魔王討伐に貢献したオークの英雄、数百年後の世界でモンスター扱いされる

京谷

第1章 オークの英雄と奴隷領主の女

第1話 勇者パーティにいたオーク、死んだらしいよ

 勇者のパーティに参加していたオークの戦士、バルカが死んだ。


 この知らせは冒険者達の間でまたたく間に広まった。

 世界中の様々な種族の間でこの話題は持ち上がり、酒場やギルドハウス、クエストに向かう道中で、冒険者達はバルカの死を、そして、オークという種族のことを語り合った。


「おい、勇者のパーティにいた例のオークが死んだってよ!」


「やったぜ! で、誰が殺したんだ? 人間の勇者か? エルフの魔法使いか?」


「いや殺されたんじゃない。ダンジョンを封印している最中に、そのダンジョンが崩壊して生き埋めになったんだとさ」


「うわっ、ダッセえええ!」


「間抜けな最期だなぁ……」


「アハハハハハハッ! そいつはいい。大体、魔王の討伐に参加したからといってあの“緑野郎”共とこれからも仲良くしなきゃならない理由なんてこれっぽっちも無いんだからな。これで奴ら全体がおとなしくなりゃいい」


「ねえ、それはちょっと言い過ぎなんじゃない……彼らの協力が無かったら魔王を討伐できなかったとは言わないけど、戦争は長引いたはずよ? 残った魔物の駆逐だって――」


「だが奴らは元々、戦好きの狂暴な蛮族だぞ。友好種族になるってのがそもそも間違いなんだ」



――――

―――

――



 世界で大きな戦いがあった。


 魔王を名乗る侵略者と、世界にいる様々な種族で結成された同盟軍との戦争だ。

 人間、エルフ、ドワーフなど数多くの友好種族の勇者、英雄が集ったパーティは数年の戦いを経て魔王の討伐に成功した。

 だが、それまで世界に存在しなかった、魔王が創造した魔物の脅威が残った。

 魔物を生み出すダンジョンを一つずつ破壊し、封印する殲滅戦は何年もかけて行われた。


 オークの戦士、バルカは魔王を倒したパーティの一員だった。

 豚の化け物やゴブリンと混同されることもあるが、オークはもっと人間に近い種族だ。


 灰緑色の肌。

 非常に発達した筋肉を持つ長身巨躯。

 猛獣のような牙を生やした狂暴な面構え。

 それに見合う強い闘争本能を有するオークは、他の種族とは敵対関係にあった。

 しかし、魔王に対抗するため、人間やエルフといった他の種族達と同盟を結び、戦争が終わった後も友好種族に名を連ねる存在になった。


 バルカはオークの英雄だった。

 彼の突然の事故死をオーク達は嘆き悲しみ、他の種族達はあざ笑い、拍手喝采し……ある者は安堵した。


 結局のところ。

 魔王という共通の敵が、世界の住人たちを結束させていたのだ。

 脅威が去れば、元から存在していた種族間、国家間のわだかまりが遅かれ早かれよみがえる。


 それぞれの種族には異なる文化、信念、正義がある。

 同族同士でさえ、考え方の違いや利害の衝突で争う。

 それが知恵ある者の業というものだ。

 あらゆるしがらみを調伏した平和な世界など、あり得ないのだ。


 そして、時は流れた。



――――

―――

――




 水の中に潜って息を止め、苦しくなって水面から顔を出すような感覚。


 目眩を感じながらバルカは目を覚ました。


「おい! こいつ生きてるぞ!?」


 反響する怒鳴り声が耳鳴りと共に聞こえて、思わず顔をしかめようとする。

 だが顔の筋肉がひくつき、うまく動かない。

 息を喘がせながら、霞がかかった頭で考える。


(なんだ……一体何がどうなった……ここはどこだ)


 硬く踏みしめられたような水浸しの床。

 びしょ濡れの体にひんやりとした空気がまとわりつく。

 バルカは状況を把握しようとするが何も分からない。

 そもそもバルカーマナフという自分の名前しかまだ思い出せない。

 全身がだるい。凍えるように寒いし頭痛も治まらない。


「ちょっとメトーリア。これがお前達一族の秘密なの? 主人である私たちにまで隠し続けたモノがこの氷漬けだった緑野郎一匹だけッ!? 期待外れもいいところよ!」


 ――緑野郎。


(緑野郎ね……うむ。久しぶりに聞いたぞ。その侮蔑の言葉)


 思わずバルカは苦笑した――いや、笑おうとしたのだが、顔の筋肉が引きつり、表情がうまく形作れない。


「ご期待に応えられず申し訳ございません。しかし……デイラお嬢様。ダンジョンの跡地であるこの洞窟は禁足地であり、今まで私たちも足を踏み入れたことが無かったのです。何もない遺跡の可能性が高いと申し上げたはず――」

「口答えするな!」


 バチン、という打撃音が聞こえた。

 目がかすんでよく見えなかったが、なんとなくわかる。


(メトーリアといったか?)

 

 謝罪をしていたメトーリアという女が、キーキー声で怒鳴り散らしているデイラとかいう女に、殴打されたのだろう。

 おそらくどちらも人間だ。


 未だ体に力が入らないが、ある言葉が頭の中で何度も繰り返される。

 少し低めの、艶のある声をしている、メトーリアという女が口にした言葉……。


 ――ダンジョン!


(そうだ……ここはダンジョンだッ)


 状況はまだ飲み込めないが、徐々に記憶が蘇ってきている。

 横たわったままバルカは考えを巡らす。

 この人間達は誰だ?

 自分は何故ここに?


(確か俺は……ダンジョンの封印任務を遂行中だったはず――)


 かつて、人間、エルフ、ドワーフ、そしてバルカの属するオーク……そのほか大勢の友好種族たちはそれまでの対立を乗り越えて、パーティ、あるいは大規模なレイド(連合強襲軍)を結成して、異世界からやって来たという『魔王』を名乗る侵略者を討伐した。


 だが、魔王が滅ぼされてからも、世界は脅威にさらされた。

 魔王が創造した危険な生物群……本来、世界に存在していなかった存在……魔物。

 こいつらは魔王亡き後も、幾つものダンジョンから発生して世界に湧いて出ていた。

 友好種族にとって、完全な敵性生物である魔物を生み出すダンジョンを、バルカ達は長い時間をかけて一つ一つ破壊し、封印する活動を行っていたのだ……そして――。


「とんだ骨折り損だわ……でもこいつ、オークのくせにえらく等級の高そうな斧と軽装鎧を身につけてるわね。メトーリア、殺してから全部剥ぎ取ってちょうだい。あとで献上するのよ」

「――ッ、はい」


 ――バルカの思考は中断した。


(殺すだと!? こいつら盗賊か何かか? だが、メトーリアという女はデイラとかいうのを“お嬢様”と呼んでいた……)


 バルカはダンジョンの洞窟の中で、なんらかのトラップに引っかかり、ダンジョンが崩落して地下深くで生き埋めになったこと。そして、その直前に『仮死休眠』のスキルで深い眠りにつき、救助を待つことにしたところまでは思い出した。


 オークの肉体は他種族に比べて飛び抜けて強靱だ。

 その体をさらに鍛えることがオークの戦士にとっての誇りだが、真に強いオークとは他種族の冒険者同様、身の内に宿る力を修錬し、レベルを高めた者だ。

 高レベルのオークが『仮死休眠』のスキルを使えば冬眠する獣よりも長い時間、飲まず食わずで生き延びることが出来るのである。


 だがその間、ゆっくりと体は衰弱していく……。

 バルカはフラフラと起き上がった。


(まだ足下がふらつく……くそ! いったいどれだけ眠っていたんだ。まさか季節が変わるぐらいの時間が経っているのか?)


 顔を上げると、デイラが取り巻きを引き連れて去って行くのが見えた。

 残ったのはメトーリアという女と、自分だけ。

 ほの暗い室内は思った以上に広く、岩壁にいくつか燭台が掛けられていて、魔力由来の光が輝いている。


 女が腰に帯びていた剣を抜き払うのを見て、バルカは後ずさった。

 今はまず気息を整え、体の状態を少しでも回復させる必要がある。


 剣を構えるメトーリアは相当なレベルの実力者であることがわかるが、それにしては装備している武具がかなり粗悪な代物なのがバルカは気になった。

 武器は長剣。防具はバルカ以上の軽装。

 ボディラインがはっきりと見える隠密に適した紺色の装束の上に、胸当てや篭手などを装備し、腰マントを纏っている。


(見るからに暗殺術や敏捷性を活かしたスキルを持っていそうだな……)


 万全の状態なら負けない自信がある。

 だが「今はちょっと不味い」と、判断したバルカは時間稼ぎのために口を開いた。


「待て、まずは俺の話を聞いてくれないか――ん?」


 バルカはメトーリアが目を見開いて驚くのを見て、言葉を切った。

 彼女は唇を震わせ、困惑しながら呟いた。

 その言葉は、今度はバルカを混乱させるものだった。


「そんな――!?」


(……は??? 何言ってるんだ?)


 バルカは思考停止し、メトーリアも攻撃するのを一瞬躊躇した。


「ど、どういう――うおッ!?」

 

 立ち直るのが早かったのはメトーリアだった。

 前に踏み込み「どういうことだ」と言いかけたバルカに剣を突き出す。


 バルカは避ける。

 メトーリアは人間女性の平均より背が高いが、その彼女が見上げるほどの巨体なのに俊敏な動きだった。

 ……だが、仮死状態から目覚めたばかりなので、俊敏ではあるが足がまだフラフラしている。

 バルカは大型の戦斧を背負っているが、それを使おうとは思わなかった。

 続く横薙ぎの追撃も転がるように避けて、守勢のままメトーリアの鋭い斬撃を回避し続ける。


 すると、徐々に攻防に変化が起き始めた。

 混乱から立ち直り、霞んでいた意識もはっきりしてきてバルカの気息が整うと、メトーリアの攻撃を余裕を持って躱すようになったのだ。

 このことにメトーリアは戦慄したようで、剣を構えなおして半歩ほどバルカから距離を取った。

 その隙にバルカは“話せばわかる”とでも言いたげに手を上げて、再度口を開く。


「待て! メトーリア。俺の名はバルカだ! バルカーマナフ! 聞いたことないか? とにかく、武器を収めて話を聞いてくれッ」


 メトーリアは顔を歪めて剣を片手持ちにすると、ふさがってない方の手のひらをバルカに向けた。


(おっ、話が通じたか?)


 だが、その手に見るからに刺々しいデザインの紋様が、光り輝きながら浮かび上がるのを見て、話が通じたわけではないことを瞬時に察した。

 ちなみにその光の色は、見るからに禍々しい。


「おい! 阻害デバフスキルかなんかだろそれ!? 話を聞けって言ってるだろうが!」

「問答無用ッ」


 無情なメトーリアに対して、バルカは一声唸って腕に力を込めた。

 こちらは光りはしなかったが、不可視の波動が彼の軽装鎧を振動させた。


 メトーリアは怯むことなく姿勢を低くし、剣を逆手持ちにした次の瞬間、バルカの巨体に向かって突進した。

 その迅速さは先ほどまでの比ではない。

 繰り出される魔力の光を帯びたメトーリアの掌打。

 

 だがバルカはそれを無造作に振り払った!


 メトーリアの繊手とバルカの剛腕が激しくぶつかり、一瞬でメトーリアの掌の光が粉々に打ち消される。

 衝撃波が発生してメトーリアは横に吹き飛ばされた。

 壁に叩きつけられる寸前で体勢を整えて立ち上がるが、彼女は今起こった事に驚愕して目を瞠った。


    ×   ×   ×


(な、何なんだこいつ……)


 メトーリアは油断なく身構えたまま、目まぐるしく思考を巡らせた。

 魔法やスキルはそれこそ何万種類とある。

 攻撃的な魔法・スキルの中でも、相手の能力を弱化させたり状態異常を引き起こすものは魔法なら詛呪魔法。スキルなら阻害スキルだ。


(バルカと名乗るこの言葉を話すオークは、私が使ったスキルがどんな効果を持つのかまでは分からなかったようだが、『阻害スキル』だと目星は付けていた)


 それは正解だ。

 メトーリアの放った阻害スキルは接触した対象の生命力に干渉し、身体能力や思考力を低下させる強力なものだった。 


(問題は……その後に奴が取った、私の阻害スキルに対する対抗手段だ)


 このような攻撃に対して取る行動は通常なら三つ。

 回避するか。

 防御系の魔法やスキルで防ぐか。

 それが無理ならせめて体への接触を避けて、武器や盾を使って受けるのが定石だ。


 しかしこのオークは素手で振り払った。

 つまり接触によってスキルによる攻撃自体は命中しているはずなのだ。

 なのに今も平然としていて、メトーリアを見つめている。


 そんなはずはないのだ。

 ギルドに登録しているメトーリアの冒険者レベルは国内で一二を争う高さだった。

 そんな彼女の能力低下のスキルを食らえば、レベルが低く生命力の弱い者なら、そのまま死んでしまってもおかしくない。

 なのにこのオークはいともたやすく、完全抵抗に成功してしまった。


 この事実は一つの可能性を示してしまう。

 メトーリアはそれに気づいた。


 そもそも、相手は立ち入りを禁じられていた崩落したダンジョン洞窟の中で、どのくらいの間生き埋めになっていたかも分からない、正体不明の謎のオークだ。

 生きていたのが奇跡だし、ついさっきまで瀕死の状態かというほどに衰弱していたのにみるみる快復していったのを目の当たりにして、悪い予感はしていたが……。


(まさか……逆なのか。奴のレベルが私より高すぎて、差があまりにもかけ離れているせいで、スキルが通用しなかったのか……)

    

「なあ、? とにかく剣を納めてくれ」


 メトーリアの荒れ狂う胸中をよそに、再びオークは話しかけてきた。

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