第14話 水晶ドラゴン2

 突然――。


「ゴガアアアア!」


 周囲の壁が震えるような鳴き声が聞こえてきた。


 この声はドラゴンか?


「休憩はなしだ。行くぞ!」


 キナコが走り出した。

 僕、アルミーネ、ピルンがその後を追う。


 緩やかな斜面を駆け下りると、地底湖のある開けた場所に出た。その場所の中央にきらきらと輝く青白いドラゴンがいた。


 ドラゴンは体長十五メートル以上あり、背中には先端が尖った六角柱の水晶が無数に生えている。皮膚のウロコは青黒く、頭部の四つの目は赤く輝いていた。


 水晶ドラゴンだ! しかも、予想よりもでかい!


 水晶ドラゴンの足元には巨大な『地底ナマズ』が横たわっている。


 さっきまで地底ナマズと戦っていたってことか。


「ヤクモくん! 私をサポートして!」


 アルミーネが呪文を唱えながら、水晶ドラゴンに向かって走り出す。

 僕もすぐにアルミーネの隣に並ぶ。


 水晶ドラゴンの頭上に紫色に輝く巨大な魔法陣が出現した。その魔法陣から黒い霧のようなものが出て、水晶ドラゴンの体を包む。


 これが重力系の魔法か。


 ちらりとアルミーネの顔を見ると、右の瞳に魔法陣が浮かび上がっていた。


 瞳に魔法陣を刻んでいるのか。だから、上位魔法を短い詠唱で発動させることができたんだな。 

 水晶ドラゴンの後脚が地面にめり込んでいるのを見て、キナコが口を開いた。


「よし! 次は俺たちの仕事だ! 一気にダメージを与えるぞ!」


 キナコは水晶ドラゴンに側面から突っ込むと、長く伸ばした白い爪で青黒いウロコを斬った。


「ゴォオオオオ!」


 水晶ドラゴンは上半身をひねって、赤い爪を持つ前脚をキナコに向かって振り下ろす。その攻撃をかわしながら、キナコは右手の肉球で水晶ドラゴンの腹部を叩く。


 ドンと大きな音がして、水晶ドラゴンの巨体がぶれた。


「ゴアアア……ゴッ……」


 水晶ドラゴンが大きく口を開いた。舌の裏側の血管がぼこりと膨らみ、白い息を吐き出す。

 周囲の地面が一瞬で白く凍った。


 氷のブレスか。まともに食らったら、一瞬で凍死だな。


 それにしても、さすがAランクのキナコだ。自分の千倍以上体重がある水晶ドラゴンにパンチでダメージを与えるなんて。


「ピルンも参戦なのだーっ!」


 ピルンが水晶ドラゴンのしっぽに飛び乗り、高くジャンプした。ピルンが持っていたマジカルハンマーが巨大化する。


「狂戦士モード発動なのだーっ!」


 ピルンの紫色の瞳が輝き、瞳孔が縦に細くなる。

 ピルンはマジカルハンマーを振り下ろした。水晶ドラゴンの背中から生えていた六角柱の水晶が甲高い音を立てて割れる。


「まだまだいくのだ!」


 ピルンは背中の上でマジカルハンマーを振り回す。次々と背中の水晶が破壊され、破片が周囲に飛び散った。


「ゴオオオオッ!」


 水晶ドラゴンは長い首をひねって、背中の上にいるピルンを噛もうとする。その攻撃をピルンはジャンプでかわす。

 水晶ドラゴンの前脚が宙にいるピルンに向かって振り下ろされる。


 そうはさせない!


「『魔防壁強度十』っ!」


 僕は魔法のポケットにストックしていた紙を使用する。

 黄金色に輝く紙が厚みのある壁を作る。その壁が水晶ドラゴンの前脚の攻撃を防いだ。壁は数秒で消える。


 よし! 具現化時間を短くして、その分、紙の強度を上げる方法が上手くいった。それでも強度十の魔防壁に使用する紙は一枚一万マナ以上の魔力を消費することになるけど。


「みんな、下がって!」


 アルミーネの声が聞こえると同時に、紫色の魔法陣が宙に出現する。その魔法陣の真ん中から、長さ三メートル以上ある巨大な矢が現れた。

 紫色の炎に包まれた巨大な矢が水晶ドラゴンの胴体に突き刺さる。


「ゴァアアアアア!」


 水晶ドラゴンがもだえるように巨大を揺らす。


 僕は新たな紙を具現化する。


 今度の紙は強度を抑えめにして、その代わりに宙に固定させる。

 階段状に紙が並んだ。その紙を足場にして、僕は水晶ドラゴンの頭部を狙う。


【魔力極大】で増えた魔力を使って……。


 半透明の青い刃が一メートル以上伸びた。

 僕は渾身の力を込めて、魔喰いの短剣を振る。刃が水晶ドラゴンの首を半分以上斬った。


 青い血が噴き出し、水晶ドラゴンの巨体がぐらりと傾く。


 この刃……少し魔力を注ぎ込んだだけで、紙の剣より斬れ味が鋭くなった。形も自由に変えられるし、すごくいい武器だ。


「ゴッ……ゴゴ……」


 水晶ドラゴンは体のバランスを崩しながらも前脚を動かして僕を攻撃しようとする。


「そうはさせん!」


 ジャンプしたキナコが体を半回転させながら、水晶ドラゴンの側面を肉球で叩いた。

 ドンと大きな音がして、水晶ドラゴンの巨体が後方に数センチずれる。


「ゴ……ゴァアアア!」


 水晶ドラゴンはキナコのいる方向に首を捻って口を開く。舌の裏側の血管がぼこりと膨らんだ。 

 また、舌の血管が膨らんでる。これは……。


「キナコっ! 氷のブレスがくるよ!」


 僕の声に反応して、キナコが後方に跳ぶ。水晶ドラゴンの口から吐き出された白い息が、さっきまでキナコが立っていた地面を凍らせた。


 首を半分以上斬ったのにまだ戦えるなんて。


 僕は唇を強く噛んで水晶ドラゴンに突っ込む。その動きに合わせてキナコが前に出る。


 それなら……。


 僕はキナコと反対側の方向に走り、数百本の紙の短剣を具現化する。紙の短剣は次々と水晶ドラゴンに突き刺さる。


「ゴアアアアッ!」


 水晶ドラゴンは四つの赤い目で僕をにらみつけ、右の前脚を振り上げる。


 いいぞ。水晶ドラゴンが僕を狙ってくれれば……。


「いいサポートだ、ヤクモっ!」


 キナコが別方向から水晶ドラゴンに近づき、高くジャンプした。五十センチ以上伸びた爪が水晶ドラゴンの頭部に突き刺さる。


「ゴアアアア!」


 それでも水晶ドラゴンは動きを止めなかった。

 頭を大きく振ってキナコを引き離し、尖った歯が並ぶ口でキナコを噛もうとする。


「あとは任せろ!」


 キナコは水晶ドラゴンの噛みつき攻撃を避けて側面に移動する。


 そして――。


「『肉球波紋掌』!」


 キナコが右手の肉球を水晶ドラゴンのウロコに強く当てる。ドンと大きな音がして水晶ドラゴンの体に波紋が広がっていく。


「ゴッ……ゴゥ……」


 水晶ドラゴンの口から青い血が流れ出し、四つの赤い目から輝きが消える。


「ゴ……ゴ……」


 水晶ドラゴンはぐらりと傾き、地響きを立てて横倒しになった。


「『肉球波紋掌』は体全体にダメージを与える技だ。これにはお前も耐えられなかったようだな」


 キナコは金色の瞳で絶命した水晶ドラゴンを見つめる。


「やったのだーっ! 水晶ドラゴンを倒したのだ!」


 ピルンが僕に抱きついてきた。


「ピルンたちは最強なのだーっ!」

「最強かどうかはわからないけど、ピルンもアルミーネもすごかったよ。もちろんキナコも」

「お前もたいしたものだ」


 キナコが言った。


「ピルンを紙の壁で守り、紙の階段を作って攻撃するとはな。お前のユニークスキルは応用が利く能力のようだ。それにお前は非凡な戦闘センスを持っている」

「そうかな?」

「ああ。自分をおとりにして、俺が攻撃しやすいように動いていただろ。それに水晶ドラゴンがブレスを吐くタイミングを知っていたな?」

「うん。最初にブレスを吐いた時に水晶ドラゴンの舌の血管が膨らんでいたんだ。それで二度目の時はわかったんだ」


 僕は絶命した水晶ドラゴンの口から出ている巨大な舌を指さす。


「僕の位置からは、ちょうど口の中が見えていたから」

「ほーっ、よく気づいたな」


 キナコが感嘆の声をあげる。


「ヤクモくんはすごいよ」


 アルミーネが瞳を輝かせて僕の肩を叩く。


「こんなに戦えるのに、どうしてヤクモくんを追放されたんだろ?」

「聖剣の団にいた時は具現化する紙の量が少なかったから、サポートメインになってたんだよ」

「それでも頭のいいリーダーなら、その能力を上手く使いこなせているか、総合的に判断するはずよ。まっ、そのおかげでヤクモくんが仲間になったんだから、私は聖剣の団のリーダーに感謝してるけどね」


 そう言って、アルミーネは舌を出す。


「今さら、聖剣の団に戻るなんて言わないでね」

「そんな気はないかな」


 僕は即答した。


 キルサスは【紙使い】のスキルをゴミスキルと断言した。そして戦況を見ながら、戦うやり方も評価してくれなかった。

 ただ、今はキルサスに感謝している。

 だって、追放されたおかげで、僕を認めてくれる仲間たちに出会うことができたから。

 これからは、アルミーネたちのために自分の力を使うんだ。

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