第3話
『配信で勝手に名前出してごめんなさいね。大丈夫でしたか?』
敬語とタメ口混じりの文面はかなり年上臭い。俺は茶色かまきりの話し声を当てはめながら返信を読んだ。
液晶越し、活字のメッセージは楽だ。何か変なことを口走る心配もないし、困ったらちょっとページを変えて検索出来る。
暫くメッセージのやり取りをした。茶色かまきりからの返信はいつも遅くて、なんか、大人なんだなと思った。俺も一応20歳にはなったが、まだ学生というラベルで守られている。大学二年生の俺。ルカは3歳。
俺はこのチャンスがやって来たタイミングにしがみついて、ルカを大切に大切に育てていくのだ。
───
もうすぐ夏が本格化する季節だ。服装を季節感に合うように移行したいが、とりあえずと干した洋服の中で1番端にある物を選んでしまう。
「危ない!」
すれ違う人の服装を観察しながら歩く。通りすがりの女性が突然叫んだ。
「…おぉ…」
スラックスに染みるひんやりとした感触が、徐々に糖度のあるねっとりした癒着に変わっていく。アイスを持った幼稚園児くらいの子供が、俺の膝に突っ込んでぶつかったらしかった。子供はぽかんとした顔で母親に振り向く。母親は血相を変えて、走って寄りながら俺に頭を下げた。
「す、すみません!!全く、お兄さんに謝りなさい!!」
「いや大丈夫ですよ。これくらい。暑くなってきたからすぐに乾きますし」
「そんな…せめて、これ使ってください」
母親は鞄から新品のウエットティッシュを取り出して、包装されたものをまるごと渡してきた。流れのまま受け取って礼を言うと、足早に親子はその場を去って行った。
───
「へー、それで貰ったんだ?」
「めっちゃ余るし気まずいけどまぁ良いや」
授業がない日はカラオケに籠る。佐々木がギターを引っ掻きながら、ちまちまと音をPCに打ち込むのを横で見ていることが多い。時々俺も歌ったり録音したりするが、人前で撮るのが俺は余り好きでは無い。
ぴちぴちとペグが回る。チューニングの針が中心に合っていく様子を眺める。佐々木はギター歴は特に長くは無いものの、チューニングだけは異様に速い。
ネックを掴んで足を組み、前屈みの姿勢になる。その拍子に、ボディがドリンクバーのグラスがぶつかって嫌な音を立てた。
「あ、落ち───…」
佐々木が間の抜けた声で顔を上げる。
俺は慌てて手を伸ばし、揺れたグラスを救出した。
「なかった。ナイス」佐々木は何事も無かったかのようにピックを摘んでかしゃかしゃとコードを鳴らし始めた。急に動いたおかげで心臓がちょっと速く鼓動している。
「こうなるの分かってんだから、気を付けとけって言ってんだろ」
「まぁ落としたらその時じゃん?」佐々木は聞いてない。普通は、濡れなくていいなら濡れたくないだろうが。
もっとはやく生まれたかった 昼川 伊澄 @Spring___03
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