Untouchable Insanity ~禁区の中の悪役令嬢~

朝倉春彦

第1話

「オーッホッホッホッホ!!!!!惨めなお姿ですわね!?マリネさん?」


私の目の前で、ローズ様は勝ち誇った笑みを浮かべて1人の少女を見下している。

私共々、何か月も練った"策略"に見事に嵌った少女は、苦虫を噛み殺した様な表情を我々に向けていた。


「し、仕込んだわね!卑怯者!」

「まさか!言いがかりですわねバロン。お前も私も、何もしていませんよね?」

「えぇ。何かを仕掛ける隙すらありませんし、何より計略を巡らせると、ローズ様の評価に響きますので。我々が仕掛けるだけ損でしょう」


私は、ローズ様との打合せ通りに事を進める。

努めて落ち着いた装いで、声色で…ローズ様の味方をしつつ、少女の逃げ道を塞ぎつつ…必要以上に少女を貶めない様に気を付けて声をかけた。


目の前で言い争いを繰り広げている少女達…

2人の喧嘩の火種は、通う学校の期末テストの結果にあった。


1位はローズ様、全科目満点で文句なしの学年1位。

2位はマリネさん、数学で2点分のミスがあったせいで学年2位。

彼女はその結果に憤りを覚え、放課後の帰り際にローズ様に食って掛かっていたのだった。


「あれは私の答案用紙じゃない!あんな初歩的な間違いなど犯していないわ!」

「ですから、それを私に言われましても。用紙に書かれた名前は貴女のものではないですか」

「……くっ」

「だからといって、私の答案用紙が貴女の物であるという証拠がありまして?」

「……それは…」


ローズ様に詰められるマリネさん、ローズ様は彼女の悔し気な顔を見てニヤリと嘲る笑みを浮かべると、溜息を一つついて私の元へやって来た。


「バロン、行きましょう。これ以上人が増えたら"彼女が"困りますもの」

「はい、では、こちらへ」


私はローズ様の言葉に従い、迎えの車まで彼女をエスコートする。

美味しい空気…雲一つない夕方の空の下、迎えの車のドアを開け、ローズ様が座ったのを確認してからドアを閉めた。


「バロン、屋敷に戻る前に…"何時もの場所"へ連れて行ってくださる?」

「承知いたしました」


運転席に収まった私は、ローズ様の願いを聞き入れると、帰りの"空路"を少し変更する。

タッチパネルを操作して、お屋敷までの道のりに1か所寄り道を追加…それが終わると、車は音も無く宙に浮き始めた。


「雨上がりの夕方ですもの、きっと良い景色なのでしょうね…」


ローズ様の独り言が耳に届く。

私は無言で頷き、バックミラー越しに彼女を見やった。


後部座席で、物憂げに外の景色を眺めるローズ様。

彼女は、人形のように精巧で、可憐で…そして、儚い雰囲気を繕う"お嬢様"だ。

美しい日系の顔つき、赤みがかった茶髪の髪は艶やかで、枝毛一つ無く…

その美しい容姿を包む学園のブレザーには皺の一つも見あたらず…所作の1つ1つは機械の様に美しい。


「上手く行きましたね」


目的地までは5分ほど、私は窓の外を見つめたまま動かないローズ様に話しかける。

彼女はハッとした表情を浮かべると、こちらに顔を向けた。


「えぇ。幸いにも数学の教師は家の息がかかった者でしたから。他の科目は元々満点でしたし…」


浮かない顔のローズローズ様。

私はどういう顔を浮かべていいか分からず、曖昧な笑みをバックミラー越しに向けた。


「あと3年、この調子で行けば、ローズ様の願いは叶いますよ」

「そうね。今のまま行けば…間違いないわ」

「大丈夫です。ローズ様ならきっと、成し遂げられますし…我々もしっかりサポートさせていただきますので」

「ありがとう…ただ…」


ローズ様は、精巧な機械を埋め込んだ様な"碧い瞳"を窓の外に向けて溜息を付く。


「マリネさんに、私はきっと…いえ、もうそろそろ、敵わなくなってしまうのでしょうね」


ポツリと呟かれた言葉。

私は何も言葉を返せない。

ローズ様は、何をやっても"才女"と称される程のお方…

その裏でどれ程の努力を重ねているのか…それを、私が一番良く知っていたからだ。


「帰ったら、また"学習"しなければなりません。今の私では、答えを導くまでに時間がかかり過ぎていますし、"新しい"事を理解するのも苦労しています」

「ローズ様、今は少しの間お休みになられても…お体にも触りますし…」

「バロン、私が休んでいる間にも、彼女は努力を重ねているのですよ!」


ローズ様が身を乗り出して叫ぶように言った時、丁度車が"着地"した。

私とローズ様は、一旦、それ以上の言葉を交わすことも無く車を降りる。

先に私が降りて、後部座席のドアを開けると、彼女がゆっくりと降りてきた。


学校から屋敷までの途中にある"屋上に何も無いビル"の屋上…

そこに立ち、柵に手をかけたローズ様は、夕焼けに染まるこの街の景色を眺めて深く息を吸い込んだ。


「相変わらず、見事な街並みですわ…」


200m級の高層ビルが立ち並ぶ街…

そのビルの屋上には、この街を支配する者…つまりは我々の様な者が暮らす立派な屋敷が立ち並ぶ。

その下…ビルの中腹辺りは、中流階級の者達が勤める会社や食堂がひしめき、明かりを放っている。


更に下は最下層…最早ここから地面を見下ろす事は出来なくなっていた。

白い霧が立ち込めて地面を覆い隠し、その白い霧は、ビルが放つ光で七色に染め上げられている…

屋上から見下ろす摩天楼は、この街の全てを映し出していた。


「でも、私は、この街をあと3年で離れなければなりません」


ローズ様は、ここから眺める景色が好きだった。

ローズ様は、生まれ育ったこの街の事が好きだった。


だが、彼女は"宇宙飛行士"として街を離れ、頭上に広がる宇宙へ行くことを望んでいる。

その為に、"世代で1番の人間"であることに囚われていた。

"宇宙飛行士"は、この街に住む子供たちにとって"その年に生まれた子の中で1番の才能を持つ"者で無ければなれないものだから…


「大丈夫です。3年後には、ローズ様が宇宙飛行士になられているでしょう」


私はローズ様の隣…一歩引いたところに立ち、彼女に言葉をかける。

遠い昔に宣言した"宇宙飛行士"という夢…

ローズ様の従姉に当たるニナ様の行方を探すという理由だけで決めた将来の夢…


「ありがとう。そのためには…努力あるのみよ。彼女に才能で負けていたとしても、ね」


"機械の様に精巧な容姿をしている"ローズ様は街を見下ろしながら、決意のこもった声でそう言った。

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