第24話 おむすびころりん

 時刻は正午を回り、休日でも料理をするのは面倒くさい、てか食堂があるんだから行ったらいいじゃないというタイプの女子中高生が、もしくは食堂で友達や先輩後輩と食事をすることに、大きな幸福を感じるタイプの女子中高生が、殺到していた。それを塔の上から眺める俺とメイは、未だそれぞれが課題としている魔法を習得できずにいた。




 俺はメイに色々教えてもらいながら、「プチーユ」の練習をするのだが、なかなかイタミヤスイカの傷んだ箇所は回復しない。メイも冷静になろうとして、合間に瞑想などをするのだが、冷静になろうとすればするほど焦りが出てきてしまうらしく、やはり「コチール」は成功しない。俺たちは行き詰っていた。



「あかーん!ちょっと休憩しよか!」



 練習の疲れに加え、お腹も空いてきていたので、俺とメイは休憩をとることにした。




「ほらこれ、おにぎり握って来てん。ちょっと多めに持ってきたから、食べ食べ」



 メイがオニギリヲツツムタメニダケという竹の皮でできた包みを開くと、純白と金色の入り混じったゴージャスなおにぎりが中から姿を現した。白い米は炊くときに釜からゲラゲラ笑い声が聞こえてくるという、「ワライコメ」と呼ばれる種類の米であり、金色の米はその名の通り金色であることが特徴の、「キンシャリ」と呼ばれる米であった。


 メイは既に女子高生というより友達というのが適切なので、普通に喋る分にはまだ平気だった。しかし女子高生が握ったおにぎりという、きわめて畏れ多いものについては話が別で、俺はその豪華絢爛たる輝きから身を隠すように、ダンゴムシみたく体をギュッと丸め、ほぼ球体の物体に成り果ててしまった。そして転がり出してしまった。




ごろごろごろ~




「アリサ!?しもた!クッキーがあかんかったら、おにぎりもあかんか!」



 メイは既に俺の発作について、理解を深めているようだった。理解されてしまっているのも、それはそれで恥ずかしかった。それでも俺はビリヤードボールのように、壁にぶつかれば跳ね返りながら、塔の頂上を縦横無尽に転がり続けるしかなかった。



「助けてごろ~!止めてごろ~!」


「変な語尾まで付いてしもてるし!待ってや!止めたるから!」



 メイはパラディンの体格を活かし、身体で俺を受け止めようとした。しかし俺の転がるスピードは存外速く、捕らえることができなかった。



「あかん。速いな」


「メイ~!目が回るごろ~!気持ち悪くなってきたごろ~!」


「ごめん!我慢してや!でもどうしよか………」


「魔法ごろ!!魔法を使うごろ~!!」



 吐き気を催しつつもなお、転がり回ることをやめられない俺は、昨日暴走機関車になった際、アイリンさんに「コチール」で止めてもらったことを思い出した。



「コチール!!コチールごろ!!俺を凍らせるごろ~!!」



 即座に杖を手に取ったメイが「コチール」と唱えた。先ほどまでは青白い靄が、杖のまわりを漂うだけだったが、今度はその漏れ出した魔力が確かに線状の形をなして、杖の先から正確に、転がる俺を射抜くのだった。




カチーンコチーン




 俺は氷漬けにされ、動きは止められた。メイの「コチール」は成功したのだった。氷塊に封じられた俺を見つめるメイの表情が、とても嬉しそうで、俺は凍らされた甲斐があったと、紫色の唇を微笑ませた。




「なんで成功したんやろ?うち今そんな冷静やったか?」



 氷から解放された俺に、メイは疑問を口にした。俺たちはおにぎりを食べていた。



「もしかしたらメイは、緊急事態のときこそ冷静になれるタイプなのかも」


「あ~。なるほどな~。確かにそうかも。王宮で働いてたときも、実戦のときの方が上手くやれてた気ぃするわ」


「それも含めて本当はパラディンの天才なんだろうね……あれ…そのマメ………」



 メイの親指の内側に、大きなマメができていた。だからメイはそこが当たらないよう、おにぎりを変な持ち方で食べていたのだった。メイが「コチール」を唱えられたのは、ただ非常事態に冷静になれたからだけでなく、それまでに何度も杖を振って鍛錬を重ねていたからであることを、そのマメが物語っていた。



「ああ、これは気にせんといて。杖振ってたらマメもできるわ」


「痛くないの?」


「ちょっと痛いけど大したことないで…………せや!アリサ!『プチーユ』かけてや!」



 メイはひらめきの高揚を見せ、俺の鼻先へ指を伸ばした。



「さっきも言ったけど、『プチーユ』で一番大切なのは、相手の傷やダメージを治してあげたいっていう思いやねん。やからイタミヤスイカは、すぐ傷んで回復の余地を何回も作れる反面、治してあげたいっていう思いにさせにくくて、意外と初心者向きじゃなかったりすんねんな。まぁそれでも人とか動物に何回も傷作らすわけにはいかんから、イタミヤスイカを使って練習するしかないねんけど」


「じゃあそのマメは、回復魔法の練習にちょうどいいってこと!?」


「なんかケガのことやから言い方にちょっと角立ってるけど………まあそういうことやな!よっしゃ!やってみ!」



 俺はそばに置いてあった杖を持ち、メイのマメへ先端を向けた。そして「プチーユ」と唱えた。すると従来のように、緑の光がもやもやと杖の辺りに湧き起って、従来とは違いその光が、メイのマメへと伸び始めた。



「いけそう!いけそうやん!」


「うん!」



 俺の魔力が癒しの力を得て、メイのマメに触れようとしたとき、梯子の方から知らない声が、2つ聞こえてきた。



「いた!いました!メイ様です!」


「撮らなきゃ!私服姿のメイ様!プライベートのメイ様!撮影しなきゃ!」



 声の主は、メイのファンである女子高生だった。片方は、画像を記録する魔法が込められた透明の水晶に、様々な部品が取り付けられたカメラのような機材を持っている。休日のメイを撮影しようと、学園中を探し回っていたようだった。



「ギャーー!!!!!ビックリしたーーー!!!!!」



 急な女子高生の登場に、俺は平静を失った。明後日の方向に杖がブレて、メイの指から魔法が離れる。その魔法は、緑の中にどす黒い影を帯び、明らかにその性質を変えながら、イタミヤスイカの方向へ飛んで行った。




「キャキャキャキャキャキャ」




 魔法を受けたイタミヤスイカは、謎の笑い声を上げながら、まるまる人を隠せるくらいの大きさに膨張した。中央には裂けた口が現れ、そこから種を飛ばすように、小さなスイカが次々と、四方八方に噴出される。噴出されたスイカにもまた、大きな口が付いていて、学園中へ解き放たれたキラースイカの大群は、お昼を楽しむ女子中高生らをパニックに陥れた。



「キャキャキャキャキャキャ」


「何これ!?気持ち悪い!」


「キャキャキャキャキャキャ」


「痛い!噛まれた!」


「キャキャキャキャキャキャ」


「逃げて!速く!」


「キャキャキャキャキャキャ」


「攻撃が効かない!?何なのコイツら!?」




「なんやこれ!?アリサ何したん!?」


「分からないよ!『プチーユ』をかけてたはずなのに!」



 母体である巨大スイカは一通りの噴出を止めると、梯子のところで恐怖に固まるメイのファンに気づいてしまった。



「やばいで!あの子ら襲われる!」



「コチール!!!」とメイは叫び、巨大スイカへ魔法をかけた。魔法は今度も成功し、矢のように冷気の光線が巨大スイカを突き刺した。しかし、巨大スイカは一瞬凍てつく様子を見せたものの、すぐに魔法を解除して再び動き出してしまった。



「あかん!全然効かへんやん!」



そしてすぐさま巨大スイカは、メイのファンへと襲いかかる。



「あかんって!速く逃げて!」




 その時、塔の下から急上昇してきた巨大なドラゴンが、梯子近くの2人をさらい、快晴の大空を舞った。その白く壮麗な背中では、オレンジ色のパーカーもはためいていた。



「ルルップ!見て!アリサとメイがいるわ!」


「待って!じゃあこのスイカの群れ!アリサの暴走のせいなんじゃない!?!?」


「そうね!絶対そうよ!」



 俺はまだ何も言っていなかった。このスイカ軍団が俺のせいだなんて、誰も一言も言っていなかった。それでも太陽を背に、大空を羽ばたくサイカとルルップは、パニックの原因が俺であると一方的に決めつけて、それは見事に正解していたのだった。

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