ひとつだけ

あーる

ひとつだけ

太陽が世界に朝を届けてから少しして 私は目を覚ます

目が覚めて朝だとわかるまで数秒かかる

朝を自覚した私の心はとても心地いい

そのまま太陽に包まれた世界を窓から見届ける

朝を迎えることがこんなに心地良いと思えるなんて思わなかった


朝の光を浴びにベランダに出れば

いつ起きたのかわからない緑たちが挨拶する

その挨拶に答えながら朝の空気をいっぱいに吸い込む

ここにある緑と会話をする心の豊かさを私は思い出した

そんな嬉しい変化を噛み締めながら 植木鉢に水をあげる


植木鉢に水をあげるときいつも思う

私があげた水はどのくらい吸収されているのだろう

ほとんどが植木鉢をすり抜けて流れてしまっている気がする

そんな心配なんてお構いなくこの緑は鮮やかに 今日も生きている


植木鉢から流れ出た水が小川のように流れていく

与えられるものを全てもらっていたら

この緑も私のように腐ってしまう

他人から期待されて たくさんのものを与えられてきた

それを全て引き受けたら私は動けなくなった


動けなくなってうずくまって改めてわかった

私にあったのは与えられたものばかりで

最初から何もなかった

全てが幻みたいに何もかもが私の前からも

この手からもなくなった

うずくまった私は顔を上げることができなかった

顔を上げてしまったら情けなくなるから

この手に何もないことも 期待に応えられないことも

全て自覚してしまうから


悪いことをしたと思ったのか 私はずっと謝ってた


ごめんなさい

私が悪いです

謝るから許してください


誰に謝っているのか 何に謝っているのかわからない

でも許されたかった

私が存在することを


そんな私がこんなに心地いい朝を迎えられるようになったのは

何も掴めない私の手を掴んでくれた人がいたから

何もなくていいと 私の存在だけでいいと言ってくれた人

だから私は今こんなに世界が優しいと思える


私はその人の背中に隠れてる

隠れてるから存在できてると自覚してる

世界が優しいと思えるのも 朝が心地いいと思えるのも

心が豊かに思えるのも

私の手を掴んで引いてくれる人がいるから感じることができた


私の手を掴んでくれるこの人がいる世界なら 顔を上げられる

私の手を引いてくれるこの人と歩くなら また動き出せる

理由なんてよくわからない

ただ伝わる体温に安心したんだ

だから私の手を掴んでくれたこの手が不安になることがあったなら

次は私が手を掴むから背中に隠れてほしい

そうやっていつの間にか 並んで歩いてるといいなと思う

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ひとつだけ あーる @RRR_666

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