第12話 模擬戦
僕たちは店を出て、近くの空き地に移動した。
「さて……と」
キナコは僕に向き直ると、軽く首を回した。
「ここで俺と戦ってもらう。お前の攻撃が俺に当たったら、お前たちのパーティーに入ってやる」
「模擬戦ってことですか?」
「そうだ。わかりやすいルールだろ」
「たしかにわかりやすくはありますけど……」
僕はキナコを見つめる。
キナコは猫人族で、体格は人族より小さい。見た目も二足歩行で立っている猫だ。外見から強さを感じることはない。
でも、Aランクの冒険者ってことは、キナコは相当強いはずだ。
「安心しろ」
キナコが僕の太股を肉球で叩いた。
「ちゃんと手加減してやる。ほどほどにな」
「がんばってね」
アルミーネが僕の肩を叩いた。
「キナコはユニークスキルの【無手強化】を持ってるから、素手だと思って油断したらダメだよ」
「【無手強化】か。たしか素手で戦う時に攻撃力が上がるスキルだよね」
「うん。他にも【速度強化】の戦闘スキルも持ってて、実力はSランクに近いレベルって言われてるわ。だから、二つ名がついてるの」
「『魔族殺しのキナコ』か……」
僕の口中がからからに乾いた。
魔族は太古の邪神ドールズの血を受け継いだ種族で、人族と敵対している。外見は様々でモンスターに近いタイプから、人間に似ているタイプもいる。基礎魔力が多く、強い魔族は一体で町や村を壊滅させたこともある。そんな魔族をキナコは何十体も倒しているんだ。
見た目に騙されたらダメだ。
「さあ、さっさと攻めてこい」
キナコが軽く腰を落として、ピンク色の肉球を僕に向ける。
「……わかりました」
Aランクのキナコに僕の【紙使い】の能力が通用するかわからないけど、やれるだけやってみよう。
僕は意識を集中させて、五本の紙の短剣を具現化する。
短剣が放たれた矢のようにキナコに迫る。
この短剣は紙の剣を改良したものだ。紙の量を減らすことで攻撃スピードを上げることができる。刃は短くなったけど、大型のモンスター以外は、こっちのほうが使い勝手がいいだろう。
キナコは余裕の表情で紙の短剣を避けた。次々と短剣が地面に突き刺さる。
それなら、倍の十本だ!
十本の紙の短剣が具現化し、キナコに迫る。
「ふん。この程度の攻撃……」
キナコの両手の爪が二十センチ以上長く伸びた。その爪が紙の短剣を一瞬で細切れにする。
無数の白い紙片が風に舞って、ふっと消えた。
僕は口を半開きにして、キナコを見つめる。
すごい。動きが全然見えなかった。それに強度を上げている紙をここまで細切れにするなんて。 あの爪、魔法剣の刃以上の斬れ味がある。
「なるほど……な」
キナコは金色の瞳で僕を見つめる。
「これがお前の能力か?」
「はい。紙を具現化して操るユニークスキルです」
「……ふむ。紙の短剣とは思えない威力があるようだ。だが、俺には通じない」
白い牙を見せてキナコは笑った。
「これでわかっただろう。お前の攻撃は俺には当たらない。絶対にな」
「絶対ですか?」
「そうだ。納得がいかないのなら、いくらでも攻めてこい!」
「わかりました!」
僕は深く息を吸い込む。
キナコのスピードは圧倒的だ。でも、当てる手段はある。
僕は視線をキナコに向けたまま、意識を集中する。
キナコを囲むように三百本の紙の短剣が具現化した。その刃先が全てキナコに向けられている。
キナコの目と口が大きく開き、全身の毛が逆立った。
これで同時に攻撃すれば、キナコが避けるスペースはどこにもない。爪で短剣を斬るのも限界があるはずだ。
「待て待てーっ!」
キナコが慌てた様子で両手を左右に振った。
「なっ、何だ、この短剣の数は?」
キナコは金色の目を丸くして、宙に浮かんでいる短剣を見上げる。
「お前の基礎魔力はどうなってる?」
「それは僕が【魔力極大】のユニークスキルを持ってるからだと思います」
「【魔力極大】だと?」
「はい。さっきアルミーネに鑑定してもらったから」
そう言いながら、僕は短剣を指さす。
「じゃあ、いきますっ!」
「……もういいっ! お前の実力はわかった!」
キナコは不機嫌そうな顔をして、僕をにらみつけた。
「とんでもない男だな。ユニークスキルを二つも持っているとは」
「やったね、ヤクモくん!」
アルミーネが僕に駆け寄った。
「Aランクのキナコを降参させちゃうなんて、ほんとスゴイよ」
「降参したわけじゃないぞ!」
キナコが頬を膨らませて言った。
「戦う意味がないと思っただけだ。ヤクモが強いとわかったからな」
「じゃあ、私たちのパーティーに入ってくれるのね?」
「……ああ、入ってやる。約束は守る」
キナコの視線が僕に向いた。
「しかし、どうして、お前がアルミーネのパーティーに入ったんだ? お前なら、実力ある団から、いくつも勧誘があっただろうに」
「いえ。逆です。僕は使えないって言われて、団から追放されたんです」
「使えない? お前が?」
キナコは首をかしげた。
「よくわからんな。お前の実力なら、将来Aランク……いや、Sランクになる可能性だってあるぞ。そんな男を追放するのか?」
「その時は【魔力極大】のスキルが使えなかったから」
「それでも、紙を操るスキルがあるだろう? あれはなかなか使えるスキルだぞ」
「そんなこと初めて言われました」
【紙使い】のスキルを褒められるのは嬉しいな。今まで、バカにされ続けていたから。
「……ありがとうございます。キナコさん」
僕はキナコに頭を下げた。
「礼などいい。事実を言っただけだ。それと、俺のことはキナコと呼べ。これから仲間になるんだからな」
キナコはピンク色の肉球で僕の太股を叩いた。
「これでパーティーメンバーが揃ったね」
アルミーネが満足げにうなずいた。
「さあ、水晶ドラゴンを倒しにメガド山の鉱山に行きましょう!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます