勇者たちの進路相談
砂糖醤油
盗賊ノラ
「前々から言おうと思ってたんだけど」
「……何ですか」
「お前、もう少し前線で戦う気はないの?」
「痛いのはあまり好みじゃないので」
「誰だってそうだよ!」
ちかちかと薄暗い明かりが灯っている小屋の中。
机を挟んだ先にいる大柄な男、ノラに向かってアタシは盛大なツッコミを入れた。
ダンジョン。
至る地域に点在するそれは、未だにあらゆる謎を残している。
分かるのは自分たちが生まれてくる遥か前に作られたという事。
そしてそこで手に入るあらゆるものには高い価値が付くという事。
それくらいだ。
どうしてそれほどの価値がありながら研究がされていないのか。
理由は単純、危険だからだ。
ダンジョンにはモンスターと呼ばれる凶暴な生物たちが息を潜めている。
失った命が帰る事はないこの世界で、普通に考えてわざわざそんな迷宮に足を踏み入れるような事はしない。
学のあるもの、そしてそもそもそういう恵まれたものが喜び勇んで踏み入るような所ではない。
大抵は行く先もないスラム街生まれの者がいちかばちか、一攫千金を夢見て挑むような場所である。
大半が物言わぬ屍となって誰にも知られず朽ちていくが。
さて、話を戻す前に少しアタシことイルの話をさせてほしい。
数える事おおよそ一年前。
アタシはとある事業を立ち上げた。
その名も「勇者育成プログラム」。
言ってしまえば学校というものの模倣、いやそれよりも幾段か質が低い。
スラム街を中心にダンジョンに挑みたいというものを募り、彼らに探索の基礎を叩き込むというものだ。
教える人?
アタシ一人だけだよ文句あっか。
手とカネが回らねぇんだから仕方ねーだろ。
そして目の前にいるこのノラもその生徒の一人というわけである。
彼もスラム街で生活を送っていたところを私が拾ったのだ。
拾ったというよりかは金目当てで襲ってきたところを返り討ちにしたら勝手についてきただけだが。
「そりゃ痛いってのは分かってるよ。アタシだってそうだし。でもそんなに力があるならもっと探索だけではなく、戦闘に参加してほしいんだけど」
「宝箱を開けたり物資をはぎ取ったりならいいですけど」
「うん、それは助かるよ。助かるんだけどね」
そう言ってアタシはノラの体を見やる。
栄養不足もあって発育が悪い者が多い中で、彼の体の大きさは一際目を引くものがある。
「……もしかして俺、追い出される流れですか」
「いや別にそういう事が言いたいんじゃないのよ。ノラの能力を見てこうした方がいいんじゃないかって思うだけで……」
「ある書物に書いてありました。追い出されるのはチャンスだと。そうされたものは思いもよらぬ活躍をし、片や追い出した側はとんでもないしっぺ返しをもらうと」
「あれそんなしょーもないこと書いてたの!? 真面目に勉強してて偉いなと思ってたアタシの感動を返せよ!!」
というかしれっと脅すような事を言うんじゃない。
「いいか、よく聞けノラ。今はアタシがいるからいいけど、あまり周囲を頼りにしない方がいい。そいつらがいなくなったから何もできませんでした、なんて馬鹿な言い訳で死にたくないだろ?」
「それは、そうですけど」
「というかアタシはちゃんと知ってるからなお前がバリバリの肉体派だって事は」
思い起こされるのは3日前。
アタシとノラを含めた4人はダンジョンにて大型モンスターの奇襲にあった。
大きく出た腹と体全体を覆うような鱗、そして手と思わしきパーツに握られた棍棒。
記録に残っているし、対峙したこともある。
がしかし、奇襲であるという事、そしてそのモンスターが中々すぐには倒れない事が厄介であった。
モンスターの狙いは一番近くにいたノラに定められる。
(まずい!)
アタシが剣を取り、咄嗟に応戦しようとしたその時。
「あ」
たった一言のセリフを残してノラは事態を解決した。
まず振り下ろされた棍棒の一撃をひょいと横に躱し、続く振り払うような二撃目も回避。
そして大柄な躰にも見合わぬ身のこなしで壁を蹴り、モンスターの首に足を引っかけると。
腕力に任せてその首を思い切りねじった。
ごきり、と鈍い音がしてモンスターの握っていた棍棒が力なく落ちる。
「うわー……」
ドン引きである、それはもう。
やるにしてもそんな惨いやり方を選ぶか普通。
ほれ見ろ、後ろにいる男の子が青ざめて口元を押さえてるじゃないか。
「……こいつって何を剝ぎ取れましたっけ」
そんなアタシたちをよそにいつもと変わらぬトーンで言うノラはやはり、適性があるのだと思わされた。
「あれはたまたまです。首が外れやすかったんでしょう」
「た・ま・た・ま・なわけあるかあれが! というか首が外れやすかったってなんだよ!」
「知りませんよ」
「お前が言いだしたんだろ!」
思わず立ち上がってしまった。
音を立ててイスに座り直して天井を仰ぐ。
振り返ってみれば最初からこの男の戦闘力は群を抜いていた。
一人でも武器無しでも生きのこるための術はあらかた教えているが、体術ではノラの成績はぶっちぎりだった。
恐らく今後の事を考えても、彼に肩を並べられる教え子は数えるほどしかいないだろう。
だからこそ勿体ないと思わされるのだが。
「他にもあるぞ。お前宝箱に仕掛けたトラップを力ずくでぶっ壊しただろ」
「……気のせいでは」
ノラの目は明らかに泳いでいる。
なんでこいつはこう、無口でクールぶってるのに嘘をつくのが下手なのか。
「いーや気のせいじゃないね。あの後確認したら仕掛けぶっ壊れていたもん」
そもそもの話をすればあの罠を仕掛けたのはアタシである。
罠、といっても殺傷力があるわけではなく、ただ驚かせるためだけのものである。
いかなる時でも油断してはいけないという教訓のために用意したものである。
一般ではびっくり箱と呼ばれるらしい。
で、確認して見たらぶっ壊されてた、無残にも。
「オドロキ君」って名前までつけたのに。
今後の喜怒哀楽を共にする予定だったのに。
まだ一回しか使ってなかったのに!
悲哀が呪詛となって口から溢れ出ていく。
「まぁいいよ。覚えておいて欲しいのはアタシはノラに出来れば前線で戦ってくれるとありがたいってこと、そして多分組んだパーティーの中でもそう思われること。それは覚悟しておけよ」
「はい」
「お前はある程度通用するだけの実力を見せた。じゃあ後はこっちで入れるパーティー探しとくから。いつ呼ばれてもいいように準備だけはしとけよ」
「イル先生」
「ん、何?」
「ありがとうございます。こんな自分を拾ってくれて」
そう言ってノラはこちらに向かって真っすぐと頭を下げた。
へそ曲がりなこいつがそんな事を言うなんて。
明日は槍が降ってくるかもしれない。
「……バーカ、信用のためだよ。とっととあっち行け」
「では、失礼します」
扉を閉める音を聞き届けた後、アタシは大きく伸びをした。
もうこの時点でかなり疲れたが、まだ仕事は残っている。
むしろここからが山場かもしれない。
「ありがとうございます、か」
先ほどのノラの言葉を反芻する。
恨まれる筋合いこそあれど、感謝されるわけなんて無いのに。
教え子を死地に送るような奴だ、きっとロクな死に方をしない。
そう思い浮かんでは、一人笑みを浮かべた。
「……それで、彼には適性があると」
「多少頭が固いのが問題ですが、身体能力で言えば貢献できるものは多いかと」
向かいのあごひげをたくわえた赤毛の男が書かれた書類に視線を落とす。
彼らも冒険者の一団であり、この度その内の一人が引退をしたことで空席が空いているそうだ。
このようにパーティーの人員補充、もしくは斡旋を行うのもアタシの仕事の一つである。
そしてこの時に大事なのが一つ、過大評価も過小評価もしないことだ。
どれだけ手練れであっても判断を誤ればあっさりと全滅する。
それを未然に防ぐために個人のスタイル、能力、性格を伝えておくことは絶対条件なのである。
「ふむ。正直もう少し経験のある者が欲しいところではあるが……まぁいい。君の実力を信じるとしよう」
首を縦に振った男がこちらに手を差し伸べる。
一応はこれでノラが承諾すれば契約は成立となる。
「ありがとうございます」
胸をなでおろしたアタシを、どこか男は口惜しそうな目で見ていた。
「それにしても、私としては君が加わってくれると心強いんだけどね。かつて
「あれを討伐したのはアタシではありません。それに、もう前線には出ないと決めたものですから」
「それは、何故か聞いていいかい?」
「……そうですね。怖気づいたから、でしょうか。アタシはいかれにはなれなかった」
「ははは、私たちをいかれ呼ばわりか!」
男は大口を開けて豪快に笑う。
だがその目には、僅かな怒りが混じっているように見えた。
「―――私には君も同類に見えるがね」
「ふふ、そうかもしれませんね」
貼り付けたような笑みを浮かべる。
冷たい笑い声が辺りに響いた。
「持っていくものはこれで以上か?」
「はい、俺はどちらかというと軽装の方が好きなので」
リュックを肩に提げたノラが軽く体をひねってみせる。
パーティとの間で話がまとまった事で、彼はこの町から拠点を移すこととなった。
「良かったよあのおっさんがかなり気さくな人で。どうだ、溶け込めそうか?」
「……頑張ります」
そこはかとなく不安だが、命がかかっているとなれば何とかするだろう。
ノラがそういう人間だという事はよく知っている。
「じゃあ、元気でやれよ」
「はい、先生」
「風邪ひくなよ」
「はい」
「ちゃんと稼いで裕福に暮らせよ」
「はい……!」
ノラの目が赤くなっている。
口元をぎゅっと結んでこらえているようだった。
「……はぁ、男が泣くなよ。仕方ないな、ほら手ぇ出せ」
「?」
困惑した様子のノラの手を両手で握ってやる。
「アタシな、魔法は下手くそだけど。一個だけ成功率100%の魔法が使えるんだ。『お前は絶対幸せにな~る~』、な。……元気でたか?」
「俺もう子供じゃないですよ」
「うるせーよ」
あぁもうこっちの顔も赤くなるじゃないか。
「……へへ、でも大丈夫です。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
そう言って、ノラは二度と振り返らなかった。
陰が見えなくなるまでずっとアタシは笑顔だった。
「……ごめんな」
そうしてアタシはまた一つ、届かない謝罪をこぼした。
怖いだろうに、『辛かったら帰っておいで』のひとことも言えないで。
殺すために育てられて、死ぬために戦わされて。
安全圏から謝って。
またアタシは十字架を背負うのだ。
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