取りは両者明るく返答しており、家族の仲の良さがよく分かった。
なので違和感が無い様に可愛いキャラのスタンプで返信をしておく。
「この情報から分かったので大きいのは、屋敷での重要人物の名前だな。見た所フレンドの欄にその名前もあるし、そいつらの履歴を見ればもっと情報を集められそうだな」
「召使いともline交換するもんなんだ…誰にでも優しい善田だからな、おかしい事はなさそうだ。問題は俺がその優しい善田を演じられるかどうかだけど」
現在の時刻は18時半、そろそろ親や家にいる召使いに今日は帰れないという旨を伝えねばならないので、時間は無い。なので二人は急いで他らの者達とのメッセージの履歴を見ようと画面をスクロールさせ…
ピンポーン!
スクロールしようとした所で、一階のインターフォンが鳴る。すると一階のリビングにいた全二が玄関の扉を開ける音がした。
弟が出たので特に指を止めることなくそのまま画面をスクロールさせていると、今度はその弟の声がする。
「兄貴ー、なんか半蔵って人が来てるぞ。聞く所あの人の知り合いみたい」
「「っ!?」」
さっき手に入れた情報にもあったから分かる。その半蔵という者は善田の館の召使いの一人であると。
二人は予期せぬ来客に焦る。
「え、な、なんでここが分かったんだ!?あっ、スマホのGPSか!」
「そうに違いない!多分こんな時間になっても帰って来ない事を不審に思ってやってきたんだ!」
「ど、どうすんだよ。まだ半蔵って奴の情報はあまり分かってないんだぞ!
追い払ったりなんか出来ると思えないし…もしかして俺今日館に強制送還される!?」
偽善田は何も知らない家で一晩を過ごす事になるのを想像し、頭を掻いてジタバタする。
そんな偽善田の様子を見て、自分達の為に全一は思考を巡らせて考えつく限り良い案を練る。
「…よし、良い案が思いついた。俺が時間を稼ぐから、お前はその間に半蔵とのトーク履歴を遡って、アイツの情報を手に入れろ」
「わ、分かった。そんで?」
「アイツとのトーク履歴で手にいれた情報からあいつと話す時の口調だとか関係性を再現し、良い感じにあいつを追い払うんだ。その時に、暫くこの家に泊るという事も説得できるとグッド」
「何が良い案だ!?俺の負担大きすぎんだろ!
クソ、自分を当てにした俺が馬鹿だった!」
「でもそれしか無いだろ?
俺とお前で善田について知っている情報はほぼ同じ、下着の色を知っているかいないかの差ぐらいしかない。だからお前も分かるだろうが、これ以上に良い案なんて俺らの頭からじゃ思い浮かばないんだ。
とにかく任せた、2分は頑張って耐えてるから」
「その激務を2分でやれって正気か!?」
全一はそう言うと部屋を出て玄関へと向かう。
するとドア先にはスーツを着た20代後半ぐらいの男性が立っていた。
全一がムカムカしてくるほど顔立ちが良い男だ。スチャと人差し指でメガネを直している姿は絵になると思わず思ってしまうぐらいだ。
そんな来客に弟の全二は驚いていた。
「あ、兄貴?こんなカッコイイ人の知り合いなんていたのか?
さっきの女の人といい、高校に入ってから俺が知らない所で交流関係変わったりしたのか?」
「いえ、私は彼にではなくお嬢様の迎えに来ただけです。彼の事は知りません」
半蔵という男性はそう言うと、全一に対し細目の鋭い目線を向ける。怒っている様にしか見えず、その視線に非行兄弟は二人ともビクリと身体を震るわせる。
そして弟は「お、俺勉強しないとだめだからリビングに戻る」と言ってこの場から立ち去った。
尚、話が気になるのでリビングの扉ごしに耳を傾けている。
弟の退場により二人きりになり、全一はなんとか時間を稼ごうと対話でどうにかしようとする。
だがコミュニケーション能力が高くないのでそこまで時間を稼げないのは分かり切っている、正直二分も厳しいと思っていた。
「ぜ、善田の事ですね。いやぁーまさか善田にこんなにカッコイイ御側付きの人がいるなんて思わな…」
「ただのクラスメイトがお嬢様を呼び捨てするなぁぁぁぁ!」
突然半蔵という男はキレ始めた。その突然の怒号で非行兄弟二人をまたしてもビクッと身体が震える。
「お嬢様が中々帰らぬと思いGPSを辿って来てみれば、なんだここは。何故お嬢様が貴様の様な者の家にいるのだ!?」
「ちょ、ちょっと学校で意気投合してしまいまして…ノリで…」
「お嬢様は多忙故に毎日しっかりとスケジュールを組んで動いておられるのだぞ。そんなノリでそのスケジュールを変える方ではない。
お嬢様に限って有り得ないとは思うが…まさか貴様、誘拐したのではないのか?」
「そ、そんな訳ないじゃないですか!
そもそも貴方は何者なんですか?先ずは名乗るのが礼儀でしょう」
「私の名は『
男の自己紹介を聞き、全一は眩暈がしてきた。
(待て待て、16年間って事は善田が0歳の頃から傍にいたって事!?
いきなりそんな奴相手に、付け焼き刃で手に入れた情報から善田のフリをしてバレない訳が無い…これ詰んだ?)
少し頭を抱えて顔が青くなる全一だった。
「どうして先程からお嬢様は出て来ない。普通私の声が聞こえたらここに来るはずだ。少し中に入らせてもらおう」
半蔵は土足で玄関に上がり出した。
流石にそれはやめてもらいたいと全一が半蔵の肩に手を掛けた瞬間、全一の視界は一回転し、浮遊感を感じた直後に背中に大きな衝撃が走る。
半蔵に投げ飛ばされて背中を強打したのだ。
「いっ…てぇ…」
「…こんな衝撃がしても降りてこない、やっぱり誘拐か。貴様がお嬢様の同級生という事は分かっているが、まさか同じクラスに犯罪者がいるとはな。
大方お嬢様に魅了されてこんな狂行に走ったというところか。ただ…一体どうやって貴様がお嬢様を攫ったのか疑問だな」
流石に不味いと全二もリビングから飛び出してくる。
「ちょ、あの女性の方は攫われてきたわけじゃありません!兄貴にそんな度胸も無いです!」
「こいつの弟か。犯罪者の協力者の疑いがあるお前の言葉など信用しない。それよりもお嬢様は何処だ?
お前が二階から来たという事は二階か?」
半蔵はそう呟きながら二階へと上がって行った。
(ま、マズイ。一分ぐらいしか稼げなかった!頼む俺、どうにかメッセージの履歴から得た情報でこの状況を打開してくれ!)
全一はそう思いながら、痛む背中を抑えて半蔵の後を追い駆ける。
そして半蔵が2階に付くと、ある部屋の中から善田の声がしてくる。
「ぜ、全一く~ん、早くイチャイチャの続きしようよ~」
ぎこちない声だが、その内容は耳を疑うものだった。
そして善田のそんな声を聞いた半蔵、全一、全二は固まった。
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