第19話 底が見えない強さ


 数日後。


 アルパイスの元へ届く斥候隊からの報告内容は彼女にとって驚くべきものだった。

 報告によると――。

 デイラは指示通りメルバに向かって移動中。

 同行しているオーク達は狩り場で得た収穫物の運搬を担っており、予定よりも早くメルバに到着するようだ。

 

 だがデイラ隊の中にバルカの姿はないという。

 オーク達を取りまとめているのはネイルというバルカと背格好が似ている別のオークで、バルカはというと、


「馬を乗り継いで移動する伝令兵のような速さ……」


 で、レギウラ領内を駆け回り、潜伏している他のオークの群れを見つけだしているという。

 そして、群れのリーダーと思しきオークに一対一の闘いを挑んでは次々に打ち倒し、その度に自分の配下に引き込んでいるというのだ。

 今やその数はデイラ隊に同行しているオークの数を超え、小規模ながらも一行は軍隊の様相を呈しているとのこと。


 斥候は偵察能力とスキルや魔法を使う者の実力を見極める分析力に優れた者たちで構成されている。

 諜報網は国の存亡・盛衰を左右する重要なものである。

 特に他勢力の戦闘、魔法、用兵……こういった職能に優れた雄傑たちの数。その実力やレベルを把握しておくのは最も肝要だ。

 レギウラの斥候はギルド同盟圏の外縁部および辺境においてはかなり優秀といえる。

 その斥候達が口々にバルカの異常な強さを訴える。

 

 アルパイスは、元はギルド所属の冒険者だ。

 今でこそレギウラの公王であるが、先祖代々レギウラの支配者だったわけではない。

 魔物の狩りや敵性種族との戦闘といった数々のクエストをこなして、冒険者としての等級(ランク)を上げたのちに、敵性種族であるトカゲびと、リザードとの戦争で戦功を上げ、リザードの領域だったレギウラを拝領してやっと一国の主となったのだ。


 叩き上げの戦士である彼女のレベルは極めて高い。


 斥候達は、そんなアルパイスにも見せたことが無いほどの畏怖をバルカに感じているようだ……。


「一対一の闘いとは具体的にどのようなものであったか?」

「勝負はすべてバルカなるオークの圧勝です。相手の攻撃を全く寄せ付けず、まるで手遊びのように相手を屈服させてしまうので、なんとも……」

「どの程度の実力かも、推し量れぬか?」

「申し訳ございません。全く底が見えないのでございます。相手もそれなりのレベルに達している強者のはずなのですが……」

「決闘で、負けた方は勝者に隷属する……それがオークという種族の習性、掟ということか。まるで獣だな」

「まさしく……」

「バルカの側にいる人間はメトーリアだけか」

「はい。メトーリア殿以外の者はバルカの移動速度について行けぬと思います。我らでさえ時折、その速さに後れを取りかけるほどですから……」

「メトーリアの様子はどうだ?」

「は、夜営においては、他のオーク達と離れたところで、バルカと二人きりでいるご様子。ですが詳細はわかりません……それから」

「なんだ?」

ガエルウラ深き蒼……レバームスもバルカと行動を共にしております」


(拘束し損ねた辺境の賢者、レバームスが……エルフがオークと行動を共にしているだと?)


 アルパイスはオークについて、詳細な知識を有してはいない。

 同盟圏外の北方に生息する知能の低い野蛮な種族であり、ギルド同盟の敵性種族リストに名を連ねているということを知るのみだ。


「バルカは国内のオークの所在を迅速につきとめている。これをどうみるミリア?」


 アルパイスは側に控えていたミリアに尋ねる。

 バルカはオーク達の位置を、まるで最初から分かっているかのような動きで、追跡補足している。

 これはどういうことなのか……。

  

「おそらくは、レバームスが情報を提供しているのでしょう。我々人間は特定のスキルを会得でもしない限り、自然や動物と共感することはできませんが、エルフは野に生き、空を翔び、森に潜む鳥獣と調和する種族的特性があります。動物を使役し、レギウラ領内の全オークの所在をあらかじめ把握していた可能性が高いかと」

「エルフがオークに力を貸すとはな。この二種族は昔から敵対関係にあると聞いていたが」

「同盟領域内に流布している伝承は“嘘”も多いですからね……」


 レバームスは魔物の分析や呪いの逆行解析に長け、四百三十年前の魔王討伐戦では、勇者パーティーをその知恵で支えたといわれている。


(ならばデイラの報告通り、バルカなるオークは本当に、魔王を滅ぼした勇者ベルフェンドラのパーティーメンバーだった……とでもいうのか?)


 アルパイスは話を聞けば聞くほど、是が非でもシェイファー館で会見する前に、バルカの実力とオークを従える能力を自分の目で見極めたいと考えるに至った。


「ミリアよ。私はしばらく城を留守にする」


 こうなるとアルパイスの行動は早い。

 その日のうちに、報告に戻った斥候を伴って王都メルバを出立したのだった。



    ×   ×   ×



 一方その頃。


「これまで決闘した群れの長の中ではネイルが一番強いな」

「そうなのか?」

「ん、ああ。あいつは他のフィラルオークより普通のオークっぽい。立ち振る舞いも他の奴とは違う。そう思わないか」

「……分からん」

 

 火を起こし、食事を摂ったあとで、バルカはメトーリアとそんな会話を交わしていた。

 側には彼女しかいない。

 レバームスからの情報を頼りに、領内のフィラルオークの群れを次々と見つけ出しては配下に収めている道中、バルカとメトーリアは毎晩、フィラルオークやレバームスとは離れたところで共寝するようになっていた。

 毎晩、というのは……バルカにとっては予想外であったようで、彼の猛獣のような金色の眼のまわりはくぼみ、少しやつれているように見えた。

 

「ところでメトーリア……その、ま、毎日一緒に寝なくてもいいんじゃないか?」

「お前が言い出したことだろうが! “男女の関係になったフリをする”とッ」


 メトーリアの言うとおり、あくまでも“フリ”であって、ふたりの間に肉体関係はない。

 バルカは同胞達の呪いを解呪すると心に決めている。

 人間達と争いにならないよう、フィラルオーク達が元々いた場所にやって来たという“恐ろしいもの”を排除し、彼らを帰す。そこが自分の居場所でもあるとも考えている。


 ――同時に、メトーリアを助けたいとも考えている。


(いや、それだけじゃないだろうが)

 

 バルカは胸の内で、自問自答する。


(そうではなく、俺が……)


 ……いやだったのだ。

 命令されれば、好いている相手でもない者に体まで捧げようとする彼女を、放っておけなかった。

 アルパイスやデイラが命令を下せば、メトーリアは別の任務につき、二度と会えなくなるかもしれない。

 

(しかも、そうなればメトーリアが、また任務で、俺にしたように、誰とも知れないヤツに、身体を抱かせようとするかもしれない)


 もし、そうなれば……。

 任務対象ターゲットに身を擦り寄せたメトーリアに対しては、彼女が心を圧し殺してそういう行動をしているのに気づきもしないだろう。は、メトーリアの衣を剥がしてから、いたるところに手指を這わせるのだ……当然、はメトーリアの唇、胸や、尻にも触れるだろう。

 そして――。


「ぬう……ッ!」


 自分が思い描いたただの想像にもかかわらず、総毛が逆立つような怒りの感情が沸き起こり、思わず全身が力む。

 バルカの“気”が迸り、不可視の振動をともなって周囲へと発散する。

 ビリビリと空気が震え、メトーリアはびっくりして、思わず後方に飛び退きながら身構える。


「な、なんだッ!? どうした急に!?」

「アッ!? あ、いや、何でもない! スマン! なんでもないッ」


 必死にはぐらかすバルカの灰緑色の顔面へ、血が一気にのぼってきた。


 とにかく、メトーリアに会えなくなったり、先ほど想像したことのようになるのは、バルカにとって、耐え難いことだった。

 だから自分でも驚くほど大胆な提案をして、メトーリアを側に置くことにした。

 

(つまりは、それほどまでに俺は、メトーリアのことを……)


 好いている、ということに他ならない。

 初めて出会った時から、自分の気持ちには気づいてはいた。

 その想いは今も強まるばかりだ。

 オークの野性味は強い。

 欲求には率直に行動するのがオークであり、他種族と交流する時はそれが仇となって野蛮だ何だといわれる。

 だから、バルカは魔王討伐戦の時に、“自重する”ということを覚えた。

 しかし、我慢にも限度というものがある。

 毎晩毎晩、無防備に熟睡するメトーリアを目の前に、バルカは眠れない夜を悶々と過ごしてきた。

 それが、目がやつれている理由だ。   


「し、しかし、今はデイラ達は、いないわけだし、毎晩でなくても……」

「何処かで誰かが見ているとも限らない。用心に越したことはない」

「……あ、た、確かに、日中遠くから俺達を見ているような気配を感じることはあるな」


 先ほどの頭の中で巡らせた想像を打ち消しながら、別の話題にすがりついたバルカは、唇をめくらせて覗かせた牙を指で触りながらそう言うと、メトーリアは形の良い眉をわずかにひそめた。


「私は感じなかったが……」

「まあ、アルパイスがレバームスやお前が言うような雄傑ならば、レギウラからの偵察があってもおかしくはないからな」


 先日、アルパイスがメトーリアの剣の師匠であることを知った上でのバルカの発言である。


「……」

「……」


 会話が、途絶えた。


「それじゃあ、おやすみ」

「分かった」


 寝る前の挨拶をメトーリアはまともに返してこない。

 いつも「分かった」とか「うむ」といった無愛想で素っ気ない反応だ。

 それでいて、寝付きはよく、目を閉じた途端に寝息を立て始めるのだった。

 実はメトーリア自身も、このことには驚いているのだがバルカが知るよしもない。


 バルカはデイラと別行動になる前に、アルパイスとの会見を要請され、それを承諾していた。


 バルカは、深夜にメトーリアがやって来たあの時……二人で酒を飲んだあの夜に、決心したことを、アルパイスと会見する前に、メトーリアに話しておきたかったのだが、なかなか言い出せないでいる。

 ちなみに、メトーリアと共寝するようになってから三日目で、やっとまともにバルカは眠れるようになった。

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