第25話 聖剣の団
タンサの町の大通りにある四階建ての建物の一室で、聖剣の団のリーダー、キルサスが幹部のエレナと話をしていた。
エレナは二十代半ばのエルフでAランクの魔道師だった。髪は金色でダークグリーンのローブを身につけている。
「……じゃあ、調査団の救出の依頼は、このメンバーにやらせることにするわ」
エレナは団員の名前が書かれた紙をキルサスに渡す。
「パーティーのリーダーはこの前入団してくれたガルディでいいよね?」
「ああ。彼には高い給料を払っているからな。しっかりと働いてもらわないと」
そう言って、キルサスは金色の髪をかきあげた。
「強い団員が増えたのはいいが、人件費が高くなるのが難点だな」
「そりゃしょうがないでしょ。ガルディはAランクなんだし」
エレナは肩をすくめる。
「私の給料が払えないなんて、言わないでよ。こうやって、裏方の仕事もやってるんだから」
「大丈夫だ。仕事の依頼は増えたし、新人を一人追放したからな」
「えっ? 追放って誰を?」
「紙使いのヤクモだ」
「ヤクモ……」
エレナは首をかしげた。
「どうして、ヤクモを追放したの? 新人の四人の中で一番ましに思えたけど」
「んっ? 何を言ってる?」
キルサスは整った眉を眉間に寄せる。
「ヤクモはユニークスキルを持っているが、それは紙を操るだけで、効果はたいしたものではなかった。それに比べて、アルベル、ダズル、カミラは複数の戦闘スキル持ちだ。将来性を考えても、追放するのなら、ヤクモだろう」
「あーっ、そっか。あなた、新人たちとパーティーを組んでなかったわね」
「何か問題があるのか?」
「私は一度、彼らとパーティーを組んで、モンスター退治の仕事をやったからわかるの。ヤクモが一番使えたなって」
エレナは尖った耳に触れながら、言葉を続ける。
「ヤクモは戦況を見て戦ってたからね。ピンチの仲間がいたら、しっかりサポートしてたし。紙を具現化する能力も役に立ってたと思うよ。基礎魔力を増やす訓練をすれば、もっと強くなるんじゃないかな」
「……ふっ、君は美しくて強い女性だが、人を見る目はないようだ」
キルサスが微笑した。
「仮にヤクモの基礎魔力が増えたとしても、奴は紙を具現化することしかできない。強力な攻撃魔法が使えるわけでもないし、防御魔法も使えないんだ」
キルサスは持っていた紙をひらひらと動かす。
「具現化できる紙の量が増えたとしても、それに何の意味がある? 紙は斬れるし、燃えるし、一瞬の時間稼ぎにしかならない」
「その一瞬が大事だと思うけど?」
エレナはキルサスが動かしている紙を人差し指で突く。
「戦闘中に一瞬でも敵の動きを止められれば有利に戦えるわ。特にヤクモの能力は珍しいから、相手の意表をつけるし」
「ふーん、君がそこまでヤクモを買っているとは思わなかったな」
「彼は真面目で努力を惜しまないタイプだったから、将来性にも期待できるかなって」
「そこが間違っているんだよ」
キルサスは右手の人差し指を立てて、それを左右に動かした。
「使えないスキルしか持っていないヤクモに将来性などない。最大限の努力をしても、Dランクまでだろう」
「アルベルたちとは違うってこと?」
「そうだな。アルベルたちなら、これからの訓練次第でBランク以上になれると僕は予想している。ならば、追放する者はヤクモで間違いない」
「間違いない……ねぇ」
エレナは、ふっと息を吐き出す。
「まあ、アルベルたちも、この前、Eランクの昇級試験に問題なく受かったみたいだし、あなたの判断が間違ってるというわけでもなさそうね。特にアルベルは、二番目にいい成績を出したみたいよ」
「ほぉ、二番目だったのか」
「ええ。冒険者ギルドの職員が教えてくれたわ」
「どうせなら、一番になってもらいたかったが、試験には運もあるだろうからな」
キルサスは口角を吊り上げた。
「まあ、彼らがBランク以上になった時、僕の判断が正しかったと、君も認めることになるだろうね」
「……そうね」
数秒間の沈黙の後、エレナはうなずいた。
――アルベルたちは弱いわけじゃない。キルサスの言う通り、Bランク以上になる可能性は十分にあるだろう。だけど……ヤクモがそれ以上に強くなる可能性もあるんじゃないかな?
「追放した役立たずの話はもういいだろう」
キルサスはエレナの白い腕に触れた。
「エレナ、今夜は僕と食事をしないか? 馴染みの店に、いい黄金牛の肉が入ったらしいんだ。シェフが言うには極上の味らしい。その味を美しい君といっしょに味わいたくなってね」
「……止めておくわ。人間のあなたと恋仲になっても、むなしいだけだし。どうせ、百年も経たずに死んじゃうから」
エレナは金色の髪をなびかせて、部屋から出ていった。
「……ふん。相変わらず、ガードが固いな」
キルサスはカチリを歯を鳴らした。
――まあいい。エレナも僕が英雄になれば、考えが変わるだろう。いや、その時は、あんなエルフより、もっといい女が寄ってくるか。
そう言うと、キルサスは笑みの形をした唇を舐めた。
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