第20話 昇級試験4

 三時間後、僕は無数の森クラゲが浮かぶ森の中にいた。青白く輝く森クラゲが周囲の景色を青く照らしている。


 幹回りが十メートルを超える巨木の横を通り過ぎると、その先に滝が見えた。滝の周囲には巨大な岩が積み重なっていて、緑色の苔が生えている。


 この場所は期待できそうだ。周囲に動物の足跡があったし、それを狙うモンスターがいる可能性は高い。


 僕は茂みをかきわけて、滝に近づく。

 滝の周囲は開けた場所になっていて、夜空に浮かんだ巨大な月が僕の姿を照らす。


 今夜の月はきれいだな。円形のくぼんだ地形がくっきりと見える。

 と、月を見てる場合じゃないか。


 きょろきょろと周囲を見回すと、滝壺の奥の茂みが僅かに揺れていた。


 何かいるな。


 僕は短剣を握り締め、水しぶきを立てている滝壺に近づく。


 理想は飛行亀か。飛行亀なら、大銀貨五枚の素材になる。


 ガサ……ガサ……。


 茂みから姿を見せたのは……青白いスライムだった。


「あ……スライムか」


 スライムじゃなぁ。まあ、運がよければ『スライムの欠片』が手に入るかもしれないし、一応倒しておくか。


 その時、滝の上部から何かが落ちてきた。それは長く大きく、そして黒かった。

 僕は後ずさりして距離を取った。

 それは全長十五メートルを超える巨大なムカデだった。長い体が黒光りしていて、無数の脚は黄白色だった。


「鎧ムカデだ!?」


 僕は目の前のモンスターの名を口にした。


こいつは水晶ドラゴンほどじゃないけど、危険なモンスターだ。牙には毒があるし、巨体のわりにスピードも早くて防御力も高い。


 僕はオレンジ色に輝く頭部の触角を見つめる。


『鎧ムカデの触角』は幻魔病に効く薬の材料になる素材だ。二本で大金貨一枚にはなるだろう。


「金貨一枚の素材でよかったのに……」


 カチ……カチ……カチ……。


 鎧ムカデは牙を鳴らしながら、ヘビのように鎌首をもたげる。


 こうなったらやるしかない。倒せば、余裕で昇級試験クリアだ!


 僕は魔喰いの短剣を強く握り締める。


 水晶ドラゴンの時は強い仲間が側にいた。でも、今は僕だけだ。ちょっとしたミスが命取りになる。集中して戦うんだ。


 僕は茂みを背にして、ゆっくりと右に移動する。

 その動きに合わせて、鎧ムカデの頭部が動く。


 そして――。


 無数の黄白色の脚を動かして、鎧ムカデが僕に突っ込んできた。


「『魔防壁強度九』!」


 銀色に輝く紙が重なり合い、宙に壁を作る。その壁を鎧ムカデが牙で噛み千切った。


「強度九でもダメかっ!」


 強度十の魔防壁は魔法のポケットにストックがない。この場で魔式をイメージして具現化するには時間がかかりすぎる。


 僕は鎧ムカデの側面に移動しながら、魔喰いの短剣を振った。青白い刃が一メートル以上伸びて、鎧ムカデの黄白色の脚を斬る。黄色の体液が飛び散り、斬られた脚がバタバタと地面を飛び回る。


「ジッ……ジジ……」


 鎧ムカデが不気味な鳴き声をあげて、僕の周囲をぐるぐると回る。


 一本の脚を斬ったぐらいじゃ、スピードは落ちないか。


 僕は唇を強く噛んで、鎧ムカデの攻撃に備える。

 鎧ムカデの口が開き、直径二十センチ以上の火球が次々と発射される。

 僕は紙の足場を作って、連続ジャンプで火球を避ける。


 鎧ムカデの体は硬いから、一撃で決めるのは難しい。まずは右側の脚を狙う。


「『風手裏剣』!」


 僕はコートのポケットにストックしていた百本の手裏剣を同時に出し、鎧ムカデの右側の脚を狙った。手裏剣がくるくると周りながら、鎧ムカデの脚を数本切断する。

 鎧ムカデの体が僅かに傾き、僕を追うスピードが遅くなった。


 よし! これで頭部を狙いやすくなっ……。


 突然、鎧ムカデが体を捻った。黄白色のしっぽの先端が僕の腹部に当たる。

 強い衝撃を感じると同時に僕の体が飛ばされた。


 ぐっ! しまった。この攻撃は……予想外だったな。


 僕は唇を噛み締め、立ち上がる。


 だけど、アルミーネが作ってくれた服のおかげでダメージは抑えられた。まだ、戦えるぞ!


迫ってくる火球を水属性を付与した紙で止めながら、僕は走り出す。


カチ……カチ……カチカチ……。


 背後から鎧ムカデが牙を鳴らす音が聞こえてくる。


 ここで決める!


 僕と鎧ムカデの間に壁が五つできた。

 鎧ムカデは鋭い牙でその壁を斬り裂いていく。


 紙は斬り裂ける……そう思っているよね?


 五つ目の壁に鎧ムカデが突っ込むと、その壁が鎧ムカデの頭部を包み込んだ。


 引っかかったな。最後の紙の壁だけは粘着性のある特別な紙で壁を作っていたんだ。


 鎧ムカデは頭部を地面にこすりつけて、紙を剥がそうとする。


「その時間は与えない!」


 僕は鎧ムカデに走り寄り、紙に包まれた頭部の口の部分に長く伸びた魔喰いの短剣の刃を突き刺した。

 それでも鎧ムカデは長い胴体をバタバタと動かして暴れ続ける。


 それなら、魔法のポケットにストックしていた火属性を付与した紙を使って……。


「『巨斧炎龍』!」


 数百枚の紙が組み合わさり、巨大な斧の形になった。斧の刃がオレンジ色の炎に包まれる。

 巨斧炎龍は巨人が斧を振るうかのように鎧ムカデの体を真っ二つに切断する。

 黄色の体液が飛び散り、二つに分かれた鎧ムカデは、ばたばたと体を動かす。


「ジ……ジジ……」


 鎧ムカデの動きが弱まり、完全に動かなくなった。

 僕は溜めていた息を全て吐き出し、その場に座り込む。


「た、倒せた……か」


 荒い呼吸を整えながら、僕は鎧ムカデの巨体を見つめる。


 紙を組み合わせて武器を作る魔式も使えるな。これなら巨大なモンスター相手でも、大きなダメージを与えられる。


「と、休んでる場合じゃないか。素材を回収しないと」


 立ち上がろうとしたが、腹部に痛みを感じた。


 仕方ない。もったいないけど、回復薬を使っておくか。


 僕は魔法のポーチから回復薬を取り出し、一気に飲み干す。

 腹部の痛みがなくなり、体が軽く感じた。


 僕は鎧ムカデに歩み寄り、頭部と胴節の継ぎ目に魔喰いの短剣を突き刺した。

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