第47話 アーガ砦の攻防3
レバームス達がアーガ砦の下層部の抜け道跡から侵入してきたデフィーラーとプローブ
アイと戦っている間、外では――。
砦の城壁までデフィーラーの群れが辿り着いていた。
触手の魔物であるデフィーラーは手も足もないが、僅かな起伏があれば垂直の壁でもよじ登ることができる。
だが、そのようなことはせず、閉ざされた城門を壊そうとする動きをしたのでバルカはワームナイトと戦いながら、城門の守備も兼ねなければいけなくなった。
胸壁に配置しているオーク達は対デフィーラー用の団子爆弾を投げつくし、攻撃手段を無くしていた。
弓矢の類は用意していなかったし、あったとしてもフィラルオークは弓矢を扱ったことがないだろう。
アクアルの狩り場で台地の崖を駆け登ってきたヨロイ狼を迎え撃ったように、触手群の進軍を待ち構えていたオーク隊の面々は肩すかしを食らっていた。
その間にも、あまりにもバルカがたやすくワームナイト相手に無双し、デフィーラーをなぎ払うのを見て、興奮して勇み立った三名のフィラルオークが、戦いに参加しようと胸壁から飛び降りてしまった。
それに続こうと身を乗り出す者も現れる。
気づいたバルカは大音声を発した。
「馬鹿野郎!!! ミダ・シムッ、戻れ、戻れ!」
それを聞いて、後に続こうとした者達は思いとどまる。
デフィーラーの群れは舌なめずりをするように、鎌首をもたげる蛇のように、動いた。
怒濤の如く押し寄せる触手群に対し、胸壁から飛び降りてしまったフィラルオーク達は各々の獲物で何匹かのデフィーラーを叩き、斬り、突いて倒すが、数が多すぎる。
オーク戦士の、武器を持った腕や足、肩などにデフィーラーは襲いかかった。
攻撃された箇所は、肉がえぐり取られている。
肉片は飛び散ってはいない。どこにも口はないのに、デフィーラーが喰っているのだ。
グチャ、と肉が削られるたびに、フィラルオーク達は苦悶の表情を浮かべ、背中や腹を貫かれ、潜り込まれたときに、凄絶な絶叫が彼らの口から迸った。
バルカはワームナイトの方に向かって戦斧を投擲して牽制してから、無手のまま彼らの救援に向かった。
一足飛びに到達したと同時に風魔法で触手群を吹き飛ばし、同胞達に食らいついていた触手を素手で爪を立てて掴んで握りつぶしてから、引き剥がす。
デフィーラーはバルカにも同じような攻撃を試みたが、跳ね返された。
触手の先端を矢尻のように尖らせ、喉や鳩尾、膝、顔を狙うが全く通じず、弾かれていく。
目を狙われたときは頭突きで迎撃したが、さすがにそこを攻撃されるとダメージが通るからなのか、単に鬱陶しかっただけなのか――。
バルカはまだ息のあるふたりのオークを担ぎ上げて跳躍し、胸壁の上に着地して降ろすとすぐ戻り、絶命した同胞の亡骸も胸壁に上げてやった。
他のフィラルオーク達は息を吞み、口を震わせてうめいた。
……ワームナイト達は、相変わらずバルカが砦に取り付いたデフィーラーを排除しようとすれば前に出てバルカを牽制し、逆にバルカがワームナイトを攻撃しようとすれば後退して、デフィーラーが城門に取り付こうとする。
さらに、例の霧が漂い始めていた。
ワームナイトやデフィーラーが生み出す妖霧だ。
特にワームナイトの周囲の霧は濃く、後退されると包み込まれるため、バルカの戦斧投擲による遠距離攻撃も効果を減じることとなってしまった。
城門からあまり離れることができなくなったバルカは舌打ちする。
(魔物どもめ、面倒くさい動きをしやがって!)
デフィーラー触手群とオーク隊の戦闘はすぐに始まると思っていたバルカはその予想が外れて、苛立っていた。
バルカは戦斧を作業のように投擲する。
戦斧は回転しながら弧を描き、城壁に遮られてバルカの視界に入らないところを飛んでいく。妖霧が漂う中、気配を完全には捕捉できなくとも、幾らかは仕留めている。
魔物の動きは厄介だが、バルカは確実にデフィーラーの数を減らし、ワームナイトにダメージを与えていく。
このまま戦闘が進行すれば確実に魔物を殲滅できるだろう。
しかし、バルカは魔物の動きに焦っていた。
昔のデフィーラーとワームナイトは、一旦攻撃を開始すると、最後の一匹になるまで友好種族の殺戮を止めなかったはずなのに。
沼地で見た以上の複雑な連携行動だ。
(ただの突撃ではない……)
まるで魔王討伐戦時代……次々と現れる新手の魔物を相手をしていた時のようだ。
そんな思いがよぎったとき、フワッとギデオンが胸壁から舞い降りてきた。
「バルカ! 砦の抜け道の跡から敵が出現です!」
バルカが顔をゆがめた。
レバームスが予想していた「嫌な展開」だ。
あらかじめ聞かされていなかったらもっと動揺していただろう。
「大丈夫なんだろ?」
「い、今のところは。で、でもプローブ・アイを仕留めることができるのがレバームスだけで……」
「レバームスが戦っているのか――まて、プローブ・アイもいるのか!?」
プローブ・アイは戦闘能力がほぼ無い。
偵察用の魔物で、追跡や監視、その大きな目玉で捉えた情報を他の魔物に伝えたりするのが役目だ。
総力をあげた戦闘が始まれば、戦闘力が無いわりには高レベルの魔物なので最低限の数を残して他の魔物のエネルギー源として食われてしまうこともあった。
バルカはハッとして、上を見上げた。
戦闘開始時に砦上空を漂っていたプローブ・アイがいなくなっている。
「“もっと嫌な展開”か――ッ」
アクアルの狩り場でアルパイス公王の娘デイラが集中的に狙われたことで、魔王亡き今生の世界でも魔物は特定の人物をつけ狙うことも確認している。
プローブ・アイが何を――否、誰を捜し、狙っているのか。
想定した最悪の事態が確実化したことを理解したバルカは、殆ど反射的に胸壁にいるオーク隊の半分を天守内の防衛に向かわせようとして、直後に、歯がみする。
(無理だ。古語で新たな命令を理解させるには時間がかかる)
ましてや今は戦闘中だ。
(ギデオンに伝令役を頼むか? いやだめだ。ギデオンの言うことを聞くとは思えん)
バルカは指先をこめかみに当て、念話の準備をした。
× × ×
アーガ砦天守の三つの区画。
城主部屋、控えの間、大部屋はかなりの様変わりをしていた。
どの室内も薄暗く、壁に掛けられた照明杖の光が幾重にも張り巡らされた陣幕を照らしている。
外から中が見えないように設えてあるのだ。
野戦における本陣よりも厳重で、まるで迷路のようだ。
大部屋には非戦闘員のオーク。城主の部屋には子供達が母親とともに、幾つか設置された
その天幕うちの一つの中にメトーリアとニーナがいた。
バルカが湿原から回収してくれていた自分の剣を傍らに置き、軽装鎧と腰マントを脱ぎ、代わりにフード付きの外套を被って、息を潜めている。
テントの中にはネイルの妻と子供も居た。その男の子が、畳まれて置かれているメトーリアの腰マントに仕込まれている投げナイフに気づき、手を伸ばそうとした。
「おい、あ、危ないから触るな」
メトーリアは男の子の手に触れて制止する。
「ウゥ~」
「オ、オル……」
男の子は不満げな声を漏らし、母親が不安そうに子供を抱き寄せる。
一緒の天幕に入ってから、ネイルの連れ合いは緊張しているようだった。
特に下の階から、激しい物音がしだしてからは他の天幕からも不安そうなざわめきや息づかいが聞こえる。
(彼女にしてみれば、私は夫の群れの長の座を奪った男と番っている相手……と思われているのだろうか)
「デ・メトーリア。ビ……ビー? お前達の名前は?」
メトーリアは覚えたての古語を使って名乗ってから、二人の名前を聞いてみた。
「バド!」
「……ジェン」
男の子は元気よく、母親はおずおずと名乗った。
それっきり、互いに沈黙する。
「あのぅ、メトーリア様」
ニーナがこめかみに当てていた指を離しながら口を開いた。
「念話通信か?」
「はい。バルカさんからです。“何があっても身を隠して待機していろ”とのことです」
「……そうか」
あらかじめ、レバームスとバルカに言い含められていたことだ。
念話を使ってまで再度通達してくるということは、
「どうやら本当に、魔物は私を標的にしているらしいな」
と、つぶやいた。
アクアルの狩り場でヨロイ狼がデイラを集中して襲ってきた場面に出くわしていないニーナは目を丸くするばかりだ。
無理もない。メトーリアでさえまだ半信半疑だ。
メトーリアは外の戦況をまるで把握できていないが、戦士としての性か。時間を持てあまして、敵とこちら側……バルカ率いるレギオンの戦力を無意識に分析してしまう。
はっきりいってバルカは最強だ。
(戦闘能力だけではない。私の渾身の
しかし、湿原に偵察に行く前日にいみじくもレバームスが指摘したように彼はひとりだ。
“いくらお前が強くてもひとりじゃ限界があるだろ? たとえば複数の場所で火種を抱えたりした場合どうする?”
そうなのだ。魔物の群れに対し、バルカは自分の群れを守りながら戦わなければいけない。
そして、ワームナイトに対抗できるのはバルカだけだ。
もし、下の階の騒ぎが例の砦の抜け道を使った別ルートからの侵入なら……。
ワームナイトと再び対峙することとなったら……。
どうする?
(いや、何を考えているんだ私は)
スキルは使えない。今でも身体と霊体の調和がとれていないのを感じる。
今の状態で戦えば霊体の損傷が広がり、回復不可能になって廃人になってしまうかもしれない。
「メトーリア様」
「レバームス卿からの伝言を伝えに来ました」
天幕の外から声がした。
メリルとハントだ。
「“隠れたままじっとしていろ”とのことです」
「ぜ、“絶対に”とも言ってました」
「わかっているっ」
言われるまでもない。
このレギオンパーティーに、フィラルオークにどんな犠牲が出ても、自分は生き延びて回復しなければならない。
アクアルのためにも。妹のアゼルのためにも。
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