かくして魔法は加速する

ねこまくら

序幕:・・・プロローグ

・・・プロローグ:いつも通りの仕事。いつも通りの予想外。

___夢を見ていた。


僕の目の前に母親がいて、私はそれに銃口を向けていた。

早く撃ちたくてしょうがないのにも関わらず、引き金は僕に引かれるのを拒むかのように固く、頑として動こうとしない。

そんな僕を頭のない母親が椅子に座って見ている。

そんな夢。


「この夢は売れないな」

安普請のベッドの上で天井を見上げながら呟く。天井は煤にまみれていてお世辞にも清潔とは言えないが、ここはこの街の中だけで見ても一番マシな部屋である。贅沢は言うまい。

「お母さんは元気かな。」

が治る見込みは絶対に無いが、母親が不完全だと煩雑な手続きがいくらか簡略化されたりするため母親には感謝している。

僕が頭を吹き飛ばして再起不能にさせたあの魔女母親には感謝している。

目という狭い世界の中に舞い散る赤銅色の花と飛び散る脳漿。鼻を衝く硝煙と血液の匂い。私の気分をぶっ壊れるくらいにハイにさせてくれたあの感覚は今でも忘れない。


「おなか減ったな」

目覚ましがなる前に目が覚めてしまったから朝食に呼ばれるまでとても暇だ。

もう一眠りしようかと考えた時、部屋の外から不満げなしゃがれた鳴き声がした。

目をやれば窓枠に白い尾をしたカラスが留まり、こちらを見つめている。

「おまえはよくここに来る気になれるね。屠殺してほしいのかな?」

カラスがまた不満げに鳴き声を上げる。わかってるくせにと言うように。

「はいはい。そうだよわかってるよ。」

部屋に設置された量産型の戸棚からなるべく黒く濁ったを選んで取り出す。

見た目だけ見れば繊細な硝子細工だけど、そんなものは今どき市場に溢れかえっているから売り物にはならない。売り物は中に詰まっている方だ。まあこれは悪夢だから売れないのだけれど。

「はい、どーぞ」

窓を開けて窓枠に夢を置く。

カラスはしばらく夢を見つめた後、それをつついた。

硝子の中の黒色がなくなり、代わりに景色が映し出される。

今日は犬が野原で駆け回っている景色だ。

「今日はいい夢だね。昨日みたいな夢はもうやめてくれると助かるな。」

昨日の夢は本当に酷かった。なぜよりにもよってマゾヒストの夢を持ってくるのか。一瞬本気で屠殺してやろうかと思った。

カラスは一声「ガァ」と理解しているのかわからないようなしゃがれ声を残すと私の肩に乗ってくる。

朝食のおこぼれをもらうためにこいつが使う常套手段である。

「おまえね、ご飯くらい自分で獲ったらどうなの。」

「ガァ」

カラスが憤慨したかのように鳴いた。まるで「俺が朝食を食べるのは当然の権利だ」と言わんばかりに。呆れると同時にあまりに傲慢なこいつが少し羨ましくなる。

「今日のごはんはなんだと思う?」

特に何も考えずに尋ねる。案の定返ってきたのは「ガァ」という鳴き声。

たぶん「いいから早く食いに行くぞ」と言っている。

違ったとしてもそれに近いニュアンスをしているだろう。

本当に図々しい鳥だ。

「残念だけどまだ朝食はできてないよ。」

「ガァ!?ガァ!ガァ!」

しゃがれた声で喚き散らし、暴れまわるカラス。でも無いものは無い。

カラスには申し訳ないけど我慢してもらおう。

部屋から直接外へと続く階段をきしませながら昇っていく。

カラスは部屋の外まではついて来なかった。その代わりに歩き去る僕の背中を恨みがこもった目でじっと見つめていた。

_____________________________

「んー・・・宿代足りないなぁ・・・。」

最近は大きな仕事を終わらせたばかりだから油断してた。

あの時もらった金は結局一月で使い切ってしまった。今度こそ節約しようと思っていたのに。

「今日の夢は売れないし・・・」

あんな悪夢を売ったら市民の精神に害をなす者として即刻監獄行きだ。

この体はもう必要ないし、もう誰も僕を必要としていないけれど、僕にはまだやりたいことがある。

それにあんなご飯がまずいところになんか二度と行きたくない。

「探しに行くかぁ・・・」

仕方なく仕事の準備をする。コートのポケットの中からトランクを引きずり出す。

「出といで。出番だよ。」

たくさんの綿にまみれて相棒が出てくる。

「何か用かー」

「うん、このままだと君のご飯を買うお金がなくなっちゃうから探してもらおうと思って。」

「それは大変。すぐ探すー」

水色の頭髪に、よくわからない材質の服。そして背には多弁花を象ったかのような金色の羽。

大昔は妖精と分類されていて特に人間と関わりは無かったらしいが、今では”飛人フルア”という名称で呼ばれて貴重種として宝のように扱われている。たいした出世だ。

この子を連れているのは偶然見つけた亜種個体で、能力を活かして僕の仕事の手伝いをしてくれるからだ。

それ以外にも連れ歩くだけでも公的に支給される養育費をもらえるというのもある。

結構な額だから、万年金欠の僕にとってはとても有り難い。

本当にいろいろと便利な子だ。

「むむー?良くないこと考えてるー?」

「・・・気のせいだよ。」

いつもふわふわしているけどこの子はとても勘が鋭い。何度おかしは無いと説明してもいつもを必ず探し出して食べてしまうから困りものだ。

「見つけたー」

「何色?」

「みどりー」

「他に売れそうなのは?」

「他はみーんなくろとぴんく。」

「商売あがったりだね。」

「ぼくは商売よりも鳥のほうを揚がったりした方がおいしいと思うなー」

「そういうことじゃないから。ほら。箱に戻ってな。」

「はーい。」

「さてと。緑か・・・50ルフくらいかな?」

一つしか無いのは残念だけどこれ一つでも結構な大金になるんだ。我慢しよう。

「ちょっといいかな。」

緑の夢の所持者に言葉を投げかける。

私の声に反応して振り向いたその子の顔を見て少し驚いた。

上まぶたと下まぶたを赤い絹糸が往復していたからだ。

「なにか御用でしょうか。」

そう。その子の目は縫い合わされていて、外界の景色を自身に写していなかったのだ。

__________

次回より本編開始となります。

これだけを書くのに大分時間がかかってしまいました。

それではまた次回。

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