46.春が来る。私には一年半来ていません。

 いつものように早朝のトレーニングを終えた2人はシャワーを浴びて工房の開店準備をしていた。

 そんな中、唐突にノアがとんでもない事を話し出す。


「深淵部に向かう」


「はい?」


「星雲に氷雪系と相性のいい雷風系統の術式を刻んで深淵部に向かう」


「なんかトラウマ案件が増えてますよ!?」


「基本属性各種、感知、召喚契約、回復、あと付与をお前にも覚えてもらう。王の魔法の開発もだな。その為にそうだな・・・X等級深層500階層のモンスターをあと50万ほど屠って・・・」


「それはこの前に聞きました!まだ召喚契約とやらも回復も王の魔法とやらも付与も覚えていませんよ!?モンスターの討伐数だって全く足りていません!」


 ちなみに基本属性は全て刻まれている。火や土系統なのだが星雲のスキルとは相性が悪いので非常に使い勝手が悪かった。ノアが「火と土は要らんかったな」と言った時には大喧嘩に発展してネレイドの結界がなければ工房が壊れていた程で、黒姫事務所のアサが止めに入らなかったら危なかった。


「付与は今刻む。召喚はクソ精霊がいるだろう?回復はスキルがあるだろう?固有魔法はこれから覚えろ。あとモンスターもこれから倒せ。あと一週間くらいで」


「無理でしょ!」


「やれ」


 ノアは一向に引かない。何かに焦っているようだ。


「・・・何か理由でもあるんですか?」


「・・・今は言えん。が、深淵部での探索はこれからのセイウンにとって必要なものだ」


「はぁぁぁぁぁ・・・トシさんをどう説得しましょうかね。予約をまた調整して仕事を片付けて、忙しくなりそうです」


「スマン」


「いいですよ、相棒。私に必要なのでしょう?であれば私はやるしかありません。でも、トシさんに怒られるのは嫌ですねぇ」


「フッ・・・そうだなぁ!何を言われるか分からんな!」


 星雲とノアはトシのもとに向かう。バチクソに怒られるのを覚悟していたがトシの反応は意外なものだった。


「そうですか。行ってらっしゃい」


 星雲とノアは顔を見合わせる。


「怒らないんですか?」


「X等級になったら好きにしていいって言ったでしょ?仕事の調整はすでにしているしいつ行くのか中々言い出さないから気が変わったのかと思っていたよ」


 まさかのトシが優しい。2人は夢でも見ているような気分だった。


「じゃ、じゃあ二週間後から数ヶ月工房を閉じるって言っても良いのか?」


 ノアが恐る恐る聞く。


「もちろん、最近の予約は一週間先までしか受け付けていないから大丈夫だよ?というか工程表渡してるんだから気づくでしょ?・・・もしかして見てないなんてことはないよね?」


「ももももちろん見ている!受注件数がやけに少ないなぁと思っていたくらいだ!そうだなセイウン!?」


「そそそそうですね!桜さんに随分仕事を振ってあるなぁと思っていたんですよ!」


「ハァ・・・まぁ、いいけど」


((セーフ!!!))


「じゃあ、二週間後からトシさんと桜さんは休暇で!私たちは数ヶ月間帰ってこれないと思うので!」


「いや、工房は閉めないよ?」


「「なんで?」」


「桜ちゃんに頑張ってもらう。彼女ももう資格を取って3年目だからね。前に指示してた資格も全部取得できたみたいだし。それに彼女の推進機構付きの戦闘用装具や機械型モンスター素材の義肢は人気になってきているからね。一切休ませるつもりはありません」


「「うわぁ・・・南無三・・・」」


 星雲とノアは心から桜に同情する。馬車馬確定だ。以前多めに狩りをしてずっと隠し持っていたwagyuモンスターのバーベキューを開いてやろうと2人は誓った。



 桜を呼んでことのあらましを伝えると桜は意気消沈している。


「・・・」


「ホラ、1人でも工房を任せられる程に成長したんだ、な?」


「・・・」


「桜ちゃん、安心して君に出来るレベルの仕事しか受注しないから。それに休みも週一はあげるから。もちろん休出手当も出すし、代休は星雲くんたちが帰ってきたら自由に使っていい。それにいない間頑張ったら昇級考課も爆上げだよ?」


「・・・」


 桜はダンマリだ。


「桜さん、実はですね。Wagyuモンスターの肉が大量にあるんですよ。桜さんの成長とこれからの数ヶ月間頑張ってくれるお礼に皆んなでバーベキューでもしませんか?」


「・・・」


 桜はダンマリだ。しかし、耳がピクピク動いたところを星雲は見逃さなかった。


「桜さん、そのバーベキューにはサクヤさん、キサラギ先生も呼びましょう。そして、キサラギ先生にお願いして同僚の方つまりお医者様もご一緒に来てもらうようにしましょう」


「・・・同性だと意味ないです」


 かかったぁ!星雲はすぐにサクヤに電話をかける。


「サクヤさん?今度ウチでバーベキューでもやりませんか?大量のWagyuモンスターの肉を放出しようと思いまして・・・えぇ、そうです。・・・えぇ、それでですね?同僚の『独身の男性ドクター』も一緒にどうですか?え?オッケー?いやぁ、助かりますよ!何せ大量にお肉があるものですから!『若い男性』が来てくれると沢山食べてくれそうですねぇ!・・・えぇ、それでは二週間後の週末に!お待ちしていますねぇ!!」


 一発でサクヤは意図を汲み取ってくれた。マジ神である。


「だそうです。いやぁ、楽しいバーベキューになりそうですね!」


「イェェェイ!お二人がいない間も私頑張ります!新規顧客の開拓も!病院の外回りも!何だったら開発も頑張っちゃいますよぉぉぉぉぉ!」


(((チョロいな)))


「サクラ!その意気だ!お前の薔薇色の人生の為にもここは頑張りどころだぞ!」


「はい!いい男を捕まえて見せます!」


「桜ちゃん!身辺調査は全部済ませておくから週末に会うドクターは全部クリーン!入れ食いだね!」


「はい!スタイリストさんを雇ってバッチリおめかししてきますね!」


「いや、ここはいつもの素敵な桜さんを見せていきましょう!気合いが入りすぎていると思われても男性は引いてしまいますよ!」


「ハッ!?確かにそうですね!バーベキューらしくアウトドアルックであまり気取ってないように見せる方がいいかも知れませんね!」


 全員が仕事の方も頑張ってね?と思うがここは口に出さない。

 とりあえずいい男が来てくれて、連絡先を交換して、デートして、あわよくば彼氏ができて!と桜のモチベーションを維持する為に天命を待つのみ!

 桜の男運はそれほどまでに壊滅的なのだ。

 この前なんて『逆美人局』と言うパワーワードを生み出したくらいである。


「うぉぉぉぉ!燃えてきたぁぁぁ!」


 と、桜は過去一で仕事を片付けていく。この二週間の桜の働きは尋常では無かった。


「じゃあ病院周り行ってきます!」


「公立病院のハリマドクターの紹介で新規4名、救世会病院のランスドクターの紹介で新規7名獲得してきました!」


「武器の受注?私がやります!いえ!やらせて下さい!付与も刻み込んでくれて構いません!魔力が足りない?モンスター倒してきます!」


 と言った具合で新規を19名、そしてノアに終業後と週末に付き合ってもらい、基本的な付与術までも習得してしまった。

 最初からこうすれば私たちはもっと楽が出来たのでは?と星雲とノアは思ったがグッと堪えた。全ては深淵部へ挑む為だ。

 そして、桜は今までサボっていたことが分かったので考課はマイナスにしておこうと星雲とノア、トシは話し合って決めた。





「今日はお招き頂きありがとうございます」


「「「ありがとうございます!」」」


 そしてやってきました、バーベキュー当日。

 サクヤは後輩の同僚のドクターを3人も連れて来てくれた。


「いえいえ、お忙しいところお集まり頂きありがとうございます(・・・あそこにいるのが桜さんです。とりあえずご機嫌を取ってくれればWagyu盛り合わせとその他、レアモンスターの肉の盛り合わせを進呈しますので。あと、コレ。『橘』の食事券です)」


「(いやぁ、悪いね)」


「(いえ、茶番に付き合って頂けるだけ助かります)」


 そう、これは茶番である。サクヤは同僚に声をかけた。そして全員がお付き合いしている人がいたのだ!

 これはマズイと接待だけでも!と何とか頼み込み何とか3人を確保することに成功した。

 桜の男運の悪さが抜群に発揮された形である。

 だがしかし、溜まりに溜まった桜の運が今日発揮されることになる。


「おや?マカベ君、どうしたんだい?」


 マカベと呼ばれた若いドクターは桜の方を見て微動だにしない。


「・・・自分、ビビビ、感じちゃいました」


「えぇ?確か最近彼女が出来たって・・・」


「一昨日、自分のクレカを不正に使用されていたのが分かって別れました」


 マカベは女運がつくづくない男だった。そしてつくづく男運のない桜と出会う。


 一方、桜も顔を赤らめて恥じらいを見せている。


「星雲さん、わたし、ビビビ、感じちゃいました」


「・・・ビビビ感じちゃいましたかぁ」


「「はい!」」


「では、お二人は親睦を深めてご自由にどうぞ。私たちはお肉食べてますから」


「「はい!」」


 もうすでに目的は達した。時間は午前11時半、桜とマカベ以外は途方にくれる。


「・・・解散しますか?お肉と食事券はそのまま持って帰って頂いて構いませんので」


 星雲がこれ以上はお互いに時間の無駄では?と提案する。

 サクヤは同僚に声をかける。


「どうする?付き合ってもらって非常に申し訳ないがぶっちゃけあとは肉を食べるしかなくなってしまったよ・・・私は残るが君たちを拘束するわけにもいかないし」


 サクヤの同僚2人はせっかくだから続行しようと笑っている。


「ハハハッ!マカベにようやくまともそうな人と出会えてよかったですよ!それに噂の朧さんともお話ししてみたいですし」


「そうですね!マカベさんは本当に散々な目に遭ってきましたから!お祝いということで!」


 そう言うことならと、星雲たちもバーベキューを始めることにした。


「うまぁ!これ本当に好きなだけ食べて良いんですか!?」


「はい、どんどんいっちゃって下さい。食べきれないくらいありますので」


「いやぁ、あの動画を見てから朧さんのファンになっちゃって。それがまさかキサラギ先生の良い人だって言うじゃないですか!次の動画は出さないんですか?あ、写真いいですか?」


「もちろん、態々来てくださっているんですから。写真くらいいくらでも。次の動画も近々出す予定です」


「セイウン!酒!酒がもう無くなりそうだぞぉ!」


「酒屋さんに追加で持ってきて貰いますから待ってて下さい」


 何のかんの盛り上がってきている。桜とマカベを除いては。


「マ、マカベさんは整形外科が専門なんですね・・・」


「は、はい!どうぞ僕のことはリョウタと呼んで下さい。ヒ、ヒノさんは義肢装具士兼、武器職人だと伺っております・・・」


「そ、そうです!わたしのことも桜と呼んでいただければ・・・リョウタさん」


「ハヒ!さ、さくらさん!」


「「・・・」」


 星雲達、全員がハマった。


「「「マジキチィ・・・」」」


「なぁ、アレは何だ?キモイぞ?」


「いやぁ、いい大人があれは無いですね」


「見なよ、あんな桜ちゃん見たことないよ?顔真っ赤にしちゃって。今どきティーンでもあんなことならないよ?」


「外野ぁ!うるさいぞ!オラァ!わたしにとってはここが分水嶺!天下分け目の合戦、まさに天王山!!黙って肉食って酒飲んでろ!ハッ!?ももも申し訳ございません、ついつい・・・」


「ハハッ・・・活発な桜さんも素敵ですね。私も緊張していましたがお陰で少しだけ和らぎました。せっかくこうして皆んなで集まったんです。僕たちも向こうに参加しながらお話ししませんか?」


 ネビュラファクトリーの面々は心の底から驚く。マカベが桜に似合わない、まともな人間だということに。


「トシ、本当に身辺調査はしたのか?医師を騙る結婚詐欺師とかでは無いのか?キャッチミーイフユーキャン的なことでは無いのか?」


「いやぁ、間違いなくしたんだけど。キサラギ先生、彼は好青年すぎませんか?」


「まぁ、とことん女運がない以外は真面目で良い医師ではあるね。あと直属の後輩だし大学も同じだから詐欺師ということはない」


「わたしの未来のダーリンを詐欺師呼ばわりする奴は最新の猛毒で心臓止めてやるぞ!?ハッ!?イヤ、ダーリンだなんて気が早すぎることを言ってしまいました・・・」


「い、いえ!う、嬉しいというかなんと言うか・・・」


「もうそのノリやめてもらえませんか?気持ち悪いです。マジのマジで気持ち悪いです!ほらぁ!肉!肉が焼けましたよ!全部食べちゃいますよ!食べる人ぉ〜!?」


「「「はーい」」」



 こうして桜にようやくまともな春が来た。



「いやぁ、今日は楽しかったよ!マカベ君にも良い人が見つかったし良い日だ!じゃあ私たちはこれで失礼するよ!」


 サクヤがネビュラファクトリーの面々にお礼を言う。


「りょうちゃん!すぐに会いにいくから!」


「桜さん!もう寂しいです!」


 桜とマカベは激痛な会話を終始続けていた。


「お前ら本当に黙らないと殺すぞ?」


「「申し訳ございません!」」


 そしてノアが三回はキレていて今四回目だ。

 桜は途中まで一緒に帰るらしく工房の庭には星雲とノア、トシが残り片付けをする。


「で、いくら賭ける?」


「ノアは?」


「「半年以内に別れるに一千万」」


 星雲とノアがハモる。額が失礼すぎるほどに高額だ。


「それじゃ賭けにならんだろう?」


「いやいや、だって桜さんですよ?このまま順調にいく訳ないじゃないですか。きっとマカベさんには特殊すぎる性癖があるとか、医薬品の保管庫から麻薬をチョロまかしているとか、絶対何かありますって」


 失礼にも程がある。


「そうか、じゃあ僕はこのままゴールインに二千万で賭けは成立だね」


 ここにきてまさかのトシが参戦する。


「トシさん、大穴を狙うにも程がありますよ」


「そうだぞ、あのサクラだぞ?マルチ、詐欺師、カルト教団、etc...おおよそ考えうる全てのクソに騙されてきたあのサクラだぞ?」


 どんだけ男運がないんだ。


「その溜まりに溜まった運がここで一発に集中していたとしたら?」


「「ナイナイナイ、ぜぇーったいにナイ」」


「よし、じゃあ君たちが深淵部に行っている間は僕が見守っておくから結果を楽しみにしておくといい。こう言う時の僕の勘は当たるんだ」


 トシはにっこりと2人に笑いかける。


「そこまで言うのならもしもアイツらが結婚したらワレとセイウンが式の費用、新婚旅行代、新居、結婚にかかる全てのものを用意してやろう」


「そうですね。それに加えて深淵部で見つけた一番の宝石は桜さんに進呈してあげます」


 桜への信頼の無さがヤバい。


「言ったね?記録しておくよ?」


「「モチロン、二言はない」」


 果たしてここまで信頼されていない桜の恋は実るのだろうか。

 それは星雲たちが深淵部から帰ってきてから判明することになる。

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