第49話 夜空の下で


 ■■■


「ふぅ~命が助かっただけマシか。それにしてもアイツも凄い人たちに好かれたわね」


 そんな言葉を吐き捨てながら廊下を歩き、エレベーターに乗って移動した先は屋上だった。夜空が綺麗な屋上は程よく風が吹いていて気持ちの良い風だった。


「今夜は星が綺麗ね~」


 屋上に設置されたベンチに向かい腰を下ろす。

 すると、先客がいたことに気付く橘。

 どうやら背中越しに見える人物はタバコを吸ってリフレッシュしているように見えた。現在橘が座っている木で作られたベンチは喫煙所のベンチにもなっている。

 そんなわけで相手が手すりに体を預けてもたれかかっている間はこのまま使わせてもらおうと橘が思った矢先、先客が振り返り声を掛ける。


「あれ? 貴女は大会の参加者じゃないわよね?」


「ですね、私は……えっと……小百合と言ったらわかりますか?」


「そう」


 タバコの火が煙に変わり夜の空へと消えていく。

 橘はスマートフォンで明日の対戦カードを確認する。


 対戦カードは……驚く。

 Aグループの最大の対戦カードは、世界ランキング第一位で去年朱音を倒した女王アイリスと世界ランキング第一位の女王が一番追い込まれたと認めた世界ランキング第七位の朱音。

 この二人が予選で戦い、決勝でもこの二人の戦いが最も激しく最も派手になるのではないかとネット上では言われている。


 だけどまだ二人の戦いは叶わない。


 それでもその戦いと同規模、下手すればそれ以上の混戦が予想されるカード。


 ――【神槍の使い手・朱音】VS【進撃の神災者・紅】


 今この場にいるだけで一千万人を超える現役プレイヤーの中から選ばれし者としての称号として世界ランキング第三十六位以上の名誉が与えられる。つまり世界ランキング暫定三十六位以上となった男が世界を超え今再び朱音の前に立ちはだかると言うわけだ。

 これを見た橘は思う。申し訳ないが明日はこの二人の試合以外が注目されることはないだろうと。なぜなら、朱音は蓮見のことを大いに認めている。裏を返せば朱音の本気が見れると言うわけで、さらにその裏を返せば進化した表裏シリーズを携えた神災がこの世界に訪れる瞬間となるわけで、これ以上のカードは最早先ほど書かれたカード以外ありえないからだ。最初からクライマックスカード。これはネット上も大盛況に盛り上がるわけだ、と橘は納得した。それと朱音の顔から笑みがこぼれ落ちていることに。


「今は小百合、で合っているかしら?」


「はい」


「私が『神々の挑戦』で負ける可能性がある人物は二人しかいないの」


 朱音は体を返して、手すりに背中を預ける。

 そして新しくタバコを取り出して火を付ける。


「二人とは?」


「一人はアイリス」


「なるほど。去年の映像を見ましたが、アイリスさんは朱音さん以外にHPが半分を切ることは最後までありませんでした。なのに朱音さんとの戦いでは後数ミリの所まで追い詰められたことを私は知っています。それでもう一人とは」


「ダーリンよ」


 その言葉に橘は一瞬驚いた。

 だけどすぐに納得した。

 現状蓮見以上に予測困難なプレイヤーやNPCは存在しないからだ。


「今は私の部屋に居ます。良かったら会ってきたらどうですか?」


「その必要はないわ。どうせ明日戦場で会えるのだからね」


 朱音はタバコをふかして微笑みを浮かべる。

 弱点なんて見当たらない最強。

 そんな朱音でも負けるかもと思わせる蓮見に橘はいよいよ蓮見の強さがわからなくなってきた。一体なにが彼女にそう思わせるのか気になった。


「明日は本気で行くのですか?」 


「当然。最初から本気で行くわ。だって『神々の挑戦』とはそもそもプロの決闘場。そこに立った時点で世界はプロとして認めるし賞金だって支払われる。これは遊びであって仕事なのよ」


「本人にはそれを伝えていませんのでプロの自覚は多分ないと思います」


「本人に自覚があるないじゃないのよ」


 その言葉にいよいよ蓮見の快進撃もここまでかと考える橘に朱音が声を弾ませる。


「でも勘違いはしないでね。私が本気になるのは仕事だからじゃないのよ」


「え?」


「本気で行かなければ私が負けるからよ。私は明日の試合をずっと待ち望んでいたの。最初から最後まで全力の本気をぶつけても皆が認めるこの瞬間を。未知なる恐怖を手に入れたダーリンが最恐の敵として私の試練となる日を」


 まさに戦闘狂。

 そんな言葉が朱音にはよく似あう。

 そう何年も朱音は待っていたのだ――自分の全てをぶつけて受け入れてくれる敵。

 退屈な日々の中で才能やPS(プレイヤースキル)のあるなしだけで決着が決まる戦いではなく、たった一つの判断が致命的となるようなスリリングかつギャンブルに似た限界ギリギリの戦いをずっと待ち望んでいたのだ。純粋な実力差を知恵と勇気と度胸だけでひっくり返してくるような相手を。

 どんな過酷な状況からでも一瞬で全てをひっくり返してくるようなアニメのような展開が存在する舞台を。


 クスッ。と笑う橘。


 ゲームを始めた時、誰もが感じる高揚感。

 朱音はそれに突き動かされているのだと、わかった。


「楽しみなんですね」


「えぇ、でとてもね♪」


 二人はそれから時間の許す限り語り合った。





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