4 家族で相棒
マナはその雛を連れ帰り、世話をしながらテイマーの資格を取る。その頃はまだソルジャーだのタンクだの、皆が勝手に作ったゲームのような資格が、世界に溢れかえっていた。
そしてテイマーの資格を取ったマナは、雛から幼鳥の姿に成長したストーンバードを連れて、このストーンバードをテイムし──と言っても、書類へのサインやテイムするモンスターの姿の記録や、テイムされたモンスターである印をモンスターに身に着けさせるなどだったが──そのストーンバードにはテイムの印の足輪が付けられ、マナは晴れてそのストーンバードの保護者となった。
『ね、君の名前は何がいい?』
家に帰ったマナは、青緑の幼鳥に問いかける。
『なまえ?』
そのストーンバードは、マナが世話をしたからか、人の言葉を喋るようになっていた。
『そう、君の名前。私の名前はマナでしょ? で、君も名前がないと、不便だと思うんだ』
テイムの書類には、モンスターの種類しか書く欄がなかった。けれど、名前がないのは寂しいと、マナは前々から思っていた。
『なまえ……わからない……』
青緑の幼鳥が首を傾げる。
『じゃあ、ヒューゴっていうのはどうかな? 心とか知性とかを意味するんだって』
それを聞いた幼鳥は、
『ヒュー、ゴ? ぼく、ヒューゴ?』
『そう、ヒューゴ。どう?』
微笑みながら聞いたマナに、幼鳥はこくりと頷いた。
あの友人達は、マナを遠巻きにするようになった。けれどマナは、そのことをさほど気にせず過ごした。
そしてマナは、高校も大学も通信制のところへ通い、正式なハンターになり、空いた時間をダンジョン通いやストーンバードについての調べ物に費やす日々を送った。
そうしてマナは今日、銀色星二つの称号を得た。若干二十歳にして、これは快挙である。けれどこれはヒューゴとの称号だと、マナは思っている。
「……まあ、なるようになるよ。アタシみたいにね」
マナはソファから立ち上がると、キッチンへ向かった。
「なにか食うのか?」
「呑む」
「……また、ビールとやらか」
「そう。ミナトくんが見つかったお祝いと、アタシ達の階級が上がったお祝いね」
ビールを一缶とナッツの袋を持って戻ってきたマナに、
「それだけにしておけよ。お前はアルコールに弱いからな。……目も当てられないほどに」
ヒューゴがげんなりした声で言う。
「そりゃ抑えますよ。健康には気をつけないとね」
ソファに座り、ローテーブルにビール缶とナッツの袋を置いたマナは明るく答えた。
「では、いただきます」
言うと、マナはすぐさま缶を開ける。
「……マナ」
グビリとビールを呑んだマナに、ヒューゴが静かに声をかけた。
「ん?」
「マナは、ダンジョンをどう思っている?」
「どうとも? 強いて言えば、仕事場かな」
「そうか」
「なに? 言いたいことあるならはっきり言ってよ」
「……いや……」
「言ってよ」
「……。もし、お前がダンジョンを嫌いなら、ダンジョン生まれの私も、嫌わてもおかしくないと、思ってな」
「はあ? なにそれ。誰かになにか言われた?」
「言われていない。ただ、今回の件で思ったんだ。お前は私のためにダンジョンに入り、命をかけて仕事をしている。……私はマナに助けてもらって、今生きているが、私がいなければマナは、」
「ヒューゴ。ちょい、こっちに来なさい。ここに来なさい」
ビールをカン、とローテーブルに置くと、マナは自分の膝の上を叩いた。
「……お前、もう酔っているだろう……」
「いいから来なさい」
「……」
ヒューゴは言われた通り、マナの膝の上に乗った。
ストーンバードは鉱物である自分の体の硬度を、自在に変えられる性質を持つ。
ヒューゴはマナの肩に乗る時も、そして、不機嫌な顔になっているマナの膝の上に乗っている今も、鉤爪を柔らかくするようにしていた。
「ヒューゴ」
マナはヒューゴへ両手を伸ばし、
「なんだ。っ?!」
ヒューゴを抱きしめた。
「ま、マナ?!」
「ヒューゴ、アタシはね、ヒューゴのことが大好きなんだよ? 家族だと思ってるんだよ? かけがえない相棒だと思ってるんだよ?」
ぎゅう、と力を込めるマナに、
「ま、マナ……何を、急に……」
ヒューゴは狼狽える。けれど酔っているマナは、そのヒューゴの様子に気付かず喋る。
「ヒューゴはアタシが連れ帰った。アタシが勝手に連れ帰った。ヒューゴがそれを嫌だと思うなら、ダンジョンに戻りたいなら、アタシはそれを、その願いを全力で叶える努力をするけど」
マナはヒューゴから体を離し、
「アタシがヒューゴを嫌いになることなんてありえない。覚えとけ」
凄んだ目で見てくるマナに、ヒューゴはコクコクと首を縦に振る。
「分かった。よく分かった。……すまない、気を悪くさせ、」
「分かったなら良いんだよぅ!」
「うわっ」
マナはヒューゴを抱きしめ、ゴロンとソファに転がった。
「あ〜ヒューゴふわふわ〜」
「マナ、手を、離してくれ。マナ」
「やだ」
「マナ……」
もうどうしようもないと悟ったヒューゴは、その気になればこの腕の中から抜け出せるのだが、
「……」
マナのされるがままになった。
◆
「……マナ」
「ん?」
朝のシャワーを終え髪を乾かしていたマナは、ヒューゴの呼びかけにその手を止める。
「なに?」
マナは、酒に弱い。その上、酔った時のことは覚えていない。
「……」
ヒューゴは、いつものようにこちらを見つめるマナの瞳を見つめ返し、
「……なんでもない」
ハァ、と息を吐いた。
「え、なに? もしかしてアタシ、また呑んだ時になんかやらかした?」
「だから、なんでもない」
「なんでもなくはないでしょ」
都内の下町の一軒家。その二階から、一人のハンターと、その相棒の言い合う声が、どこか楽しそうなその声が、響いた。
マナとヒューゴ〜そのハンターと相棒は、今日も仕事を全うします〜 山法師 @yama_bou_shi
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