第5話

「あぁ、お前もヤツに弟が居るのは聞いてるだろう?」


「えぇ、フィリップ様ですよね?」


「あぁ、そうだ。実はヤツより弟の方が優秀だと伯爵家内部では評価されてるみたいでな。だから家督をどっちに譲るかまだ決めてないらしい」


「そうだったんですね...あぁ、だから乳母を雇う金も無いと...」


「だろうな。家督を継げなきゃ金は自由に動かせないからな。お前が嫁いだあの新居にしたって、きっと親に建てて貰ったものなんだろうよ」


 言われてみれば...サリアも最初、なぜ伯爵家の本家ではなく新たに家を建ててそこに住むのだろうかとは思っていた。


 デュランが家を継ぐべき立場であるなら本家に住むのが寧ろ当然であり、サリアも当たり前のように本家へ嫁ぐことになると思っていた。


 そんなサリアの疑問に対しデュランは、


「いきなり舅・姑と暮らすことになったら、サリアが気疲れして大変だろうと思ってね。新婚の間だけでも二人っきりで暮らしたくてこの家を建てたんだよ」


 サリアはそんなデュランの気遣いが嬉しくて目頭を熱くしたものだが...なんのことはない。実際は本家から追い出されたようなものだったのか...


 そう思うと、つくづく自分には人を見る目がなかったんだなと、サリアはガックリと肩を落とした。


「さて、儂はちょっくら侯爵家に出向いて来る。あんの若造! 今に目にもの見せてやるから覚悟しておれ! サリアは疲れてるだろう? なにも心配要らんからまずはゆっくり休んでろ」


「そうね。慣れない赤ん坊の世話は大変だったでしょう。少し休みなさい」


「お父様、お母様、ありがとう...」


 両親の気遣いが心に染みたサリアは、涙ぐみながらそう言った。



◇◇◇



 翌朝、デュランは屋敷の玄関で顔を腫らしながらノビている見張りに気付いて、


「お、おい! お前らどうしたんだ!? その傷はどうした!? 一体なにがあったんだ!?」


「あ痛ててて! す、すいやせん、旦那...あの女めっちゃ強くて...取り逃がしちまいやした...」


「なんだって!? お前らサリアに、女一人にやられたって言うのか!?」


「ありゃ女の蹴りじゃなかったですぜ...」


「赤ん坊抱きながら足技だけで俺らを倒すなんて只者じゃねぇ...」


「なにい!? それじゃあステファニーを連れて出て行ったというのか!?」


「へい...」


「こんのぉ! 役立たず共がぁ! 貴様らはクビだぁ!」


 デュランは三人を怒鳴り散らしてから大急ぎで屋敷を出た。こうしちゃいられない。一刻も早くサリアを連れ戻さないと厄介なことになる。


 サリアの行き先は一つしかない。デュランはサリアの実家である男爵家へと急いだ。

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