宮沢ケケケケケケケケンジ大戦
彩条あきら
第1話 勇者の名は宮沢剣治
ふと気付いた時――――ケンジは薄暗い洞窟の中にいた。
「もし、もし、わたくしの言葉がお分かりになりますか?」
足元の方で可愛らしい声がして、目線を下げるとそこには真ん丸できれいなブルーの瞳をした一匹の小さな白猫がいて、ケンジのことをじいっと真っ直ぐに見つめてきていた。暗闇の中でそんな風に見つめられて、ケンジは思わず息をのむ。
「お訊ね申します。あなたの名前は、ミヤザワケンジさまであらせられますか?」
「……うん、確かにぼくは宮沢剣治だけど、その」
「ああよかった!」
その白猫は、やっぱりきれいな声をしながらぱぁっとその表情を和らがせた。
「とにかくまずは、ご無事で何よりですわ。あなた様で二人目ですが、正直まだ生きた心地がいたしませんわ」
「猫が、喋ってる」
「申し遅れましたわ。わたくしの名は、エスペラ姫」
剣治の驚きをものともせず、エスペラと名乗る白猫はしゃなりと優雅に首を垂れてみせた。動きに合わせて小さな首飾りがちゃりちゃりと音を立てる。
「ここドリームランドの地を治める、栄光と由緒あるネコ王族の娘がひとり。あなた様を、ミヤザワケンジさまと見込んでお願いしたきことが御座います」
そう告げるとエスペラは、傍らに置いてあったにぶい銀色をした長めの物体を剣治に恭しく差し出してみせた。それは今年十一歳になる剣治の、大体つま先から腰ぐらいまでの長さがあって、よく見ると鞘に収められた一振りの剣だと分かった。
「その名もイハートブレード。この伝説の剣はあなた様が手にすべきもの。どうかこれを抜き、わたくしたちと共に王国の民を邪悪の手から守るべく共に戦って――」
「ちょちょちょ待って待って!」
剣治は大慌てした。
「話が急すぎて何が何だか分かんないよ! 何で猫が喋ってるの、ドリームランドって何、戦うって一体何と戦うのさ!? そもそもここ何処!?」
「驚きはご尤もですが、しかし――」
エスペラが改めて説明しようとしたその時、洞窟の中に突如異様な空気が漂いはじめた。壁に一定の間隔で設置された松明の火が不自然に揺らめき、何処からか嗅いだこともないような鼻をつく悪臭が流れ出す。
「いけない、暗黒獣がもう迫ってきた!」
エスペラが振り返ったその方角、洞窟のまだ見ぬ彼方から何か奇妙な音が聞こえてきた。地を這うもぞもぞという物音、甲高い無数の鳴き声、そして姿を現わしたのは――大量の、半透明で不定形をした、蠢くスライムの軍団だった。
リリリリリィッ! リリリリリィッ!
「う、うわぁっ、何だよあいつら!」
「剣を、お早く!」
エスペラは今一度、剣治に伝説の剣とやらを使うよう促してきた。だがそんないきなり言われたところで、はいそうですかと立ち向かえるほど剣治は強くも勇敢でもない。
そのうち先頭にいたスライムの一体が奇声を上げ、剣治たちに飛びかかってきた。
「うわ――――っ!?」
剣治は思わずエスペラの持っていた剣を鞘ごと掴むと、目の前に来たスライムを殆んど力任せにぶん殴った。ベチャッと嫌な音がして、洞窟の床に叩きつけられたスライムの破片が足元いっぱいに飛び散る。
剣の重さに比べて、鞘越しに伝わってきたスライムの重量は左程でもなかった。まぐれでも敵の一体を倒したことに剣治がホッとしていると、
「お気を付け下さい、まだ生きています!」
警告通り、バラバラになったハズの破片は瞬く間に一箇所に集まると、再び元の巨大なスライムの形を取り戻した。しかも攻撃を加えた所為か、さっきより怒っている。
リリリリリィッ! リリリリリィッ!
「こんなの無理だよ、倒せるハズないよ!」
「剣を鞘からお抜きください、殴るのではなく切り伏せるのです!」
「さっきからやってるけど抜けないんだよぉ!」
鞘を覆っている銀色は、よく見ると金属のサビだった。エスペラに言われるまでもなく剣を引き抜こうとしているが、ガチガチに固まってしまっていてビクともせず、おまけに殴ったスライムの破片がこびりついていてベタベタとひどく気持ち悪い。
何の太刀打ちも出来ないまま、スライム軍団は壁のように押し寄せてくる。絶体絶命の状況に、剣治が殆んど泣きそうになっていると、
「――――エスペラ、ごめん待たせた!」
「ケンジさまっ!」
「だから今やって…………えっ、誰!?」
剣治が目を丸くしたのも無理はない。スライムとは正反対の方角から今度はれっきとした人間、それも剣治と同い年ぐらいの少年が現れたのだ。
少年は剣治の脇を猛スピードで駆け抜けていくと、腕に装着した大きな円形の盾を構え、エスペラに迫っていたスライムの一群に体当たり。その瞬間、可視化された光の衝撃波が広がり、スライムの壁の一部が木っ端微塵となって吹き飛んだ。
「子どもたちは避難させた! エスペラも怪我してないよね!?」
「わたくしは大丈夫ですわ!」
信じ難い光景に、剣治は呆気に取られて立ち尽くすしかない。
盾の少年の方でも戸惑いは察したらしく、彼は寄ってきたエスペラを肩に乗せると、そのまま剣治のところに歩いてきた。初めて気付いたが、剣治よりも頭ひとつ分背が高く、そのうえ手足が太くガッシリとしている。
「きみが、新しく召喚された剣の勇者だね。初めまして!」
「えっと……どちら様ですか」
「きみと同じミヤザワケンジだよ。つまりは仲間って訳さ」
「いやどういうこと!?」
「おふたりとも、ひとまずお話は後にした方が宜しそうですわ」
エスペラに言われて気付いたが、一時的にひるんでいたスライム軍団は再び剣治たちににじり寄って来ていた。すると盾の少年は予想していたのか「エスペラ!」とひと声かけ、同時に懐から小さな球体を取り出すと前方の床にガチャンと叩きつける。割れた球体の中からは、何か液体のようなものが飛び散っていた。
瞬間、示し合わせたようにエスペラが壁に飛び移ると、松明のひとつを蹴飛ばして床にまかれた液体の上へと投下。するとたちまち大きな火の壁が形成され、スライムたちは悲鳴と共にのけぞった。どうやら中身は油だったようだ。
「これでしばらくは、追ってこれないハズだ」
「おふたりとも、今のうちに洞窟の奥へ!」
どの道、この場に留まっている理由はなかった。剣治は小走りで暗がりへと進みながら、最後にもう一度だけ後ろを振り返る。炎に照られて初めて存在を知った、スライム軍団が持つ無数の目玉が、赤く揺らめく壁の向こうからじっと恨めしそうに剣治たちの背中を見つめていた……。
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