第5話 それぞれの思い 母娘親子
その頃、親子三人はリビングに集まっていた。
「貴女たち本当にやる気あるの?」
四人掛けのテーブルに三人が居る。
朱音の対面では七瀬と瑠香が怒られて落ち込んでいる。
昼間の修行結果があまりに不甲斐ないと自覚がある二人は言い返せない。
本気でやってはいる。
だけどどうしても実力差を感じて体が緊張して反応が一瞬遅れ、最高のパフォーマンスを引き出せないのだ。
言うならスランプ。
負けるのが恐くて、それが精神にも支障をきたし、本調子が出せない状態。
朱音と言う圧倒的な力に一度恐怖を覚えた体は中々動いてくれない。
どんなに意識しても必ず戦闘中どこかで体に迷いが生まれ、結果致命傷となる。
そんな悪循環に朱音が気づかないはずがなく、美紀がいなくなったタイミングで二人だけがリビングに呼び出され怒られているのだ。
(さて二人はどうでるかしら?)
怒られ落ち込む二人を冷静な目で見る朱音の表情はとても真剣で何かを見極めようとしているようにも見て取れる。
「ごめんなさい。でも体が動かないの……」
口を開いた七瀬に朱音が質問する。
「どうして?」
「恐いの」
「なにが?」
「負けるのが……それとお母さんが……とても恐い」
なるほど、と。
結構厳しくし過ぎたのかと。
本番までの短期間で急成長させないといけないと焦り過ぎたのかもしれない。
故に――指導者としては失格。
自分の教え子の限界を超えてキャパオーバーの物を求め過ぎたのだから。
でも朱音は知っている――そんな環境にいつもいた彼はそれをいつも大胆不敵に笑い飛ばし自分にすら何度も笑いながら立ち向かってきたことを。
そして、弱者、初心者、不器用、そんな言葉がよく似合う男の元でこの子たちはなにも学ばなかったのかと。確かに純粋な実力PS(プレイヤースキル)の話をすれば娘たちの足元にも及ばないどころか何戦しても学ぶ物はないだろう。だが、それ以外ならあったはずだ。少なくとも朱音は学ばせてもらった。
「瑠香は?」
「わ、……わ、……たしも、お姉ちゃんと同じ」
「そう……はぁ~」
隠すのもバカらしくなって朱音はため息を見せる。
「貴女たちダーリンと一緒にいてなにも学ばなかったの?」
二人の顔が上がる。
どうやら二人にとって蓮見と言う存在は未だに大きいらしい。
「私と会ってすぐにダーリンは負けた。そして幽霊騒動のイベント、さらに竹林の森イベント、それらで私に敗北した。だけどダーリンは一度も私に恐れることなく純粋無垢な笑みを見せて立ち向かってきたわ。正直に言うわ――」
朱音は思い出す。
人の可能性という希望を。
そして。
どんなに強い力でねじ伏せても必ず突破口を探してはぶつかってくる姿。
そして私相手でも正面から立ち向かい闘技場で啖呵を切ったあの勇気ある姿を。
「――敵として立ちはだかるならプロとしての私が最も恐れる相手はランカーじゃなくて間違いなく断トツでダーリンよ」
その言葉に驚く二人。
指導者として母親として二人の成長の為、自分の体験談をありのままに話す。
「どんなに追い込んでも笑顔を見せてくる相手。何度倒しても嬉しそうに這い上がってくる相手。これで終わりと思ったらすぐに次の一手まだあるの!? と思える相手が一番恐いわ。だってどうやったら倒れてくれるかわからないんだもん。HPなくなった、と思ったら生きてるプレイヤーなんて稀だし。だから私はダーリンを好きになったしその強さに憧れた。ゲームを始めた頃誰もが持つ純粋無垢な向上心と興味心からくるゲームを楽しみ続ける心にね。だからダーリンは成長が止まらなかったと思うのよ。貴女たちはダーリンを見てそれを全く感じなかったかしら。私の考えをまるっきり否定し、俺が正しい、って言わんばかりに立ち向かってきた格好いいダーリンの姿を貴女たちは本当に一度も見てなかったのかしら? 七瀬? 瑠香? 引き返したかったらそうしてもいいわ。私は止めない。でもねこれだけは覚えておいて欲しいの。貴女たちにこの道をくれたのは紛れもないダーリン」
「「あっ……」」
今自分たちがいる場所は自分たちだけの力だけじゃ手に入らなかったもの。
ずっと憧れていた大会出場のチャンスを学生の内に経験出来る者は世界に何人いるのだろうか。
そして大事なことを思い出したのか、なにかを確かめるようにして首を横に動かして七瀬と瑠香がお互いの顔を見る。
「ダーリンがいなければ貴女たちも美紀ちゃんもその年で今回みたいなビッグチャンス一生手に入らなかったかもしれないわ。そして闘技場での一戦で私が最初に見せた殺気を前にしてもダーリンは私を倒そうとして逃げなかったわ。そう今の貴女たちがビビってる殺気に近い物よ。貴女たちは自分の中に核となる物がないからすぐに心が弱くなる。ダーリンは誰のためにあの時戦っていたの? それは貴女たちのためよ? その時ダーリンの中には確かにあった。貴女たちの未来に自由と言う二文字を与えたいっていう強い気持ちが。だから私の中にも響いたし実力差を超えて私に通用した。だけど今の貴女たちはその核がないの。ただプロになりたいだけ? そうじゃないでしょ? だったら今ここで核となる覚悟を決めない」
朱音はそう言って静かに席を立ちあがった。
七瀬と瑠香の目の色が変わったのを見た。
それだけで十分だった。
後は二人の心の問題。
なら今回の余計なお世話はこれで十分だと判断しそのまま自室へと戻るのであった。
「ったく、なによ。ダーリンって聞いただけで反応しちゃって……依存はあまり良くないから距離を取れとは言ったけど……あの子たちもしかしてなにか勘違いしてそう……ね。まぁ無理もないか、私があんな言い方したんだし勘違いしても」
恋か夢。
二つに一つ。
だけど夢への土台をしっかり今回で作り終われば……別にしてもいいんじゃないかと。
だってその気持ちは痛いほどわかるから。
それに、蓮見と会うまでは本物だった自分はもういない。
けど蓮見と会って望まないペテン師となった女は一人自室に戻って呟く。
「完敗よ、ダーリン。私の期待以上の成果を貴方は残した。だから――…………いやなんでもないわ、ふふっ♪」
なにか楽しそうなことを想像したのか朱音は一人部屋の中で微笑んではベッドに入る。
「あ~抱き枕に欲しいー、な~んてね」
最後は愉快な冗談を言って眠りへと入っていく朱音だった。
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