第104話 キルサスの実力
「その必要はない」
突然、しわがれた声が頭上から聞こえてきた。
全員が視線を上げると、濃い紫色の服を着た老人が宙に浮いている。額に赤い角が二本生えているのを見て、アスロムたちは老人が六魔星のゼルディアだと確信した。
「アスロムはどこにいる?」
ゼルディアは金色の目で冒険者たちを見回す。
「僕がアスロムだよ」
アスロムが一歩前に出て、ゼルディアと視線を合わせる。
「ほぅ。お前か」
ゼルディアは金色の目を針のように細くする。
「……ふむ。なかなかの強者のようだ。これは使えそうだ」
「使えそう?」
「お前の死体がな。十二英雄の死体なら、いい素材になるだろう」
「僕を殺すってことか」
「不服があるのか?」
「ないね。僕も君を殺すことを考えていたから」
アスロムは七光彩剣を強く握り締める。
「で、君の部下はどこにいるの?」
「そのうちここに来るだろう」
「……つまり、今は一人ってことか」
「そうだ。もともと我に護衛など必要ないからな」
「それなら、さっさと下りてきたら」
シルフィールが言った。
「私があなたを殺してあげる」
「……お前は誰だ?」
「私は月光の団のシルフィール。アスロムと同じ十二英雄よ」
「……ほぅ。もう一人十二英雄がいたか」
「ええ。今さら逃げるなんて言わないわよね?」
シルフィールが挑発的な笑みを浮かべる。
「私はあなたの部下のダグルードを殺してるんだし」
「ダグルード……」
ゼルディアの瞳が縦に細くなった。
「そうか。お前がダグルードを殺したのか」
「あと二人、手伝ってくれたけどね」
「ふむ。ダグルードは我が部下の中でも、なかなかの強者だった。どうやら、十二英雄は我の予想よりも強いのかもしれんな」
「もし、不安だったら、部下が来るまで、そのまま宙に浮いていたら?」
「……ふっ、挑発か。まあ、いい。お前たちに恐怖を教えてやろう」
ゼルディアはゆっくりと地面に下りた。
「全員、ゼルディアを囲め!」
アスロムが叫ぶと神樹の団の団員たちが一斉に動き出した。月光の団と聖剣の団の団員たちも数秒遅れて動き出す。
だらりと細い手を下げて立っているゼルディアを見て、キルサスはにやりと笑った。
――こいつ、もう老人じゃないか。手足も細くて殴っただけでも骨が折れそうだ。六魔星だから弱いはずはないが、全盛期は過ぎていると見た。上手くいけば、僕だけでこいつを殺せる。
キルサスのノドが大きく動いた。
――十二英雄で六魔星を倒したのはリムシェラだけだ。もし、ここで僕がゼルディアを倒せば、十三番目の英雄になれるかもしれない。
「アスロムさん。まずは僕が攻めます」
キルサスは腰に提げていた鞘からロングソードを引き抜いた。そのロングソードは柄が黒く刃が黄緑色に輝いていた。
「アスロムさんとシルフィールさんは状況で動いてください」
「君ひとりで大丈夫かい?」
「ええ。僕もSランクですから」
キルサスはロングソードの先端をゼルディアに向ける。
「僕は聖剣の団のリーダー、キルサスだ! 六魔星ゼルディアよ。お前はこの『龍鋼風牙』で倒す!」
「……ほぅ。お前も強者なのか」
ゼルディアは青黒い唇を動かした。
「どの程度の強さなのか、見せてもらおうか」
「ああ。見せてやる。僕の実力を!」
キルサスは呪文を唱えながら、ゼルディアに突っ込んだ。ゼルディアの体を黒い霧が包み、周囲の草が地面に押しつけられた。
「重力系の魔法か」
「気づいたところで、もう遅い!」
キルサスは一瞬でゼルディアの側面に回り込み、龍鋼風牙を振り下ろす。
――もらった。このスピードなら、防御魔法も間に合わないはずだ。
勝利を確信して、キルサスの口角が吊り上がる。
その瞬間――。
黄緑色に輝く刃をゼルディアは手の甲に埋め込められている赤い宝石で受けた。
甲高い金属音がして、龍鋼風牙の刃が欠ける。
「あ……」
キルサスの動きが止まった。
ゼルディアが右手を突き出す。尖った爪がキルサスの胸に突き刺さる。
「ぐあああっ!」
キルサスは顔を歪めて、地面に倒れた。
「ふん。その程度か」
ゼルディアの左手が紫色に輝く。
「では、死ねっ!」
「ひ、ひぃっ!」
キルサスは甲高い悲鳴をあげる。
「何やってるのっ!」
シルフィールがキルサスを守るようにゼルディアの前に立った。
「今度は私が相手よ」
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