第18話 心境の変化


 ■■■


 部屋で一人試合を見ていた少女。

 蓮見と碧の試合を見ていた美紀は一人鳥肌が立ってしまった。


「す、すごい……」


 途中でライブ中継が切れた。

 その先は当然気になる。

 それ以上に心の底から思うことがあった。


「ありえない……」


 蓮見がしていたことである。

 いつも近くで見ていたはずなのに。

 朱音との修行を通して、プロの世界では自分が戦いやすいように戦闘の流れを掴むのが正直かなり難しい。

 お互いにそうなるように駆け引きをする以上、どうしても目に見えない基礎的な技術や戦闘知識や経験なども必要になってくるからだ。

 それは朱音との対戦で身を持って知ったこと。

 そこで美紀は挫折した。

 プロの世界では自分たちのしてきたことはおままごとレベルなのだと。

 だけどそれをひっくり返す出来事がスマートフォンの画面の先で起こったのだ。

 まだゲームを始めて半年程度の幼馴染がプロ相手に自分の戦いをして、対等もしくはそれ以上の戦いをしていたことだ。


「それに心の底から楽しんでいた……あんな凄い人相手に……」


 そうだ。

 蓮見は誰が相手でも曲がらない。

 常に自分を百パーセント出しきって、いつも楽しそうにしている。

 ならば、と。


「なんであんなに楽しむ余裕がいつもあるのよ」


 唇を噛みしめて初めて蓮見の長所に嫉妬した美紀。

 本当は自分だってそうしたい。

 何度意識しても中々できない。

 ただエリカの言葉を心の支えにして、それを意識してみることで少しは心に余裕ができた事実はあっても、蓮見のように上手くできるわけではない。


「…………ッ」


 皆が蓮見に惹かれる理由。

 それは師匠である朱音も例外ではない理由。


「変幻自在の俺様戦闘スタイル……それが蓮見の真骨頂」


 自分の隣にいつもいた少年の姿を思い出す。

 例え相手がどれほど巨大でも相手の予想の一歩先を行く――神災こそが彼の最大の武器であり、最大の脅威であったと。


「それに比べて私……」


 美紀は自分に足りない物の存在にここで気づく。

 自分が切り札にしていた集中モードでは今からは通じない。

 今までは通じても今からは……相手との技量の差がありすぎる。

 ならば技量を超える何かを手に入れなければ道はないと考える。


「この世界では一つじゃ足りないんだ……」


 上手くいかない日は誰にだってある。

 だけどそこで躓くことは悪い事ではない。

 問題はそれをどう乗り越えていくかだ。

 その方法は様々だが、美紀は思い出す。

 それをイベントの度にしてきたこと男のことを。


「ばかぁ……会いたくなっちゃったじゃない……」


 新しい力を手に入れる代償は手に入れるまでの間、茨の道を進まなくてはならないことだ。

 簡単に手に入らない、もしかしたら手に入らない、そんな苦痛と不安を相手に最後まで頑張らなければいけない。

 普通は恐くて多くの者が途中である程度満足したら進まなくなる道。

 ある程度強くなってある程度自己の力に満足したら別にそれ以上苦労して強くなる必要性を感じなくなる場合が多いからだ。

 それでも頑張った者だけがたどり着ける世界の頂点(トッププレイヤー)。

 そこにいくために、美紀は高鳴り始めた恋心に素直になる。


「諦めようと死に物狂いで頑張ったのにこんな簡単に思い出させるなんてずるいよ……蓮見……やっぱり好きって思ったじゃん……。それに今すぐ会いに行きたくなっちゃった……もうそんな意地悪する奴なら絶対に諦めてあげないからね! 絶対に私の活躍を見て俺コイツと一緒にいたかった! って思わせてやるから覚悟しなさい!」


 美紀は残された時間を使って夢へ向かって力強く歩み出すことを決めた。

 自分の新しい力。

 それを手に入れて、世界で活躍する。

 そして蓮見に報告それから……告白。

 それが美紀の新しい目標であり夢となった瞬間だった。

 最近上手くいかないことが多くどこか沈んでいた心の奥底から湧き上がる何かを確かに感じ始めた。

 それは決して嫌ではない物。

 目に見えないけど何というか力を与えてくれるような。

 心が本当に求めていた夢が明確となった時、美紀の中で大きな変化がすぐに表れる。


「あった……! 私が誇れるもう一つの力が!」


 そう思った美紀は部屋を飛び出て朱音の部屋に向かって走り始める。

 その足は何故かここに来て一番軽く力強かった。


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