第32話 ミウちゃん
「サイカ様はまず属性がドラゴンでいらっしゃいますから、それだけでもう百人力、いや千人力、いや百億万人力でいらっしゃいますわ。ルルップちゃんも中等部の頃から有名な素晴らしい戦士でして、メイちゃんも中学の頃王宮に勤めていたほどの、優れたパラディンであると聞きましたわ」
クラスメイトの1人が、サイカたちの戦闘における強みを、カリーナ先生に力説していた。
「なるほど。確かにその3人は心配なさそうだな」
「あとアリサちゃんは、先日のスイカ事件で襲い来るキラースイカを次々と倒し、学園を救ってくれたヒーローですわ」
ギャーーーーーー。認知されているーーーーーー。
全く関わりのない女子高生に覚えられるというのにも、なかなかヘビーなところがあるが、クラスメイトという少し関係が近く、でも仲がいいわけではない距離感の女子高生に認知されているということが、実は最もエネルギーを要する事案なのであった。俺は魔法のランプの中で真っ青になった。
「その事件のことは聞いているぞ。それでアリサ・シンデレラーナはどこにいる。姿が見当たらないが」
「ほらアリサ、出てきて」
ルルップが俺の机にある魔法のランプを手に取って擦った。するとランプの先からモクモクモクと紫の煙が立ち上り、中から腕を組んだ魔人の俺が出現した。下半身はゆらゆらとして、ランプに繋がっているままだ。俺は青い顔面を引きつらせながら、口からまるでそう言うことが使命であったかのように、台詞を吐き出した。
「願……願いを3つ……叶えよう………」
「あら。じゃあ私、いざというときのために秘密兵器が欲しいわ」
「サイカ!いちいち乗らない!」
「うちは超級魔法試させてほしい!習得は自分で頑張ってするけど、その前に1回だけ唱えてみたいねん!」
「メイも!大体魔法のランプって、擦った人の願いしか叶えられないんじゃなかったっけ?」
「いや……別にルルップじゃなくても……いいよ………特別サービスで………」
「ルールガバガバか!まあいいや。はい、もう自由になって。これが最後の願い」
俺はランプから解放され、自由の身を手に入れた。
「お前ら、私語をしてるとミホリー先生が怖いぞ。それで、4人は『肉班』でいいか?」
「はい。私は大丈夫です」
「私もいいですよ」
「うちも行きます」
「じゃ……じゃあ俺も……」
「あと1人、『肉班』に行けそうな者か行きたい意思のある者はいるか」
「はい!」
すると一番窓側の列の真ん中に座っていた女子高生が、右手を上げた。彼女は前髪とサイドの髪がぱっつん切り揃えられた、いわゆる姫カットの髪型をしており、その色は抹茶のような淡い黄緑だった。
「わた……わたし……先生と同じで属性狩人です………だから……わたし……行き…行きたいです………」
目をぐるぐるさせ、プツプツ汗を発しながらたじろぐ彼女は、女子高生に怯える俺のようで親近感が湧いた。
「狩人なら心強いが、そんなにビクビクしていて大丈夫なのか?特にモンスター相手となると、一瞬の躊躇で危険な状態になりうるぞ」
「人………わたしは人が苦手なだけで……モンスター相手ならやれます……大丈夫です……助けになれると思います………」
「なら君に頼もう。他に行きたい者はいるか?いないな。では『肉班』は、サイカ・ホワイトスノー、ルルップ・ベル、メイ・ド・ジャスミーナ、アリサ・シンデレラーナ、そして……」
「ミウ・シタツミです………」
「ありがとう。ミウ・シタツミを含め5人とする。もう一度言うが、この5人は明後日金曜の放課後から次の土曜の朝にかけて、学外へ『ビッグ・ピッグ』の狩猟へ行く。明日、明後日の『生物』の授業は休みになるから自由に過ごしてくれ」
それから「野菜班」「スパイス班」のメンバーも決定し、より具体的な詳細の説明がなされた後、最後にカリーナ先生から「カレー作り」の教育目的が示された。
「いいか。食べることは命をいただくことだ。それは相手がモンスターでも植物でも同じだ。この『カレー作り』という行事にあえて『生物』の授業時間を費やすのは、そのことをより強く意識してもらうためだ。もちろん楽しんでほしい。遊んでほしい。だが一方で、命について考えてほしい。そういう器用なことを、お前たちにはやってもらいたい」
やや浮かれていた教室がキュッと引き締まった。それは受動的な義務感から引き起こされる緊張ではなく、積極的希望的な心情の変化だった。カリーナ先生はただその立ち振る舞いが渋くてカッコいいだけでなく、教育者として、生徒を導く信念を燃やし続けている人でもあった。生徒はその信念を、押し付けられることなく感じ取ることで、この先生を心底信頼するのであった。
2時限目以降は「地理」「文学」「数学」と続き、昼休みになった。相も変わらずサイカとメイの周囲には大勢の熱狂的ファンが押し寄せ、ほぼ気絶した俺はルルップに担ぎ上げられているのだった。
「そうだ、今日はミウちゃんも誘ってみようよ。せっかく『カレー作り』で同じ班になったんだし」
「う……うん……」
「おーい!ミウちゃーん!お昼一緒に食べなーい!?」
ルルップの呼ぶ声に反応したミウは、ビクッと驚いて振り返った。目をぐるぐると回し、おろおろと慌てふためいている彼女の姿はやはり、女子高生に絡まれたときの俺と非常によく似ていた。
「ミウちゃん!一緒にご飯食べようよ!」
「す……すみません……わたし……わたし昼は行くところがあって………そこでいつも食べてるんですけど………」
「お友達?」
「は…はい……友達というか……友達です………」
「そっか~。じゃあその人たちと食べるよね~。ごめんね!気つかわせちゃって!」
「いや……その……」
ミウはしばらくもじもじすると、勇気を振り絞って声を上げた。
「一緒に!一緒に行きませんか!ルルップちゃんたちにも!その友達に会わせたいです!」
ミウは自分の声にまた驚き、あわわわと両手で顔を隠した。ミウの誘いを聞いたルルップは、明らかに嬉しそうな顔をして、肩の上で朦朧としている俺の耳に問いかけた。
「アリサ、ミウちゃんがこう言ってるけど、どうする?」
身体がだらんと垂れ下がったままの俺は、わずかな意識を無理やり奮い立たせ、何とか返答した。
「当然……行くでしょ……」
ルルップの顔はもちろんのこと、ミウの顔もパーッと晴れた。初めて彼女が見せた明るい表情の眩しさで、砂になってしまった俺をルルップは、持っていた水を使い泥団子のように丸めながら、ミウに1つ尋ねた。
「ミウちゃんの友達ってどんな子なの?」
「あの……私の……友…友達は……」
「友達は?」
「モ………」
「モ???」
「モンスターなんです………」
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