第25話 アタック・オブ・ザ・キラースイカ

 スイカの群れは学園中を襲い、あちこちで混乱が続いていた。休日で幼稚園児や小学生がいないというのがせめてもの救いだったが、キラースイカは女子中高生や大人たちを容赦なく攻撃し、彼女らに異変を起こしていた。


 キラースイカに噛まれた人は、怪我をするというのではなく、スイカ人間に変身してしまう。スイカ人間とは、大きなスイカから顔と手足だけを出すという風采をした者で、「ワラナイデ……ワラナイデ……」と呻き声を上げながら、ペンギンのようによちよちと学園内を徘徊した。この呪われしスイカ人間を、回復魔法で治癒しようとする動きも見られたが、一切効果は現れず、スイカ人間を戻す手立ては現状無いように思われた。


 キラースイカに立ち向かう者もいた。近接戦闘を得意とする人たちが、キラースイカに直接ぶつかっていったり、攻撃魔法を使える人たちが、遠方から仕留めようと試みていた。様々な手段でキラースイカへの応戦がなされていたのだが、キラースイカはいかなる攻撃をも通さず、反撃を食らった者たちがまた、スイカ人間にされていた。



 そんなスイカ地獄と化す学園を、俺たちはサイカの背中に乗って、上空から眺めていた。



「いやキラースイカって何!?!?噛みつかれたらスイカ人間にされるってどういうこと!?!?」



 そう困惑するルルップに続き、サイカも背中の俺たちに首を向け、状況を問いただした。



「アリサ、メイ、何があったの?」


「うちら塔の頂上で魔法の練習しててん。な、アリサ」


「そう。朝からずっと魔法の練習をしていて、何度も杖を振っていたからメイの指にマメができたんだ。それで俺が『プチーユ』でマメを治そうとしたとき、突然そこの女子高生2人が現れた」



 そのメイのファン2人は、サイカの背中の少し離れたところで、不安げに正座していた。それから2人は半分土下座をするように、両手を前につきながら、釈明を始めた。



「す…すみません……ファンクラブ内でメイ様専門雑誌を作ろうという話になっておりまして……私がその編集長に任命されておりまして………」


「私が……私がカメラマンで………」


「待ちなさい。メイの専門雑誌ですって?私のファンはそんなもの作ってくれてないわよ?」


「サイカ……!今はいいから……!」


「いきなり女子高生が現れたもんだから俺はびっくりして、杖の先がイタミヤスイカの方へ逸れちゃったんだ。それで魔法がイタミヤスイカにかかってしまった」


「でもその魔法って『プチーユ』だったんでしょ?」


「そうなんだよ、サイカ。だから俺も何であんな化け物を生むことになったのか、ワケが分からないんだ」


「待って!みんな下見て!ミホリー先生や!」



 キラースイカが荒れ狂い、スイカ人間らが彷徨う広場に、ミホリー先生が立っていた。先生は堂々と落ち着いた様子で、周囲を見渡していた。



「先生が来たならもう大丈夫じゃない!?」



 ルルップがそう言いながら、ほっと一息ついたところで、ミホリー先生は杖を振り上げた。先端に真紅の炎が灯った。




「ゴーカス」




 杖先の火炎は物凄い勢いで辺り一面に広がった。芝の広場がごうごうと燃え盛り、キラースイカの群れを焼き尽くさんとする。そんな業火の荒波が赫赫として渦巻く中、スイカ人間や逃げ遅れた人たちの前には、ちゃんと通路が用意され、炎の壁の間を縫って、順々に避難が行われていた。規格外の威力を放ちながら、精密なコントロールの乱れる気配がない、ミホリー先生の魔法の傑出は、空から見下ろす俺たちの言葉を奪い、圧巻だった。



「これで駆除できたかしら」



 業火の中心でミホリー先生が、厳格な面をさらにしかめた。どんなに微細な異常でも一切見逃さないという鋭い目を、ギロリと周囲に突き刺して、状況を見据える。


 ちょうどミホリー先生が辺り1周を見回したところで、先生の背中側から、1匹のキラースイカが飛び出してきた。炎の壁の中から現れたそのキラースイカは、身体の一部を黒く焦がしながらも、すぐに深緑との縞を修復しなおし、ミホリー先生の首筋に噛みつこうとした。



「ミポリン!危ない!」



 聞き馴染みのある声が響き渡ると、どこか高いところから木の棒が1本、先生の背後で大きな口を開くキラースイカめがけて飛んできた。木の棒はキラースイカの中心を貫き、粉々に砕け散らす。続いてその声は呪文を唱えた。




「ツナミゾーン!!!」




 俺の耳には馴染みのない呪文が叫ばれると、声のした方角から、巨大な波がどどどと押し寄せ、灼熱の広場を覆いつくした。そのまま波は、既に焼けた部分を再生させたキラースイカの一群を乗せながら、反対側にある森の方へ流れ去っていく。いったん広場からはキラースイカが消え、スイカ人間と避難した人たちが、ちらちら燃える残り火に照らされていた。




 サイカが広場に降り立ち、俺たちはミホリー先生のもとへ駆け寄った。



「ミホリー先生!」


「ルルップさん、他の皆さんも、あなたたち大丈夫でしたか?」



 ミホリー先生は俺たちの無事に少し安心した様子を見せ、それから後ろを振り返った。すると振り返った背後から、何者かが先生に飛びつき、ギューーっと先生を抱きしめた。彼女は先ほどの声の主で、俺はこの水色とピンクの髪を知っていた。



「ミポリーン!危なかった~!大丈夫?ケガはない?」


「ユイ!!生徒の前でミポリンはやめてって言ってるでしょ!!それにあなたの助けがなくたって、後ろのスイカには気づいていました」


「またまた~」



 ユイ先生はミホリー先生の頬を指でつんつんし、より一層怒らせていた。俺はサイカたちに彼女が勇者学の先生であることを説明し、それからまだ戯れている先生たちに、これまでの経緯を伝えた。



「なるほど……回復魔法の暴走か……ミポリン、これは厄介ね」


「ええ。おそらく性質の変わったアリサさんの『プチーユ』が、イタミヤスイカに半永久的にかかっている状態なんだと考えられます。それがなぜ次々と怪物を生むことになるのかは分かりかねますが、回復魔法が常にかかっている状態であるから、どれだけ攻撃を与えてもすぐに再生できてしまうのだと思います」


「不死身のスイカってことですね………先生、何か対処法はないんですか?」


「サイカさん、私たちもこのような状況は初めてなんです。だから正直どうキラースイカを処分していけばよいのか、まるで分かりません」


「ミポリン、問題はキラースイカだけじゃないわ。スイカ人間になってしまった子たちを元に戻す方法も考えないといけない」


「回復魔法ではダメだったの?」


「うん。ここに来る途中、色んな子に色んな回復魔法を試してみたけれど、どれも効果がなかったわ」


「かなりまずい状況ね………」



 えらいことをしてしまった、と思った。まさか俺の発作がここまで事態を大きくするとは思ってもみなかった。ただ女子高生が怖いだけの俺が、スイカの化け物を生み出し、学園中を危機に陥れることになるなんて………



「アリサ、これは事故だからね」



 ルルップが俺の両手を握ってそう言った。その体温だけじゃないぬくもりに、手先から溶けて消えてしまいそうだったが、今は溶けている場合じゃないので、意識をルルップの背後に逸らした。本当はルルップの優しい顔が見たかった。



「私の暴走はアリサたちが止めてくれた。次は私がアリサを助ける番。私はアリサの味方だよ。」



 涙が出そうな言葉をかけてくれるルルップは、左手の拳を固く握り、俺の右肩の上、右耳の横の空間へ、鋭くパンチを打ち込んだ。グシャッという音と共に、赤くて甘い汁が飛び散り、俺を狙ったキラースイカが、砕けて俺と地面を汚した。しかしすぐさまその破片は、奇妙にずるずる集まり出し、立体パズルを作るみたいに、勝手に合体し始めた。



「ルルップ!危ない!」



 俺が見つけたのは、ルルップの後ろから飛びついてきた別のキラースイカで、俺もルルップ同様、彼女の左耳の真横のスペースへ、一発の鉄拳を制裁した。またも汚く鳴ったキラースイカの潰れる音は、ルルップの肩周りをベタベタにしながら、芝生の床へと落下した。俺が割ったスイカの破片も、再生するのを警戒されたが、それらは一切動きを見せず、傷み始めて消えていった。



「あれ?再生しない?」



 パーカーを脱ぎながらルルップがそう呟いた瞬間、俺の横で復活したスイカがまた飛びかかって来た。俺は右肘を突き立てて、思いっきりそいつを粉砕した。再度粉々になったキラースイカは、やはり二度と蘇らず、じわじわと腐敗していき、跡形もなくなった。




 この一連を見たユイ先生が、ニヤリ笑みを浮かべた。




「アリサさん、どうやら問題解決のカギはあなたのようです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る