第7話 ギャップ大好き!

偽善田はトイレから出る頃には冷静さを取り戻し、さっきの悪ノリだとか仮面を付け忘れた事だとかを本物の善田に謝らねばと思い。重い足取りで自分の部屋へと向かう。


(うぅ…せっかく善田の評価を取り戻せたばかりなのに、魔が差して勝手にあんな事しちゃった…

あの悪ノリで全二にカッコイイって言ったのは、善田を演じようとしたって言えば何とかなるかもしれない。だが仮面を付け忘れて顔を全二に見られたのは不味いよな…あいつ友達とか多いし絶対に噂広げるじゃん…)


偽善田が自分の部屋の扉を開けると、そこにはもう弟の姿は無く、丸机に座っている全一の姿しかなかった。ただ今の全一はさっきより声も低く、あからさまに不機嫌だった。


「ん、おかえり…」


「…ただいま」

(うわぁぁぁぁ!思ってた以上にキレてる!

仮面を付け忘れた上で勝手にこの身体であんな事言ったやっぱりマズかった!)


全一の切れ具合にビビり、偽善田は縮こまりながら丸机の前に座る。


「えっ…と…全二は部屋に戻ったの?」


「うん、放心状態で固まってたから部屋に強制送還しておいたよ…」


「そ、そうか…」


全一が不機嫌なので、さっきまで弾んでいた会話が嘘に思える程今は場が凍りついていた。

全一は別に偽善田にはキレている訳では無く、ただテンションが低くなっているだけだ。

だが彼の中身が善田だと思っている偽善田から見ると、善田がこれほどまでに低いテンションで話しているのは怒っているからだとしか思えないのだ。

普段から低いテンションの人と普段明るい人、二人が低いテンションになっている時の印象に差が出来るのと同じ事である。


全一は彼女が縮こまり話しにくそうにしているのを見て、こっちから話を振る事にする。


「その…さっきの事について聞いても良いか?」


「…すまん、すっかり仮面を付けるの忘れてた」


「いやそっちは良くて…今、全二に会った時の方について聞きたいんだ」

(正直裏切られた感覚がした。全二に笑顔を向けた時、善田は演技をしていなかったからだ。善田は俺とのこの演技ごっこよりもあいつの前で笑顔で取り繕う方を優先したんだ。

なんだよそれ…そんなの冷めるちゃうに決まってるだろ、ぶっちゃけ俺は善田と一緒に居られるならもうずっと演じ続けて生きるのも悪くないと思ってたのに…こんな簡単に終わるのかよ。そっちから始めたのに…)


今の全一は素の状態。

「善田が一旦演技を止めたんだから、自分も一旦止めて素の状態に戻っても良いよな?文句言うなよ」という様なスタンスである。


そして偽善田はその返答に詰まっていた。


偽善田:(さっき考えた言い訳…あれを言えばこの状況は打開できると思う。

でも…これから先も戻れなかったら、きっと二人で過ごす時間も増えて俺の本性はいずれ絶対にバレる。ならいっその事ここで話してしまった方が良い気がする。

だってさっきの全二をいじる為のあれだって、頭に浮かんだらやっちゃってたし、本性を隠すのなんて無理だ。善田と演じるというだけで俺の能力じゃキャパオーバー過ぎるんだ。

…もう楽になろう)


偽善田はさっきの行為に至った経緯を説明する為に自分の本性について話す覚悟を決めた。


「その…実はいつもは割と本意とか隠して過ごしてるんだ。取り繕った態度取ってる事が大半で…学校でもいつもそうだ。取り繕った澄ました態度を取るのが癖になってる、演じて隠すのが癖になってる。

でも君の前で出しちゃった様に、俺の本性は…」


「っ!ま、待って!」


覚悟を決めて自分の本性について話している最中だったが、途中で全一がその言葉を遮った。


全一:(そうか…そういう事かよ。

クソ…俺って本当にダメだな、善田の事を何も分かってなかった。今日知り合ったばかりだから仕方が無いけど、彼女の想いを何一つ汲み取る事が出来なかった。

…今の変人方面の善田が素なのか。

善田は普段から完璧な女の子を演じて取り繕い続けていたんだな。でも、俺の前ではこうして素を出す事が出来ていると)


なんと全一は全く違う方向へこの言葉を解釈してしまった。

お互い「取り繕う」という解釈部分が逆になり、またしても二人はすれ違う。


全一:(俺も普段は友達に対しても澄ました顔して普通の奴を演じてるけど、本性は性格ひん曲がり野郎だ。

適任転嫁はお手の物、努力してないくせに嫉妬の大きさは一人前、自分の主観こそ全て。そんな奴だ。

昔から自分が酷い性格してるのは分かってたし、俺はそれを隠す様になった。

だから分かる…その気持ち)


全一は偽善田に共感し、自分も彼女に本音を伝えたくなった。

彼女が話してくれた様に。


「…実は俺もそうだよ」


「えっ?」


「俺も君と同じ様に日々偽りの自分を演じてる。とある事件を起こして以降、自分の汚い性格が表に出ない様に外では演じ続ける様になった」


「え?え??????」


偽善田から見れば、突然善田が『俺』口調になって自分の事を話し始めた様に見える。なので偽善田はこの事態に理解が追い付いていなかった。


偽善田:(え…っと、ガチでこれが善田の素なのか?この一人称が『俺』のこの状態が素なのか?

で、でも嘘を付いている様には見えないし、そもそもこんな状況で嘘を付く理由も無いもんな。じゃあこれガチ?)


偽善田は口をパクパクさせながらもなんとか理解をし、ゆっくりと口を開く。


「そ、それが君の本性だったのか…驚きだな」


「ああ。でも俺だって君のカミングアウトにはビックリしたよ」


「そ、そうだよな。は、はは…それにしても似た者同士で気が合いそうだ」


今二人は、善田の素は一人称が『俺』であり、学校の完璧な女の子というのは演じた姿であるのだと勘違いした。そして全く同じ事を考えていた。


(何だよ善田のそのギャップ…そういうの超好き!)


同じ者なので同じ事を考えるのは当然だが、お互い相手を善田だと思い込んでいるのでここでもすれ違いが起こる。


偽善田:(なんか…今の善田は自分の姿なのに…ちょっと…あれだな、善田の事が好きになってきたっぽい…

自分の姿の相手にトキメクのはどうかと思うが、彼女も俺と同じ様な事で悩んでたんだと思うと親近感が湧くし、似た者同士彼女と二人に居ればお互い気が楽かもしれない。

…この身体入れ替わりとかいうこんな訳が分からない事態に感謝しよう。これに巻き込まれたお陰でこんな素敵な人に出会えたんだ。

身体入れ替わりの直前は、出会いの機会があっても十中八九それを掴み損ねるだとか思って諦めてた。でも今は違う、俺はこのチャンスを自分のものにする…してみせる!)


全一:(やっぱり俺は善田の事が好きだ。彼女は自分の悪い面を言って俺に嫌われるのではないかと思っていたからか凄い縮こまって不安になりながら話してたけど、俺は彼女の本音を聞いて益々好きになってしまった。今日知り合ったばかりだけど、彼女はとても面白い人だし傍にいて退屈しないと思う。

離れたくない、もっと色んな事を話したい!更にお互い本心を曝け出せるぐらいにまで近づきたい!)


たった今相手を好きになった偽善田と比べると全一の想いの方が大きいが、二人は本心を軽く曝け出し合った事で両想いとなった。


そして両者の間にはさっきまでの凍えた雰囲気は無くなり、二人とも嘘偽り無い笑みで笑い合う。そして二人はゆっくりと手を前に出して握手しようとする。


「これからよろしくな!善田!」


「ああ、よろしくな!善田!」




「「…え?」」


二人はお互いに相手の名前を言ったつもりだが、お互い「は…」とポカーンとした顔になって固まる。


この状況がごっこ遊びでも、ただの身体入れ替わりでも無いという事が判明したのは、純度100%の方の全一が偽非行に惚れてからであった。




プロローグ終了

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