石造りの空間とローブを着た人物が見える……
「おい、おまえ何をしてるんだ?」
後ろでぶつぶつ呟いていた奴がいきなり、前に数歩進み、詠唱を始めた。
それは今まで聞いたことのあるどれとも違う。
奇っ怪で無機質な音の並びに、特徴の無い抑揚。
ただ、思考を並べ立てるような先程の呟きとはまた違った不気味さを持っていた。
俺は確かに奴に声をかけた筈だが、返ってきたのは別の方向からだった。
「しーっ、今集中してるから話しかけないで」
そいつは、なんだったか。その不気味な男に付いてきていた、そう。荷物持ちだ。
俺は荷物持ちは仲間に数えたことがないから、すっかり存在を忘れていた。
だが、戦闘には参加しない者が戦闘する者に口出しするとは何事か。思わず手を出しそうになった、その時だった。
無造作に、その不気味な男が部屋へと足を踏み入れた。その瞬間。
男の両肩後ろから氷の槍が飛来した。
その後も、次から次へと矢継ぎ早に、攻撃魔法が現れては先へと飛んでいく。
何が起こっているのか。俺たちはその様子を呆然と眺めるしかなかった。
すべてが終わり、部屋へと入ると。
そこには特に大きな魔石が一つと、たくさんの小さな魔石が転がっていた。
いや、そんなはずはなかった。
ここは迷宮の最深部だ。そのはずだった。
つまりは特に大きな個体と、その部下が存在する場所のはずだった。
いいや、俺も理解していないわけではない。
ただ、あまりにあっけなく終わってしまったからこそ、その事態を呑み込めないでいた。
その男は部屋の中央部に立ち、まだ何かぶつぶつと呟いている。そして急に押し黙ると、再び詠唱を始めた。
もう敵は居ない。一体どこに撃ち出すというのか。いや、まさかまだ敵がいるのだろうか。
間もなく、詠唱は終わった。
再び、連続した魔法が始まる。
しかしそれらはかつて敵が存在したはずの空間に接すると何の反応もなく消えていった。
暫くの間、それは続き。
何の納得がいったのか、一つ頷くとその脇を荷物持ちが通り過ぎていく。
そいつらを見つけたのはギルドの中だった。
特に何をするでもなくただ、立ちつくしていて、だから俺はやつらがダンジョンに潜るための仲間探しをしているのだと思ったのだ。
明らかに魔道士然としたやつが1人と、恐らく長期契約なのだろう荷物持ちが1人。
ダンジョン探索で欠員が出るのは珍しくない。安全なダンジョンなどないからだ。
ダンジョンに潜るやつらは大体忘れているか気にしていないが、命懸けで金を稼ぐのだから、その内の何人かが命を落としても仕方がない。
ただ、普通は普段組んでいる仲間が死ぬと、他の仲間は探索をやめるものだ。
理由はそう難しくない。直ぐに信用に価する味方はそう見つからないし、例え見つかってもそいつが何ができて何ができないかが分からないから、馴染むのに時間がかかる。
つまり、使い物になるまで時間がかかるために、その時間ぶんの損をするなら、やめてこれまで貯めた金でどこかに住み着くわけだ。
これは何らかの怪我をしてダンジョンに潜ることが難しくなった場合でも同様だ。
探索を断念するほどの怪我というのはつまり命に関わるか、完治しても探索に支障を来すものだ。
だから、その場で解散することが多い。
それでも探索を続けるというのは、何か続けなければならない理由があるか、あるいは借しがあり、金を稼がねばならないかのいずれかだ。
しかし、その魔道士は金に困っているようには見えなかった。
そういうやつらは、大体雰囲気でわかる。後がない人間というのは、沈んでいるか焦っているか、なんにせよ独特の気配があるものだ。
だから俺はその魔道士が探索を続ける理由が気になって、そいつに話しかけたのだ。
共にダンジョン探索をしないか?と。
ギルド内で、受け付けを挟まずにそういうやり取りをすることはそう珍しいことではない。
ただ、何かあったときは自己責任になるというだけだ。
最下層に下りるまで、そいつらは別段変わった行動を起こさなかった。
魔道士は魔道士としての、荷物持ちは荷物持ちの役割りをただ、淡々と熟すばかりだった。
なんだ、つまらん奴らだと、そう思い始めた矢先の行動だった。
ダンジョンは最下層を抜けると魔法陣がある。
その魔法陣は踏むとダンジョン入り口付近の小部屋に出るのだが、魔道士と荷物持ちはとうに通過した後らしく、数人の俺の仲間が待機しているばかりだった。
「なあ、あいつらは」
「もう出ていっちまったよ。なんだい、追うのかい?」
俺の仲間の魔道士が、嫌そうにそう言った。
「やめといたほうがいいと思うけどねぇ。ああいうのは良くないもんを呼び寄せるよ」
そう言われて、俺は急ぐ足を止めた。
それはそうかもしれない。悪い癖だ。好奇心が抑えられないのだ。
だが、おかげで多少正気に戻ることができた。
その上で、俺は追わないことを決めた。
一応仲間のリーダーでもある。
これ以上は仲間に危害が及ぶ可能性もあるだろう。
「そんじゃ、帰って1杯やるか」
「ああ。それがいいよ」
そんなやり取りの後、俺たちはダンジョンを後にした。
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