マナとヒューゴ〜そのハンターと相棒は、今日も仕事を全うします〜
山法師
1 依頼
都内の下町にある、古い一軒家。その一階。
「では、改めましてはじめまして。
髪の短い、甘雨等マナと名乗った女性は、自分が座るソファの左に設置されたとまり木に留まる、片足に金の輪を嵌めた青緑の鷹のような鳥を示し、言う。
「はじめまして。
それに、対面のソファに座る、デコルテあたりでくるりと巻かれた茶髪を持つ女性が、頭を下げた。
テーブルの、マナの前にコーヒーが、ユミの前には紅茶が置かれている。
「じゃ、ヒューゴも自己紹介を」
言われた青緑の鳥は、カパリと嘴を開き、
「先程マナから紹介されましたが、私はストーンバードのヒューゴと申します。ご依頼の内容、私もともに仕事をしますので、把握しております」
ヒューゴの言葉に、ユミは膝の上の手を握り込んだ。
◆
約十年前、地球に、妙な建造物や空間が現れた。その中には不可思議な空間が広がっており、見たこともない動植物、鉱物などがあった。物好きな人々はそこへ殺到し、彼らは沢山の手土産を持って帰ってくる。各国は突如現れたその建造物や空間の処理に追われたが、民間人や企業は、そこを金の生る木だと判断し、人はどんどん流入していった。
いつしか、それらはダンジョンと呼ばれ。そこで植物や鉱物を採取したり、モンスターと呼ばれるようになった動物達と戦って戦利品を得る者達は『ハンター』と呼ばれるようになる。
そして、現在。世界の人々はダンジョンに慣れ始め、生活の一部として受け入れ始めていた。
日本政府は出来合いのようにダンジョン管理省というものを作り、役場にはダンジョン管轄課というものが置かれた。
そして政府はハンターと呼ばれる人達を集め、試験を行い、"正式に"ハンターとして認め、ハンター以外をダンジョン立ち入り禁止とし、ハンターにランクを付けた。
青銅の五つ星から、一番上は金の一つ星。ハンターは採取や狩猟、ダンジョンについての新しい発見などの貢献度をもって、そのランクを上げるようにと決められた。
けれど、まだ法整備にガタつきのあるダンジョン管理省。ハンターになれる年齢の設定を、十六からとしてしまった。
遊び半分で少年少女がダンジョンに入る。浅い層ならダンジョンの危険度は低いようだったが、深い層やまだ未踏の場所は、危険度が高くなる。そして、当然のように未成年がダンジョンの被害に遭う件数は、統計してからうなぎ上り。──あえて言うと、こういった整備がなされていない頃はもっと年下の子供達もダンジョンに入り、その被害に遭っていた。けれど、目に見える数字は強い。人々は政府を批判した。子供達がダンジョンの犠牲に遭っていると。
ユミは、先週ダンジョン内で行方不明になった弟の捜索を、マナ達に依頼しに来ていた。
ユミの弟、十六歳の少年林ミナトは、ハンター資格を得ていた。そしていつものように、友人らとともに北区にある小型のダンジョンへと入ったという。そして突如現れた大型のモンスターに襲撃され、ミナトだけ逃げ遅れた、という話だった。
「ずっと、あなたのような方を探していました。私が言った、もう、……生存不可能だと思われる人を探してくれる仕事をしている、人を。……見つけた、甘雨等さんは、まだ二十歳とお若いのにソロでハンターをしている、しかも銀色星三つの凄腕ハンターなんだと、その時に知りました」
そう言うと、ユミは両手を握りしめ、俯く。
「家族も、……生存は諦めてます。けど、服の一部でも、なんでもいいから、あの子の、何かを……!」
「警察やダンジョン管轄課には」
静かに問うたマナに、ユミは俯いて首を強く振り、
「問い合わせました! けど! 二日周辺を探しただけで捜索は打ち切りで……!」
上げられた顔からは、涙が流れていた。
「……分かりました。では、正式に、そのお仕事をお引き受けします」
◆
ユミが帰り、明日そのダンジョンへと行くことになったマナが、作業室でその準備をしていると、
「マナ」
青年を思わせる声が、マナの背中にかけられる。
あの、青緑に煌めく鷹、ヒューゴの声だった。
「なに?」
「生きていると思うか。……林ミナトという少年は」
扉のそばにあるとまり木に留まり、ヒューゴは静かな声で言う。
「さあ? 生きてるかもしれないし、死んでしまってるかもしれない。確認するまでは分からない。けど」
マナは、ヒューゴへと振り返り、
「奇跡はある。でしょ?」
ニッ、と笑った。
翌日。北区にある、ミナト達が入ったというダンジョンの入口の前で。
「ここですか」
「ここです……」
ヒューゴを肩に乗せたマナの声に、重たい空気を纏うユミの言葉が続く。
そのダンジョンの入口設備は簡易的なもので、設置された機械にハンターカードをかざせば誰でも入れてしまう。大きなダンジョンのように近くにダンジョン管轄課の建物などがある訳でもなく、地面からせり出した洞窟の入口のような穴が、ポッカリと空いているだけだった。
「それで、これが、弟の服です」
ユミは大きなバッグを地面に置き、中をマナ達に見せる。
「持ってきていただいてありがとうございます。では、失礼して。ヒューゴ」
「ああ」
ヒューゴはマナの肩からそのバッグの近くに降り、トコトコとバッグに近付いて、
「失礼する」
その中に頭を突っ込んだ。
「……あの、本当に匂いが分かるんですか……?」
「分かりますよ。ヒューゴはただの鳥じゃなく、モンスターですからね。一個人の匂いくらいなら簡単に、正確に覚えられます」
そう言っているマナは、昨日ユミからもらったミナトの画像や映像を、スマホで再度確認していた。
そこには、様々な表情をした少年が映り、喋っている。
「よし、覚えた」
バッグの中で頭をガサゴソと動かしていたヒューゴが、そう言いながらズボッとバッグから顔を上げた。
「いつでも行ける。マナ」
「うん。こっちもオッケー」
マナはスマホをズボンのサイドポケットに仕舞うと、ユミへと顔を向ける。
「林さん。アタシ達は全力でミナトさんを探します」
その言葉に、ユミは目を見開く。
「力及ばないかもしれない。思う結果にならないかもしれない。けど、あなたの思いを無駄にはしません。お約束します」
「……! はい……! お願いします……!」
深く頭を下げるユミに、
「では、行ってきますね」
と、明るい声でマナは歩き出し、その肩にヒューゴが乗った。
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