千夜一夜のシンデレラ~魔法が使えない落ちこぼれが、物語を聞かせた王子様に溺愛される~
maricaみかん
本編
シンデレラになりたい。私はいつもそう考えていた。
あんな風に苦しんでいる人が、王子様に見出される。とても憧れる。
だから、ずっとシンデレラの物語を頭の中で繰り返していた。
「アリア! 何をボーッとしているんだい! とっとと便所を掃除するんだよ!」
私は貴族の家に生まれた落ちこぼれ。魔法を使えるのが貴族という当たり前を、私は満たせなかった。
だから、単なる召使いのようにずっと扱われていて。そんな私の唯一の希望がシンデレラ。
いつかきっとシンデレラのように王子様が見つけてくれる。そう信じることだけが、苦しい今を耐える活力だった。
「分かりました! すぐに行ってきます!」
それからいつものように掃除をして、買い出しにでかけた。
重い荷物を抱えながら歩いていて、ふと楽しそうに笑っている同い年くらいの子を見かける。
何も持たずに、あの男がかっこいいだの、親のこづかいが少ないだの言っていて。
だからきっと、あの子達は魔法が使えるのだろうな。そう感じた。同時に、強いみじめさが襲いかかってきて。
「どうして私はシンデレラになれないの……」
つい弱音がこぼれていた。こんな事を言ったところで、何も変わらない。それどころか、おかしな人間だとみなされるだけだろう。
そう考えていた私に、後ろから声がかかった。
「シンデレラとは何だ? 人の名前か?」
私に問いかけるのは、いかにも豪華だというような衣装を着た、金髪碧眼の乱暴そうな男の人。
軽薄そうにも見えて、私の理想の王子様からはほど遠いなって思えた。
とはいえ、この人がシンデレラを知らないのは当たり前。私には、色々な物語が頭の中に流れ込んでくるという特性があったから。きっと、この世で私だけが知っている物語が。
ただ、両親には物語なんて何の役に立つのかと言われていて。結局、私の心を慰めることしかできない。
だから、この人もきっと、想像上の物語なんてくだらないと笑うのだろうな。そう思っていた。
「えっと、物語の登場人物なんです。王子様に見初められて、結婚するって話の」
「詳しく聞かせてくれないか? 俺はそんな物語、聞いたことがないからな」
彼は真剣な目でこちらを見ていて、本当に気になるのだと分かる。
初めてだった。誰かに私の物語に興味を持ってもらうのは。だから、荷物は重いけれど、聞かせてあげるくらい良いかなって思えた。
「なら、話しますね。シンデレラは、みんなにいじめられていた召使いだったんです。それで――」
目の前の男の人は、私のつたない話し方にもうなずきながら聞いていてくれて。
だから、とても気持ちよく話すことができた。それだけではなく、ときおり彼は言葉をもらして。
「かぼちゃの馬車? それは乗ってみたいものだな。楽しそうだ」
私がシンデレラが変身するシーンについて話していたときには、こんな事を言っていて。
きっと私と同じように、この物語を好きになってくれるのだと信じたい気持ちになっていた。
「ガラスの靴が唯一の手がかりなのか。それでも、王子は諦めなかったのだな」
この人はシンデレラの王子様に共感しているようで。だから、本当にこのお話をしっかり聞いてくれているのだと思えた。
こんな人にいろいろな話を聞いてもらえたら、きっと楽しいのだろうな。
私は初めて、人に物語を聞いてもらう喜びを味わっていた。そして、もっと話したいとも思っていた。
「結局、王子とシンデレラは結ばれたのだな。いい話だった。俺もそんな恋愛がしたいぞ」
目の前の人は、本気でシンデレラという話を好きになってくれたと感じる、とても明るい顔をしていて。
だから、本当に今日この人と出会えて良かった。そう思えた。
ずっと手に持っていた荷物の重さを忘れるほど、話に夢中になっていて。
気づいたときには、あまりの重さを感じてよろけてしまった。
「ああ、悪いな。荷物を持っていたのだったな。忘れていたよ。ほら、俺が持つから」
そんな、普段なら配慮が足りないと感じるような言葉も、話にのめり込んでくれた証拠に思えた。
だから私は、この人のことをだいぶ好意的に見ていたかもしれない。私の物語を、本気で好きになってくれた人だから。
ただ、この人は魔法で荷物を浮かべていて、少しだけ悲しかったけれど。
「ありがとうございます。ところで、あなたの名前は何ですか? 私はアリアといいます」
「俺は……そうだな。グウェル。そう呼んでくれ」
なぜ自分の名前を言う程度のことに詰まったのだろう。そんな疑問すらも置き去りにするほど、私はシンデレラを好きになる人がいるという事実が嬉しかった。
私は本気でシンデレラになりたい。だから、この物語も、シンデレラという登場人物も、好きになってほしかったんだ。
そうすれば、きっと私も彼女のようになれると思えるからなのだろう。
「グウェルさんは、シンデレラのどういう所が好きだったんですか?」
「そうだな。何よりも、不遇だったシンデレラが報われるところだろうか。やはり、人が幸せになる話はいいな」
私と同じところを、グウェルさんは好きになってくれている。
それだけで、この人にいくらでも物語を語りたいとすら思えた。この人ならば、きっと他の話も好きになってくれるから。
「そうですよね! 他にも私が知っている話はいっぱいあるんですよ! 聞いてくれませんか?」
「今日は予定があるから、難しいな。でも、また聞きに来てもいいだろうか」
「もちろんです。きっと、あなたも元気になれる話ですよ」
私の言葉に、グウェルさんは柔らかくほほえんでいた。それでも、少し陰があるような気がして。
この人は、もしかしたら暗い何かを抱えているのかもしれない。そう感じた。
だったら、私が希望の物語を語ることで、元気になってくれたならば。私は、初めて物語を語る楽しみを教えてくれた人に、物語で幸せになってほしい。
グウェルさんと出会うまで、ずっと沈んだ気持ちだった。けれど、少しだけ元気を手に入れられたから。
それに、私の物語を好きと言ってくれる人に、もっといろんな物語を知ってほしいから。
「なら、楽しみだな。次の機会が待ち遠しいよ」
「私も楽しみです。また、会いましょうね」
「ああ、そうだな」
それからしばらく歩いて。私の家の前で、グウェルさんは去っていった。
また私は、召使いのような生活に戻ったけれど。でも、以前よりずっと前向きに仕事をこなすことができた。
ときおりグウェルさんがやってきて、私の話を聞いていく日々。
いろいろな話を語って、彼はいろいろな反応を返してくれて。
「昔々ある所に、おじいさんとおばあさんがいました。いつものように川で洗濯すると、桃が流れてきたんです」
「桃が? 腐っていたりしないだろうな?」
意外な反応が返ってきたこともある。そういう風な疑問を持つこともあるのかと、新鮮な気持ちでいた。
私の感じている以外の感想というのも、物語の面白さを深めてくれるのだなと。
「おじいさんの飼っている犬が、ここほれワンワンと言うと、そこには金銀が埋まっていたのです」
「犬がしゃべっているのか。特別な魔法を使える犬なのだろうか」
私が考察しなかったような意見も出てきて、新たな目線で物語を見ることもできた。
人と物語を共有するだけで、これまで見たことのない世界を見ることができる。素晴らしいことだ。
だから、グウェルさんと出会うことができた幸運に、とても感謝していた。
そんな日々に終わりを告げるような出来事が待っているとも知らずに。
「アリア、お前はハール子爵の所へ行きな。お前みたいな不具でも、わざわざ金を出して買ってくれるそうなんだからね」
私は母親からそう告げられた。ハール子爵とやらは、ずいぶんと変わり者なことだ。魔法が使えないというだけで、私は召使いのように扱われているのに。
そんな相手を金を払って買うなど、どんな心境なのだろうか。まあ、今よりひどい事にはならないんじゃないだろうか。
ただ、グウェルさんのように私の物語を楽しんではくれないのだろうな。
ふと思い浮かんだ考えが、急に寂しさを運んできた。私はこれまで、グウェルさんとの時間をとても楽しんでいた。
なのに、もう楽しい時間はおしまいなのだ。これから私は籠の鳥でしかない。
「グウェルさんとはもう会えない。やっぱり私はシンデレラにはなれない。仕方のないことだけれど」
本当は分かっていたんだ。グウェルさんは私の王子様にはなってくれない。そもそも、私の王子様などどこにもいない。
ただ夢見ているだけで幸運が訪れるほど、この世界は優しくなんてない。
ずっと見ないふりをしていた現実が襲いかかってきて、私はうずくまりたいくらいだった。
だけど、時間は残酷に過ぎていく。気がついたら馬車に乗せられていて、あとは売られるのを待つばかり。
私はこれからどうなるのだろう。ひどい目に合わないと信じているけど、正しいのだろうか。
もし今より悪くなってしまったらどうしよう。不安ばかりが頭をよぎって、つい頭を抱えた。
それからも嫌なことばかり考えながら、馬車の中で揺られていた。
私は結局のところ、何ひとつとして手に入れることができなかった。ただ自分をなぐさめているだけの物語に、何の意味があったのだろう。
だって、シンデレラをどれだけ思い描いたところで、私はシンデレラにはなれないのに。
何日も馬車で移動して、私はすべてを諦めたような心地でハール子爵の屋敷へとたどり着いた。そこには、意外な人物が居た。
「アリア、ひさしぶりだな」
「グウェルさん!? どうしてここに?」
「お前を見かけなくなってから、お前の家族に聞いてみたんだ。そうしたら、ここに連れてこられたと聞いてな」
「どうやって追いついたんですか?」
グウェルさんは私が出発してから、私の状況を知ったはずなのに。馬車に追いつくような足など、グウェルさんは持っているのだろうか。
「いや、転移しただけだ。だから、もうハール子爵とは話をつけてある。お前は売られなくてもいいんだ」
やはり魔法というのは優れた力だ。とはいえ、転移など私は見たことがない。グウェルさんは、もしかしてよほど偉い人なのではないか? そう感じた。
なぜなら、強い魔法が使える人は、往々にして素晴らしい血筋に生まれるものだから。
でも、グウェルさんの正体なんてどうでもいい。私を助けようとしてくれた。それだけで十分だから。
だけど、今回助けられたところで、きっと私の未来など変わらないのだろう。魔法が使えない私だから。
「でも、私が家に帰ったところで、居場所なんて無い……」
「分かっている。だから、俺のところに来ないか? お前の語る物語が、つまらないことで失われるのはもったいない」
グウェルさんの顔はとても真摯に感じられて、だからきっと本音のはず。
ああ、私の物語が役に立つことがあったんだ。そう思えるだけで、これまでの日々が報われたような気がした。
物語だけを心の支えに生きていたことは無駄じゃなかった。誰かに私の物語を認めてもらえた。失っては惜しいと思ってもらえるくらいに。
ただの空想を愛しているだけだと見下されていた日々も、意味があったのだと思える。笑みを浮かべそうになってしまうくらいには、気分が良かった。
「そこまで私の話を好きになってくれたんですね。嬉しいです。では、喜んで」
「ただ、お前を俺のもとに招くと、俺の正体も伝えなくてはならないな」
グウェルさんの正体。いったいなんだろう。気になりはするけれど、わたしの物語を愛してくれる人だってだけでいい。
私は王子様に見初められたいわけじゃなかった。私の物語を好きになってほしかっただけなのだから。
とはいえ、今より良い生活が送れるのなら、それは嬉しいけれど。
「何か隠していたんですか? 別にいいですけど。私の物語を好きでいてくれれば、十分です」
「ああ、そうであってもらえれば、ありがたいな。さて、連れて行くとしよう」
「今から? ああ、転移ですか。他の人まで同時に運べるなんて、強い力を持っているんですね」
「そうだな。だからこそ、アリアのような人のそばが楽しかったのだろうな」
どういう意味だろうか。私がただの小娘だと思われているからだろうか。
でも、楽しいと思ってもらえているのなら、別にいいか。ただの小娘だとしても、バカにしない人だってことだから。
それから、グウェルさんの転移で私は連れて行かれた。そして、移動した先を見て、私は大きく驚いていた。
私の家で見たことがある建物。本に書かれていたものだ。とても大切な資料として。
首を右から左へ回す程度では全体を視界に収めきれない。とても頑丈そうで、それでいて人で賑わっている場所。
ただ住むためにあるだけとは思えないほど、細部までこだわり抜かれた装飾も備わっている。
ここがどこかというと、王宮。つまり、グウェルさんは王宮で働ける程度には偉い人。流石に王族ということはないだろうけど。
でも、もしかしたら王子様と知り合いだったりするのかもしれないな。そんな考えは、グウェルさんの言葉で打ち砕かれた。
「今まで黙っていてすまない。俺の本当の名前は、シグルドというんだ」
その名前は、この国の王子のもの。つまり、グウェルさんは王子様だったということ。
私が想像していた王子様とはぜんぜん違う。なんというか、軽薄なところとか。
でも、グウェルさん、いや、シグルドさんか。私の物語を大切に思ってくれるだけでいい。それだけで、私は幸せだから。
きっと、私自身の魅力なんかじゃなくて、物語が面白いだけ。だから、しっかりとお話を伝えるんだ。
そうすれば、シグルドさんはきっと喜んでくれるはず。それでいいんだ。
「王子様……だったんですね。そんなにすごい人なのに、私の物語を好きになってくれて嬉しいです」
「それだけか? ありがたいな。やはり、アリアをここに連れてきて良かった」
どういうことだろう。別になんでもいいか。私を助けてくれる人で、私の物語を求めてくれる人。それだけで。
まさか、私のことが好きなんてこと、あるわけがない。つまらない夢を見るつもりはない。
「よく分かりませんが、ありがとうございます。これからも、私の物語を楽しんでください」
「ああ。そうさせてもらうさ。アリアの物語が聞きたくて、ここに連れてきたんだからな」
やはり、シグルドさんは私の物語が好きなだけなんだろう。嬉しいけれど、どこか寒さのようなものを感じた気がした。
なぜだろう。私の物語を共有することを望んでいた。それは叶っているのに。
少しだけ不穏さのようなものを感じながら、私の新しい生活は始まった。
「その王様はロバの耳をしていたんです。だけど、それを誰かに知られる訳にはいかないと考えていたんです」
「それはそうだろうな。下手をしたら化け物だと思われてしまう」
私はできるだけ、幸せな結末を迎える物語を選んで話していた。きっと、シグルドさんだって幸せな未来を夢見たいはずだから。
「アヒルの群れの中に、醜いヒナが居たんです。みんなからはみ出し物にされて、やがてはぐれてしまったんです」
「醜いというだけで、はみ出し物にする。俺も気をつけなければいけないだろうな」
シグルドさんに物語を話す日々は、確かに幸せだった。だけど、幸せだからこそ失うことが怖くなった。
少ないご飯に苦しむこともない。暖かいベッドで眠ることができる。私の物語を楽しそうに聞いてくれる人がいる。
そんな生活から元通りになることを想像しただけで、震えてしまうくらいで。だから、決して今の生活を無くしたくなかった。
「赤ずきんちゃんはですね、オオカミに出会ったんです。オオカミは、赤ずきんちゃんを食べようとした」
「ヘンゼルとグレーテルは、お菓子の家で出会った魔女を倒して幸せになりました」
いつからか、シグルドさんは私の話をつまらなそうに聞くようになっていた。理由はわからない。でも、私は捨てられないように必死だった。
だから頑張って物語を伝えていたのに、シグルドさんは首を横に振った。
ああ、終わったな。私は他人事のように考えていて。でも、シグルドさんは暖かく微笑みかけてくれて。
「アリア、少し出かけないか。たまには外の空気を吸ってみよう」
私はシグルドさんに手を引っ張られるまま、出かけていった。
そして、美味しいものを食べたり、大道芸を見たりして、ゆっくりとした時間を過ごして。
「なあ、アリア。今は楽しいか?」
「はい、そうですね」
「だったら、俺に物語を話しているときも楽しいのか?」
「それは……」
思い返してみれば、私は捨てられないように必死で、話を楽しむ余裕なんて無かった。
シグルドさんは私の状況を理解していたのだろう。だから、私を連れ出したのかな。
「俺がお前の物語を楽しめていたのは、何よりもアリア自身の楽しそうな姿が良かったからなんだろう。だから、今のお前の話ではダメなんだ」
なるほど。楽しそうな人の話と、つまらなそうな人の話。どちらが楽しいかなど分かり切っている。
というか、シグルドさんは想像以上に私のことを見ていてくれていた。私自身に価値を感じてくれていた。
その事実に、つい舞い上がりそうになってしまう私がいて。今ならば、シグルドさんも楽しめる話ができる気分だ。
「ふふっ。そうなんですね。それは、失敗だったなあ」
「……」
「どうしたんですか?」
「いや、お前の笑顔を初めて見たと思ってな。そんな顔で笑うんだな」
そんなものだろうか。私が笑顔を浮かべたことがないなんて、あるのだろうか。
いや、ありえることか。私自身が求められている実感を得られたのは、今だけだから。
「ねえ、シグルドさん。帰ったら、私の話を聞いてくれませんか?」
「ああ、構わない。今のお前なら、きっと俺を楽しませてくれるはずだ」
私としても、シグルドさんの笑顔が見たかった。私を求めてくれた人に、最高の話を聞かせてあげたかった。だから、全力で幸せな話をする。
そう決意してからは、シグルドさんはとても楽しそうに私の話を聞いてくれて。
「アリア、お前の話は最高だ。また何度でも聞かせてくれ」
だから、私は物語を話す時間が最高の瞬間だと感じるようになっていた。そんな日々がずっと続いていくのだと信じていた。
けれど、私の望みは叶わないのだと感じる瞬間がやってくる。
それは、シグルドさんの婚約者を探すパーティをするのだという話が聞こえてきたときだった。
つまり、彼は私の手の届かないところへ行ってしまう。魔力も持たないできそこないの私が、シグルドさんと結婚できるわけなんてない。
シグルドさんとの楽しい思い出が浮かんできて、でもこれからは思い出を積み重ねられないのだと思えて。
ひと粒だけ、思いがあふれて。それからは、私の心は止まらなかった。
「うっ、うあああぁぁぁぁっ!」
私はうずくまりながら、声が枯れるんじゃないかというくらい泣き叫んでいた。
しばらくの間泣き続けていると、誰かが近づいてくる。
うるさかったのかもしれない。でも、今だけは許してほしい。そんな事を考えながら、足音の方を見る。
そこにはシグルドさんがいた。とても心配そうな顔をしていて、少しだけ嬉しくなった。
彼の心に、ほんの少しでも私を刻むことができていたのだと思えたから。
「アリア、どうして泣いているんだ? 悩みごとがあるのなら、言ってくれ」
「シグルドさんは婚約者を探すんでしょう? 私なんかに構っていないで下さい。つらいんです。私の心はあなたに届かないのに……!」
本当はシグルドさんに伝えるべき想いじゃない。分かっていたけど、シグルドさんは何もわかっていない様子だったから。つい言葉が流れ出てしまった。
これで私の幸せも終わりか。そう考えていると、両腕に強い圧力を感じて、視界も埋まった。
少しして、状況を理解する。私は抱きしめられている。なら、もしかしたら。
「そんなことはない。お前はシンデレラになりたいと言っていたよな。俺のシンデレラはアリアなんだ」
最高の言葉だった。今死んでしまうのなら、きっと最高の死に方だろうと思えるくらいに。
「それは、嬉しいです。でも、どうして?」
本当に疑問だった。何の力もないただの小娘を、この人はどうして選ぼうと考えてくれたのだろう。
「お前は俺に明るい話だけを聞かせてくれた。暗い話も知っているだろうに。俺にとって、その優しさが心地よかったんだ」
シグルドさんは暖かい目で私を見てくれている。きっと彼の心だって暖かい。
つまり、シグルドさんは私の心を理解してくれていた。つい笑顔が浮かびそうになる。幸せな2人を空想しそうになる。
だけど、きっとうまくいかないから。私の問題をシグルドさんはきっと知らないから。
「ダメなんです。私とあなたじゃ、きっと幸せにはなれない」
「アリアだからこそ、俺は幸せになれるんだ。俺を王子と知ってからも、欲望に染まった目で俺を見ないお前だからこそ」
シグルドさんにも悩みがあったんだな。王子様なんて、幸せなばかりだと思っていた。
いや、本当に心から考えているのなら、シグルドさんに幸せな物語なんて聞かせようと思わなかった。
そうだ。現実は残酷なんだ。私ができそこないだって事は、何も変わらない。
「私が魔法を使えないこと、シグルドさんは知らないでしょう? 無理なんです。あなたと結ばれるのは」
「最初から知っていたさ。俺には魔力を見る目がある。だから、魔力を持たないお前に注目していた。お前のシンデレラになりたいという言葉を聞いた」
シグルドさんの言葉が本当なら、私を欠陥品と知っていて好きでいてくれたってこと。
私が魔力を持たないと知って、それでも私の物語を真剣に聞いてくれて、私の楽しむ姿を求めてくれていた。
だったら、この人となら何があったとしても幸せになれる。どんな試練が待っていたとしても。
つまり、私の心は決まり切っていた。伝えるべき言葉も。
「ありがとうございます。私が死ぬまで、ずっとそばにいますから」
「こちらこそ、ありがとう。アリアとなら、きっと幸せになれるさ」
そしてシグルドさんはこちらを抱きしめたまま、近づいてきた。
初めてのキスは、少しだけ乱暴で。でも、とても暖かかった。
それから、私とシグルドさんは婚約することになった。
婚約発表のパーティには私の親族は見つからなくて。だから、シグルドさんに聞く。
「こういうパーティって、両親が来るものじゃないんですか?」
「お前の家は取り潰しになった。今のアリアは、別の貴族の義娘という扱いなんだ」
どうもそういうことらしい。私の知らないところで、家族は大変な目にあっていたようだ。
つつがなくパーティは終わって、これからシグルドさんと結ばれるという喜びに浸っていた。
そしてしばらくして。私とシグルドさんの結婚式が訪れた。
「アリア、そのドレス、よく似合っている」
「ありがとうございます。シグルドさんこそ、とても素敵ですよ」
シグルドさんは私の理想とする王子様じゃなかった。
少しだけ乱暴だし、言葉はぶっきらぼうなところがあるし、イメージできる王子様とは程遠い。
だけど、私にとってはこれ以上ないくらい最高の相手なんだ。
パーティは穏やかに進んでいって、私達の誓いを示す瞬間がやってきた。
「2人はこれからも苦難を乗り越えていくという誓いの証。今こそ、その時です」
シグルドさんは私の肩を優しくつかんで、ゆっくりと近づいてくる。
今度のキスは、想像したこともないくらい優しかった。
千夜一夜のシンデレラ~魔法が使えない落ちこぼれが、物語を聞かせた王子様に溺愛される~ maricaみかん @marica284
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