第2話 話せば分かる→問答無用

「少しだけでいいから話をしよう」


 対話を持ちかけるバルカに対し、メトーリアは無言で近づいていく。


(おっ、今度こそ剣を納めてくれるか――)


「――っておいッ!?」


 期待も虚しく、剣を納めるどころかメトーリアは最小限の動きで、腰マントに仕込んであった投げナイフをバルカの首筋目がけて投擲してきた。

 戦闘停止に応じたのかと見せかけての不意打ち。

 身を引いて躱しながらさすがにバルカは怒った。

 同時に困惑もした。


(十分に実力差を分からせてやったつもりだったが、まだ戦るつもりか……)


 バルカは一瞬迷ったが、すぐに決断した。

 ならば――。

 

(戦意を完全に喪失させるまで、徹底的に分からせてやるしかないな!)


「良かったなお前。俺が優しいオークで! 友好を結んだ種族をおいそれと殺したくはないからな!」

「黙れ」


 バルカはついに背負っていた戦斧を手に取り、斬りかかってくるメトーリアの攻撃を受け止めた。

 メトーリアは剣を両手持ちにして矢継ぎ早に斬撃を仕掛ける。

 バルカは中腰の姿勢で戦斧を片手で構え、柄を少し短く握り直すと、メトーリアの動きをジッと見極めながら最小限の動きで弾き返していく。


「ッ!?」


 攻撃を弾かれる度にメトーリアの上体が暴風に晒されている木の枝のように大きく揺らぐ。

 姿勢を全く維持できないのだ。その隙を突いてバルカは攻撃を加えていく。

 見る見るうちにメトーリアの方が防御一辺倒になっていった。

 しかもその防御が全て弾かれている。

 恐るべきはバルカの戦斧を振るう膂力と鋭さだ。


「くっ!!!」


 メトーリアは一気に疲弊していき、苦悶の表情を浮かべた。


 バルカの戦斧は魔王討伐戦時に錬成された耐久性と硬度に優れた最高級武器だった。

 柄や刃に施された模様も単なる装飾ではなく、魔法的な処理が施されたものであり、刃先には牙のような突起があるが、これにも意味がある。


 斧の突起に剣が強烈な勢いでかみ合い、ひときわ大きな刃音が鳴り響いたかと思うと両者の顔が至近距離で迫った。

 

 バルカが力まかせに引き寄せたのだ。


「な!?」

「……」


 驚愕の声をあげ、瞳孔が拡大したメトーリアの薄い青色の瞳を、バルカの猛獣のような金色の瞳が睨めつける。


 次の瞬間、バルカは強烈な横薙ぎの一撃を放った。

 斬風で床に直線状の亀裂が入り、メトーリアの剣は彼女の手を離れてしなりながら吹っ飛んでいった。


 とっさに後ろに飛び退いて距離を取ろうとしたメトーリアだったが、それよりも早くバルカの手が彼女の鳩尾を打った。

 ポン、と軽く叩く程度の動作だったが、メトーリアは思い切り強打されたような衝撃を受けて壁に激突した。


「がはッッッ」

「今度は受け身をとれなかったな。ここまでだ」


 倒れたメトーリアをバルカはそう諭すが……。


「ぐ……うっ、ううッ」


 メトーリアは、尚もよろよろと立ち上がった。


「おい! もうやめとけ。手加減にも限界があるんだぞ」


「……言ったはずだぞ! 問答無用だと!!」


「おまっ――」


(おいおいおいッ、命を張るにしても張り時ってものがあるだろ!?)


 メトーリアは異様な構えをとり、両手をバルカに向けた。

 先ほどスキルを使った時より強い輝きが生まれ、洞窟内を照らした。

 手のひらだけでなく、手首にも禍々しい光の紋様が浮かび上がる。さらに、装備している篭手の隙間からも光が漏れていた。


「痛ッッ、くうう!!」


 明らかにこれから技を繰り出そうとするメトーリアの方が苦しんでいる。

 自らもダメージを負う危険技。

 そう看破したバルカは舌打ちしながら先手を打とうとしたが、思わず止まってしまった。


 圧倒的力量差を思い知ったはず。

 にもかかわらず、自分をまっすぐ見据えるメトーリア。


 覚悟を決めた、必死のまなざし。

          

 それを見てバルカは、とした。


 裂帛の気合いの声と共に跳躍して迫るメトーリアの攻撃を、

 バルカは真正面から受け止めた。



「——すまんな。呪いとか阻害スキルとかは、俺には効かないんだ」 


「なッ!?」


 何をどうされたのかわからないまま、ふわっと体が軽くなるのを感じ……。

 メトーリアの視界は暗転した。


    ×   ×   ×


 ……バルカにメトーリアの攻撃は確かに命中した。

 しかし、オークの巨躯は微動だにせず、メトーリアの放っていた阻害スキルの光は霧散しただけだった。

 

「——すまんな。呪いとか阻害スキルとかは、俺には効かないんだ」


 そう言った時、バルカはメトーリアの喉元を掴んだ。

 メトーリアが全く反応できない速さだった。

 バルカの節くれ立った指がほんの少しだけクイッと動き、メトーリアの首を締め付けたのと、彼女が「なッ!?」と声を漏らすのは同時だった。


 メトーリアは全身の力が一気に抜け、崩れ落ちる。

 バルカはその体を抱きかかえ、地面にそっと寝かせた。


「……やり過ぎてないよな? だ、大丈夫……だよな」


 意識を失ったメトーリアがちゃんと呼吸をしているのを確認すると、彼女の前腕部に装着された篭手を悪戦苦闘しながら外し、袖をまくり上げた。

 

「ひどいな」


 自らにダメージを及ぼすスキルの影響で、メトーリアの手と前腕部は、重い火傷を負ったようにただれていた。 


 バルカは懐から瓶を取り出す。

 中には揺らめく度に様々な色に変化する液体が入っていた。栓を開けてから、その液体をダメージを負ったメトーリアの腕に少量垂らす。


 すると患部がシューシューと音を立てて、湯気に近い薄い白煙を立ち上らせていく。

 瓶の中身はバルカが携帯していた回復薬だった。

 肉体の損傷を驚くべき早さで治癒、修復、復元し、さらには毒消し効果も持つ優れものだ。


 みるみるうちに傷口は塞がり、皮膚の爛れも小さくなっていって、メトーリアの腕は元通りになった。

 それを見て満足げに頷いたバルカは、まくった装束の袖を戻す。

 外した篭手も着け直しておくべきかどうか考えた。


「……」


 思いの外、長い間悩んだ末に、篭手は寝ている彼女の側に置いた。

 メトーリアの剣を拾い上げると、そわそわと彼女から二、三歩ほど離れた場所に、バルカは座り込んだ。


 目覚めた直後に襲われたので、考える間もなかったが、やっと余裕のある時間ができたバルカは、寝ているメトーリアを見つめながら思案した。


(種族の対立を越えて人間とは友好を結んだはずなのに、問答無用で攻撃されたのはどういうわけだ……?)


 自分がダンジョンの中に閉じ込められたときの状況を、バルカはもう一度詳しく思い出そうとする。

 朧気ながらダンジョンの封印中に、残っていた魔法のトラップが発動して、天井が崩落し、急激な冷気に感じたかと思うと身動きが取れなくなり……仮死休眠状態になるスキルを使って救助を待つと覚悟を決めたところまでは覚えている。


 室内を見回すと、天井には大きくえぐれた空洞があり、壁には燭台の明かり。

 崩落した時に出来たはずの瓦礫などは撤去されたのか、無い。

 どれくらいの時間が経ったのかも当然分からない。


 他にも考えるべき事があるように思えたが、バルカはどうしても目の前に横たわるメトーリアが気になる。


 メトーリアはかなりのレベルの戦士だ。

 ただ、装備している武具は実力に見合わない粗悪な物であることがバルカには不可解だ。


(冒険者ギルドに登録している冒険者じゃないのか? いやまさか……でも、登録しているなら“バルカーマナフ”の名前くらいは知ってるだろ…………知ってるよな? だろ?)


 思わず誰かの同意を得たくなって心の中でそう呟く。


「んん……っ」


 メトーリアが声を発したのでバルカはハッとするが、起き上がる気配はない。

 戦っていた時の張りつめた声とはまるで違う。

 あどけない、無防備な寝声だった。


「人間か……」


 ぽつりとバルカは呟いた。

 人間。肉体の強靱さ、敏捷さ、器用さ、賢さ、魔法的資質のいずれの面においても他の種族に比べて秀でたところもないが、飛び抜けて劣った点もない不思議な種族。

 オークから見ればエルフほど華奢ではないが、恵まれた体躯とは思えぬ種族。


 だが、優秀な人間の冒険者は数多くいた。

 メトーリアも自分の知る最高峰の面子に比べればまだまだだが、気迫が凄まじかった。


(この女、馬鹿ではない。力の差は分かっていたはずだ)


 “魔王討伐戦”が終結し、その後のダンジョンの封印破壊と、残った魔物の駆逐を目的とした“敵性種殲滅戦”の頃になると、バルカに一対一の勝負を挑んでくる者など、敵にも味方にもひとりもいなくなった。


 それ故に、まあ、不意打ちとかもされたが、自分に全力でぶつかってきたメトーリアに、バルカは強く惹かれたのだ。

 なによりも決死の覚悟を決めたあの峻烈な表情に、思わず見とれてしまった。

 脳裏に焼き付いたといっていい。

 バルカは目を閉じてみた。

 すると、たやすくメトーリアの、決死の攻撃を仕掛けた時の、彼女の表情を思い浮かべることができる。

 その事にバルカはしばし茫然とし、会ったばかりの、しかも自分を殺そうとしたメトーリアに対する己の感情に、大いに戸惑った。

 

「う・・・んんっ……」


 メトーリアの寝声を聞いて、バルカは目を開けた。

 わずかに身じろぎする様子から見て、そろそろ起きそうだ。


(戦士としてはまだまだ伸びしろがあるだろうな。何歳だろうか? レベルが上がっていくと肉体の若さが保たれていくからな……でもまだ大人になったばかりの歳のはずだ。多分)


 そして、美しい。


 魔王討伐戦で、様々な種族と関わっていく内に、他種族の見てくれの判別がつくようになっていたバルカは、場違いにもそんな感想まで抱いていた。


 自分の手や腕の灰緑色の肌と、メトーリアの顔の肌を見比べてみる。

 凝り固まった脂肪のような白い肌に、黒い髪がよく似合っていると思った。

 髪が黒い人間は瞳も黒だと思っていたが、彼女の目は青かったのが印象的だ。


 オークのバルカから見ればどこもかしこも小づくりな体に見える。

 しかし、あるべきところにはみっしりと肉が満ちている。

 オークと比べて体のサイズが縮小しているだけだ。

 筋肉量はオークの女よりも少ないが……正直、目のやり場に困る。

 体にぴったりと密着する隠密服を着ているため、ボディラインが露わだからだ。


『バルカ、白い肌のことを肉の脂身に例えたりするの止めろっ! 他のエルフにそんなこと言ってみろ。一生口を利いてもらえないぞ。せめて“凝脂”とか、“白磁のような”とか、そういう言い回しをだな――』

                      

 ふと、よく会話をしていたパーティメンバーのエルフに、そう言われたことを思い出していた時に、メトーリアが身をよじりだした。

 そして、ぱちりと目を開いた。


 バルカは思わず腰を浮かしたが、すぐに座り直した。

 反対に、メトーリアは目覚めるなり素早く起き上がる。

 片手を上げ、バルカはできるだけ上顎犬歯が発達した鋭い牙が目立たないように、ぎこちない笑顔を作った。


 メトーリアと目と目が合い、しばしの沈黙。


 バルカが声を掛けようとするも、メトーリアの顔からサーッと血の気が引くのをみて怪訝に思い、開きかけた口を閉じる。

 彼女は血相を変えて、自分の体のあちこちを触り始めた。

 どうやら何かを調べているようだ。

 豊かな胸や引き締まった腹、腰回り、それから特に足の付け根——つまり、その、股座や尻とかを。


 バルカは察した。


(こいつ、俺に体を乱暴されてないか確かめてるのか!?)


 ドン! と、洞窟内が振動するほどに地面を叩くバルカ。


「おい! 俺は何もしてないぞ!? 腕の傷は治してやったがな! 失礼な奴め!!!」


 内心傷つきながら、バルカは思わずそう叫ぶのだった。

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