第45話 再開


 二人しかいない部屋の時は静かに進む。

 デジタル時計の数字が進んでいき、窓から差し込む光が夕立から月の光へと変わる。

 橘は読書を続け、蓮見は一人「幽霊に会いませんように幽霊に会いませんように」と必死に祈る。

 若い男女で手を繋ぎ合っているため、蓮見の震えは橘に直で伝わり、決して下心から橘の手を握っているわけではないとわかる。

 そして橘は心の中で「私が原因よね……多分」と少し罪悪感にかられていた。

 まさかエリカを怒らせるとこのような超常現象が起きるとは普通誰も思わないからだ。そう思うのも橘は橘でホテルの中から何とも言えない殺気を気のせいだと思うがさっきから感じているからだ。。。


「一途って怖いわ……」


 そう呟くと、


「本当、幽霊に愛される俺可哀想だよな?」


 と、返事が返って来た。


「あはは……かもね」


 橘はその返事に苦笑いしかできなかった。


「その……なに? やっぱり怖い?」


「あ、あたりまえだろ? お相手はゆうれいちまだぞぉ!?」


「…………」


 人間は万能ではない。

 それは神が創り出した欠陥品だからなどというわけではないが、人である以上得意不得意というものは必ずしも存在する。

 蓮見も例外ではない。

 彼はただ姿もなくて触れもしない存在だけは好きになれないだけ。

 だってそれが恐いから。

 だからこそ人の助けが必要で人に甘える強さを持っている。

 もっと言えば――。


「えっと……なんか顔青ざめて死にそうだけど大丈夫?」


 読書を中断し、今にも天国への道を開拓してしまいそうな隣にいる人物がいよいよ心配になった橘は問う。


「……うん」


 強がろうとはしているが声に元気がなくて強がりきれない蓮見。


「あの元気はどこ行ったのよ……アンタ……」


「……幽霊ホテルなんかに連れて来たお前を俺は一生許さないからな」


「なら美紀たちに会うのはなしでオッケー?」


「…………」


 幽霊と美紀の存在が蓮見の脳内で天秤にかけられる。

 どちらも蓮見に与える影響はとても大きい。

 美紀と聞いただけで相手が幽霊でも体が頑張ろうと反応するぐらいには。


 一人思い、悩み始める蓮見。


 背に腹は代えられない、と言うがそれが今まさにその通りで蓮見は迷う。


 だけど体から震えが消えることはなく、恐怖と愛の狭間で男は答えを求める。


 初恋の少女への愛と未知なる恐怖。


 端的に言えばある種二つの恋が与える影響力とも捉えることが出来るのかもしれない。ただしこの未知なる恐怖が本物の愛に変わった時、その影響力は増えるのか減るのか……。

 と、まぁ、複雑な蓮見の脳内の中など一ミリも考える気になれない橘はここで自分にも一部原因があると認め罪悪感に心を悩ませながらある提案をする。


「まだ美紀たちが来るには時間があるわね。それならそれまでこっちにおいで」


 まぁ、アンタのこと嫌いじゃないし。

 そもそも幽霊で震えるアンタを放置したなんて知れたら美紀が怒りそう……だし。


 心の中でそんな言葉を付け加えて蓮見の腕を強引に引っ張って自分の方へと引き寄せ小さい子をあやすように顔を胸元に持っていては心臓の音を聞かせてあげる。

 ドクン、ドクン、と力強く動く心臓の音が蓮見の耳に伝わり恐怖を和らげ安心感を与える。


「……大人しいと案外可愛いのね」


 黙って目を閉じる蓮見の姿を見た橘が感想を口する。

 少しは美紀が恋をした気持ちを理解した橘は「バカも大人しく甘えるようになるとこんなにも可愛く見えるのか」と、母親が我が子を無償で愛する理由をなんとなく知った橘の頬は自然と微笑むように上がった。


 

 ――しばらくして。

 扉がノックされる音が部屋に響いた。

 だけど大人しい蓮見が新鮮で案外可愛いくて見ていられると集中していた橘はその音を聞き逃してしまう。

 直後、部屋の扉が開いた。


「すみませんー、運営の方から知人に会わせて頂けるということでこちらに来たのですが、あっ……ゆかり!?」


 そこには美紀が居てエリカが居てその後ろに七瀬と瑠香が立っていた。


「んっ!? ……やばっ」


 橘ゆかりは心の底からそう思った。

 視線が合うと同時にニコッと微笑む美紀とエリカに自身の無力差を痛感する。

 この二人相手にさてどんな言い訳をしようかと。

 エリカに関しては目が完全に笑っていない。

 橘は理解した。

 確かにこれは見方によっては安易に触れない方が良い幽霊的な何かでもあると。

 母親に甘えるように目を閉じて違う世界にいる蓮見を見て「へぇ~」「ほほぉ~」とそれぞれ言葉漏らした姉妹にも納得のいく言い訳をしなければ自身の身がマズイと判断した橘は脳をフル回転させた。

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