カオスな世界の中、とりあえず俺達は顔がいい

咲紫きなこ

ヒサ班始動

第1話

 郷に入っては郷に従えというのは、子供の頃耳に入れても、よく理解できないと言う場面はあるだろう。

それでも、皆大人になるにつれて何かを理解し、何かを諦め、郷に従う。

 否、一般に流された方が楽という理由も少なからずあるだろう。


 皆がしない事をするというのは恐怖だ。

 調和を乱す者は、周りから排除の対象になりやすい。排除の対象になってしまえば、自分は周りから覚えのない悪意や殺意を向けられてしまう。そして居場所も、酷ければ人権、はたまた命すら奪われていく。

 誰もかれも、我が身が一番かわいい。進んで調和を乱す者に自分はなりたくないと思うのは、人間として妥当な判断だろう。


 だが、それを打ち破る者は必ず存在する。

 「俺達がおかしいんじゃない、世界が俺達の魅力に気づいていないのが悪い」と信じてやまない者もいる。

 そんな二人は、今日も一般を乱すのだろうか。


              ✝︎✝︎


 「急いで! 遅刻しちゃう」

 「暖かい陽気……もう一眠りしたい。――仕事、何時からだっけ……」

 

 絢爛に咲き誇る桜。

 花びらはその空間を楽しむ様に舞い踊っている。

 春特有の見事な景色に目もくれず、時間に追われ桜並木道を走っていく二人の姿。周りには誰も居らず、二人の足音と風の音だけが周辺に響いていた。


  「九時からだよ! それで、今は何時?」


 少年のような声色に強い口調でそう話すのは、細身で長身の顔がいい人。名はあらたという。

 革は水浅葱色みずあさぎいろの内巻きボブヘアをふわふわとなびかせ走る。

 空色の中に真珠を散りばめた様な、煌びやかな眼をもち、つり目。

 白のワイシャツに黒のベストを着用し、首元の白いスカーフにひし形の水色硝子細工スカーフピンを付けており、白の長ズボンに白いショートブーツを着用している。

 総合的に見ると、強気な雰囲気を感じさせる。


 「今は……あれ? 携帯、家に忘れた……かも」


 低めで落ち着いた声色でゆっくりそう話すのは、体格の良い長身の顔がいい人。名はみことという。

 命は葡萄色えびいろの長髪をばさばさとなびかせ、同時にひし形の水色硝子細工が付いたロングピアスも風と踊る。

 浅葱色の眼は瞳孔が猫のように細く、垂れ目気味。

 黒のワイシャツは第二ボタンまで開けてあり、首元の朱色のネクタイはだらしなく垂れており、白い長ズボンに黒のロングブーツを着用している。

 総合的に見ると、妖艶な雰囲気を感じさせる。


 命は走りながらズボンのサイドポケット左右に手を入れ、携帯の姿を探すが見つからない。次にピスポケットにも手を入れ、探すが見つからない。


 「携帯……家に置いてきた。ごめんあらた、時間……分からない」

 「本当になくしたら大変だし、大切な連絡入ったら困るから、外出時は出来るだけ持ってた方が便利だよ」


 革は時間の話よりも、命のズボラさに対して指摘を入れた。命の顔を見ながらそう話し終えると、革はすぐに前を向き、目的地へと急ぐ。

命が携帯を使う時は、大好きな猫動画を見る時か、友人と連絡を取る時で、それ以外は命にとって頻繁に携帯を触る理由にはならない様だ。


 「――俺が持ってなくても、あらたが隣に居てくれれば……大丈夫」


 革の指摘に対し、悪びれる事なくマイペースに命はそう呟き、静かに笑った。革はそんな命の態度には慣れているようで、やれやれまたかと言った様子で少し浮かない顔をしたが、その雲行きはすぐに晴れた。


 「自分の腕時計見るよ。――あっ!? 八時四十二分だって! ほんとに急がないと」


 革は立ち止まると、更に急ぐにはどうしたらいいかと言わんばかりに命の顔を見つめた。

 自分の方を向いた革と対面で向き合い、命は表情から何を言いたいのかをすぐに読み取り、口を開いた。


 「それじゃあ……飛んでこっか」


 命は革の右手を自分の左手で握り、それに対して革も命の手を握り返し、横に並んだ。

 刹那、二人は地面を少し蹴り出すと大きな翼を広げ、宙を舞った。

 革はて大きな翼を広げて。命はて大きな翼を広げて。


              ✝︎✝︎


 革と命は天界人である。

 天界人と呼ばれる人種が沢山存在するこの世界は天界と呼ばれており、人間界とは異なる。

 つまりは異世界だ。

 そんな二人の仕事は美神の補佐である。

 天界人には生まれや能力の差から、それぞれ位が定められている。天界一の偉人、大神が全天界人の家系や能力を視察し、美神や神が決められていく。

 美神とは神の中でも特別に認められている程の実力者。天界人や神から大層尊敬され、崇められる程の存在。それだけ魔力も強大であり、その力で数々の偉業を成し遂げているカリスマ。


 革と命が仕えている美神はヒサと言う女性。

 天界の規律と火を司る美神で、性格は生真面目で他人にも自分にも厳しいお堅い美神だ。口数はそこまで多くないものの、内には熱い正義の心を持ち、国民がより良い暮らしが出来る様、より良い世界になる様、日々仕事に邁進している。

 洋紅色ようこうしょくのショートヘアに、前髪は眉毛にかかる程の長さで左にながしている。

 眼は彼女の中にある、正義の炎を思わせる程の赤や橙色が広がり、黒のアンダーフレーム眼鏡をかけている。

 白のワイシャツに黒のベストを着用し、朱色のネクタイを上までしっかりと締めており、白い長ズボンに茶色のローファーを着用している。


 革と命の始業は午前九時。二人が職場に着いたのは八時五十三分。

 ヒサの部屋に赴き、朝の挨拶をまず始めに二人はいつも行う。


 「おはようございますヒサ様」

 「おはよー」

 「――お前達、またギリギリの出勤か。十分前行動は、生活の基本なのではないか?」

 「申し訳ございませんヒサ様!」


 開口一番、ギリギリの時間に出社した事を上司に叱られ、革は大きな声で謝り、ヒサに対して一礼した。


 「おはよーには……おはよー、だろ?」


 謝るあらたには目もくれず、命は特に悪びれる態度も見せない。まるで友達と会話しているかの様に、命はヒサにそう問いかけた。


 「私がおはようと返さなかった事は謝ろう、悪かった。おはよう、あらた、みこと」


 ヒサは挨拶をしなかった事を真摯に受け止めると、部下に一礼してから朝の挨拶を返した。

 一礼したヒサが顔を上げ体制を直すと、命はヒサの方へと視線を向けた。


 「――礼はしなくてもいいけど。おはよーヒサちー。――今日も顔がいい……俺だぜ」


 視線が交わった瞬間、左手を胸の前程の高さまで上げ、お決まりのナルシスト発言をしてから、ひらひらと手を振った。

 ヒサは命のそれに対しては特に言及せず、話を切り出していく。


 「みこと! そのネクタイはなんだ。そんな軟弱な締め方では、やる気が感じられぬ。そして第二ボタンは閉めろ、それからシャツをズボンの中にしまえ」

 「えー? ヒサちーと俺の仲じゃん。――こういう格好で……居られるって事はね、俺……ヒサちーの前で、リラックス、出来てんの」

 「気安く肩をポンポンするな! 普段は友人かもしれぬが、今は上司。そしてお前のリラックスし過ぎは良くない! だらしなさが混じっておる」


 ヒサはこうして命の失礼な態度や乱れた服装を、飽きもせず毎日叱る。飽きもせずと言うのは、上司に毎日叱られていても、命の失礼な態度も服装も、しっかりと改まる日は来ないからだ。


 「みことの責任は俺の責任でもあります。申し訳ございません」


 革はその場から一歩前に出ると、ヒサに対して先程の様に一礼した。

 その様子を見ていた命はその場で伸びをしてからシャツの裾をズボンに入れ、第二ボタンまで開けていたシャツのボタンも閉めた。ネクタイは自分では綺麗に締められず、革に頼み綺麗に締めてもらった。

 そんな様子にヒサは溜息をついたが、命が服装を正した事には安堵した。


 「私は指導する。お前達の上司として。――さぁ、この話はこれで終いだ」


 美神ヒサとその補佐である革と命は、まとめて主にヒサ班と呼ばれている。

 ヒサ班には上着だけ制服がある。白い生地に襟元からボタンにかけて水色のラインが用いられており、長い裾が揺れる。そして金色の肩章けんしょうと左裾近くには太陽の印が大きく描かれている。

その他の規定はワイシャツに白い長ズボン、靴は履きなれた靴であれば許されている。


 ヒサ班の仕事は天界の治安維持で、街での騒ぎや問題を解決して行く事。街の見回りを革と命が主に行い、ヒサは主に事務作業に追われる。

 出勤して最初に行うのは今日の仕事内容確認や、国民から投書で届いた内容の改善等について話す。


 「まず最初に、昨日街で悪魔が起こした騒ぎの一件だが……みこと、街の噴水を壊したそうだな」

 「んー? あー……そうだった気がする」

 「申し訳ございませんヒサ様! ですが、相手も大層な馬鹿野郎でして……」


 ヒサが何故事務作業に追われているのかと言えば、投書への返事、美神同士の近況報告書類等様々あるのだが、それよりも書く機会が多い書類がある。それは修繕関係の書類と、国民への謝罪書類だ。

 補佐である革と命の仕事ぶりが少々、否、大きく関係している。


 「あらた! 馬鹿野郎呼ばわりは失礼だ。みこと! もっと周りを見て行動しろ。――確かにお前達が、街での騒ぎを止めたのは良い事だ。だが、程度というものがあるだろう」


 ヒサは二人に何度目とも分からない指導をしてから、深い溜息をついた。


 本来ならば命の失礼な態度は、罰せられてもおかしくない程の罪だと、国民から騒がれている行いだ。ヒサはそれを承知した上で命を雇い、傍に置いている。

 時には街の安全を身を呈して守らなければならないこの仕事だが、革は戦闘が出来ない。それはこの仕事に向いていないと国民から騒がれ、解雇を求められることもあるが、ヒサはそれを承知した上で革を雇い、傍に置いている。


 革と命はそれぞれ能力に違いがある。

 革は学力とプライドの高さに長けており、常に努力を怠らず、故に博識で併せて言うと字も綺麗だ。書類をこなす能力、そして自分に自信がある事で、他人に対して臆する事なく向かっていける強さもある。

 命は戦闘能力に長けており、常に努力を怠らず、故に屈強で併せて言うと剣豪だ。街での騒ぎにいち早く対応し、国民を守れる強さがある。

 道は違えど、才能のある二人をヒサは見所があるとそれなりに評価し採用した。


 だがその才能だけでは済まず、革と命はでもあった。


 革はプライドが高く強気で併せて口が悪い。上から目線の物言いや、自分が気に入らない相手に対して平気で口喧嘩を売りにいっては「ゴミ野郎」呼ばわりをする事もある。時には相手と戦闘しなければならないこの仕事で、革は戦闘力がゴミである事も問題だ。

 命はマイペースで大雑把。併せて自己解決してしまう悪い癖があり「街での騒ぎを止めろ」と言われたら、力ずくでも止める。時には話し合いで解決しなければならないこの仕事で、命は会話力がゴミである事も問題だ。

 二人の個性は、ヒサが何回改めろと叱っても中々直る事はない。


 「ごめんね……ヒサちー」

 「申し訳ございませんヒサ様」


 自分の癖や生き方を直す事はできないが、ヒサに迷惑をかけたという事実は受け入れ謝る。

 ヒサはその謝罪に対して思う所はあれど、いつもその気持ちだけは真摯に受け取っている。


 「お前達の責任は、上司である私の責任でもある。私も、お前達が本当に譲れない事の様に、私もお前達への指導をやめる事はしない」


 革と命が譲れない事がある様に、ヒサもまた自分に正直で真っ直ぐな人間である。

 三人はいつもぶつかり、時には言い合い時には様々な勝負でケリをつけたりもする。だが、どんな時でもお互いの事を分かり合おうと努力する姿勢は忘れない。


 「――さて、本日も街の平和の為、お前達の力を貸して欲しい。あらた、みこと、頼むぞ」

 「はい! ヒサ様」

 「はぁーい」


 元気よく返事をし終えると、革と命は街へと歩を進めた。


              ✝︎✝︎


 数十分前は見事な桜に目もくれず走っていた二人は、街へと向かう為先程の桜並木道を歩いていた。花びらは先程と変わらず、風とワルツでも踊っているかの様だ。


 「またこの季節がやってきたんだな。もう一年経ったのか、ヒサ様の所で働いて」

 「そうだな。――ヒサちーには、感謝してる」


 天界と言えど、四季もあれば桜も咲いている。

 革と命は目を細め、しばらくの間桜を見つめた。

 特に合図等はなく桜から視線を外すと、惹かれ合う様に二人は見つめ合う。お互い笑みがこぼれた。右隣にいる革の右手を、命が左手で優しく握ると、革はその手を握り返した。

 そのまま二人は手を繋ぎ、街へと歩を進めた。

 一年前とは違う、新たな気持ちと共に。

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