第12話
目を覚ますと、真っ白な天井が見えた。
まるで、月見基地へとやってきたときみたいに。
だけど、その時とは違い、わたしをのぞき込んできたのは、ハルミちゃんだった。
「目を覚ましたのですね」
「あれ……」
「覚えていますか」
いきなりそんなことを言われて、混乱する。寝ぼけた頭で、記憶をたどる。雨の中、スバル君と出会ってそれで――。
「あれ、わたしはどうなっちゃったの」
「記憶がないのですね」
「うん。急に目の前が暗くなって、それで」
わたしの言葉に、ハルミちゃんが無言で頷く。その表情にはどこか、焦りにも似たものがかすかに浮かんでいるように見えた。
意識がはっきりとしてくる。
「もしかして、何かあったの。スバル君に」
「いえ、あの方には何もありませんでした。ですが――」
ハルミちゃんは、言葉を濁した。話すのをためらっている。何がそうさせるのだろう。
わたしに遠慮しているの?
「……教えて。何があったのか」
「お辛いかもしれませんよ」
「お願い」
「スバルという少年が、あなたを誘拐し、代わりにセキアを要求しました」
わたしは息を飲んだ。いや、息を飲めたのかさえわからない。
どきんと心臓が跳ねて、苦しい。胸が締め付けられるみたいだった。
それでも、わたしは話の続きを聞かなければならないような気がした。
「どうして、そうなったの」
「それは……」
「セキアに何があるの?」
ハルミちゃんは、黙った。
わたしは体を起こして、ハルミちゃんの方を見る。
依然として、胸は痛かった。
どうしてわたしじゃないの――。
そんな想いが、体を駆け巡っていた。
「セキアは、ミボシという文明の生き残りなのです」
「――――」
ミボシというのがわたしにはわからなかった。でも、たぶん、スバル君が、セキアを求めたわけが、好きとか嫌いとかじゃない。それがわかって、わたしは安心する。
でも、同時にわたしは利用されただけなんじゃないか。ううん、たぶん、違うよね……?
「ミボシってなんなの?」
「宇宙に存在する星間文明の一つです。詳細は省きますが、すでに滅亡しています」
「だから、生き残り。でも、どうしてスバル君は、その生き残りを探してるの?」
「それは、ミボシという文明そのものが関係しています。先進的な科学技術を有していたミボシ人は、やろうと思えば、この宇宙の半分を一日で手にすることができるとさえ言われていました」
「想像がつかないや……」
「そうですね。彼らからすれば、地球人はアリと等しいでしょう」
「それなら何となくわかるかも……。それだけ強かったってことだよね? じゃあどうして滅亡したの」
「機械に任せていたら、その機械に逆襲されたという感じです」
「機械に負けちゃったの」
「はい。ワタシのようなキュートでスマートでエレガンスなAIばかりいましたから」
自分のことを持ち上げて言うハルミちゃんに、わたしはくすっと笑ってしまう。そんなわたしに、ハルミちゃんは首を傾げていた。
「セキアほど運動できるなら、機械にだって勝てそうなのに」
「まあ、いろいろな手段があるのです。それはさておき、そのような進んだ科学技術を有していましたから、滅亡してから早七十年になりますか。その間、多くのトレジャーハンターが、その科学技術の結晶がどこかにないかと探し回っていました」
「トレジャーハンターって宇宙にもいるんだね」
「もちろんです。宇宙人も地球人と同じように考え、生きているのですから。まあ、お金目当てのハンターがほとんどでしょうが」
「ってことはつまり、お金になるし、強いからみんな探してるってことでオッケー?」
「はい。ざっくりといえばそうなります」
じゃあ、わたしは、お金とか機械に負けちゃったってこと……?
なんだか、ムカついてきた。
「セキアはどこへ行ったの?」
「足取りは追えていませんが心当たりはあります」
「それってどこなの」
「宇宙船が墜落した月見山です」
月見山というのは、月見町の南西に位置する山のこと。山といってもそれほど高くなく、週末にはハイキングが行われたり、中学校では歴史の勉強で行ったり。
七十五年前、宇宙船が落ち、山の半分にクレーターができたその山では不思議なことがよく起きるのだそう。少女の幽霊が出るとか方位磁石がぐるぐる回転するんだって。
「それもすべて、宇宙船のせいだったのです」
「宇宙船が本当に埋まってたんだ……」
「しかし、今は宇宙へと飛び出して行ってしまっています。おそらくは、セキアさんが案内したのでしょう」
「わたしと引き換えだったら、言うこと聞かなくてもよかったんじゃ」
「それは向こうも考えていたのでしょう。宇宙船が姿を現してから、ゆこさんは解放されました」
「そっか。わたしのせいだね……」
俯くわたしに、違います、とハルミちゃんは断言した。
「悪いのは、ゆこさんを誘拐したあの少年です」
「でも、わたしが誘拐されなければよかったのに」
「後から言ってもしょうがないでしょう。これからどうするのかを考えなければ」
「何か手があるの」
「はい。ですが、危険を伴います。ですので、ワタシ一人で――」
「わたしもついてく」
言葉は自然と出て行った。
さっき、ハルミちゃんが言ってくれたみたいに、わたしは巻き込まれただけなのかもしれない。
でも、それでも、わたしがきっかけになってしまったのは間違いないのだ。
申し訳ないという気持ちがふっと湧き上がってくる。
確かに嫌いなタイプではあった。わがままだし、何をするにしても雑だし、他人のことをバカにしてくるし……。
だからといって、消えてほしいわけじゃない。むしろ、そんな終わり方は嫌だ。
「理解不能。相手は宇宙人ですよ」
「ううん。そんなのどうでもいいの。セキアは、ほしのゆの仲間じゃない。仲間を助けるのに理由とか理屈とか必要ないよ」
「それに――」
スバル君に会わなきゃ。会って一言言ってやらなきゃ気が進まないもん。
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