第14話 あたいの目標

何者が、勇者たるか



 さっき聞いた3人の答えに、間違いがあるとは思わなかった。その一方で、3人の答えが決定的な正解であるというふうにも思えなかった。とはいえ、RPGの勇者しか知らない俺に、この問いの答えを出すのは容易ではない。何せRPGでの勇者は、予めそう設定されているか、周りのキャラクターがそう囃し立ててくれるだけのものであるからだ。



 勇者について熟慮しなければならない。しかしルルップのこともまだ気になる。ヒメカの怪我の件もまだ片付いていない。早めに寮に帰った俺は、ベッドの上で外を眺めながら、何もできず、ひたすらに悶々としていた。



 6限が終わる頃になると、学園は夕陽でオレンジに染まり、その温かい色彩とやや肌寒い気温のギャップが、懐かしさと物寂しさとを、併せて思い起こさせる。窓の外では1日の授業を終えた学生たちが、寮に帰って休もうとしたり、更なる活動に興じようとしたり、各々自由に動き回っていた。



 ぼーっとそんな光景を眺めていると、俺は雑踏の中にヒメカを確認した。ヒメカは布に巻かれた長い何かを背に担ぎ、目つきの悪い女と並んで歩いていた。その女は制服の上に、紫のスカジャンを羽織っていて、肩ぐらいまでの黒髪には、水色のカチューシャが乗せられていた。彼女もまた中等部の生徒らしかった。



 その時個室のドアを叩く音が聞こえ、開けるとリトスが立っていた。リトスは息切れをし、小さく震えていた。



「ヒメカが……怖い人に……しかも持ってたのって…………」



 嫌な予感がした。



「本物の刀かも………」



 止めなければならない、と思った。ヒメカとスカジャンの女子中学生が何をしようとしているのか、はっきりとは分からないが、絶対に止めなければならないと直感が俺に命令し、体を動かした。

 廊下にはまだヒメカのバットが転がっていたので、俺はそれを拾って206号室を飛び出した。



「リトス!危ないかもしれないから来ちゃダメだよ!ヒメカは絶対無事に連れて帰るから、安心して夕ご飯でも作ってて!!」



 俺はバット片手に全力で廊下を走った。廊下を走り、階段を降り、また走り、エントランスホールへ差し掛かったところで、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。



「アリサ!?何そんな走ってんの!?てかそのバット、ヒメカのじゃない!!?」



 俺は答える余裕も、振り向く余裕もなかった。しかし声の主は自分からこちらの方へ走ってきて、俺の横に並んだ。ルルップだった。



「何でアリサがヒメカのバット持ってるの!?どこに走ってるの!?」


「ヒメカが刀を持って、知らないスカジャンの女子中学生と移動してたんだ!そもそもヒメカ、昨日怪我して帰って来てて!!」


「待って!それ、ナナじゃ…………」


「ナナ!?知ってるの!?」


「一昨年、私が暴走したときに大怪我させた子よ!今中等部3年生!」


「中等部3年!!本当にその子かも!!でも何でその子がヒメカに!?」


「心当たりはあるわ!!こっちよ!!」



 寮から外に出て、さっきヒメカがいた道を通り過ぎようとしていた俺たちは、ルルップが予測した場所、武道場の裏へと猛ダッシュで走った。だいだい色に輝く空に、雨雲が漂い始めていた。




------------------------------------------------------------------------------------------------


 あたい、ヒメカ・ユウサイは昨日の6限目「近接戦闘基礎」で、目つきのわりぃスカジャンの先輩と竹刀で打ち合いすることになった。いくら2個上の先輩だからって、あたいは負けるわけにはいかねえ。なぜならあたいの目標は、リスペクトする同郷の先輩、ルルップの姉御に並べる戦士になることだからだ。だからこんな中坊に負けてる場合じゃねえ。それにこの女の、ガンを飛ばしてくる態度も気に入らねえ。授業の打ち合いだろうがなんだろうが、ぶっ倒してやろうと思った。


 しかしこの女、なかなかのやり手でいやがった。もしくはあたいがまだまだ未熟だった。それほどパワーがあるわけじゃねえが、刀の捌き方が上手く、隙をほとんど見出せねえ。あたいは何発も食らわされ、おされていった。



「ちくしょう!!!負けてたまるかよ!!!」


「お前まだ中一だろ?勝てなくて当たり前じゃん」


「うるせぇぞ!!!ルルップの姉御に並ぶのに、こんなとこで負けてるわけにはいかねえんだよ!!!」


「は?ルルップ?」



 あいつは姉御の名前に反応し、竹刀を打つのをやめた。かと思うと竹刀を真っ直ぐに突き付けてきて、あたいの顔面スレスレで止めた。



「お前、ルルップの何なの?」


「あたいは姉御の妹分だ。同じ故郷で生まれ育ち、戦士としてあの人に並ぶことを目標としている」


「………………」



あいつは少し間を空けた後、明らかにイラついた顔になり、舌打ちをした。



「お前、あいつが戦士だと思ってんの?」


「世界一立派な戦士だ」


「お前馬鹿か?あいつはただのイカれた化けモンだぞ?」


「はぁ?」



何だこのアマ?てめぇが姉御の何を知ってんだ?



「てめぇ、姉御を馬鹿にする奴は許さねえぞ。ぶっ潰す」


「ウチもなんかお前ムカつくわ。ガチで。授業終わったら武道場の裏来いよ。ボコしてやるから」



 あたいらは放課後になるとすぐに、武道場の裏へ行った。金魚の糞みてぇなあいつの取り巻きも、ノコノコ着いて来やがった。そいつらが馬鹿にした目をあたいに向け、ブサイクな笑みを浮かべる中、あたいらはステゴロでタイマンを張った。あたいはコテンパンにされた。



「ウチの属性『盗賊』だぜ?戦士が素手で負けんなよ」


「………………取り消せ………姉御を馬鹿にしたこと………取り消せ………」


「お前負けてんだろ。それにあの女がバケモノなのは本当のことだ」


「………………取り消せ……!」


「お前は何も知らないだろうが!!!!!」



突然大声で叫び出したあいつに、あたいは少しひるんでしまった。



「そもそもお前雑魚すぎなんだよ。そんなんであの女に並べるわけねえだろ」





怒りより、悔しさが勝った。





 ルルップの姉御に遠く及ばないことは、あたいが一番知っていた。地面に這いつくばるあたいの目から、涙がこぼれてきた。この涙がまた、あたいが弱いことを裏付けているようで嫌だった。



「泣くなや。じゃあな」


「待て」


「は?しつこいぞ」


「待て!!!」



 あたいは立ち上がった。



「明日もう一度ここで、お互いの1番得意な武器で勝負だ。あたいは太刀でいく」


「やめとけよ。お前さっき竹刀でもボロ負けだったじゃねぇか。武器で斬られるっつうのは半端な苦痛じゃねぇぞ」


「………………」


「チッ、腹立つ目だな。そんなあの女が好きか?あの女はウチを半殺しにしたクソだぞ」


「あたいはあたいの思う姉御を信じる。今は目標の人だ。そして姉御に並ぶには、ここで死んでも引いちゃ駄目だ」


「マジでキモすぎだろお前。分かったよ。明日半殺しにしてやる。ウチは短剣の二刀流だ」





 そうしてあたいらは今、それぞれの武器を構えて相対している。あたいは両手で太刀を握り、上方へ剣先を向けて構える。肩幅より広く脚を開き、腰を深く落とした。反対側にいるあの女は、両手に1本ずつの短剣を、どちらも逆手で持っている。右の手足を前に伸ばし、左を引いて構えていた。その後ろにはあいも変わらず、しょうもなさそうな取り巻きが、数人群れて立っていた。


 静寂の中でお互いが、瞳孔・角膜を凝視し合う。頭上に広がる夕刻の大空では、にび色のぶ厚い雲が浮かび、夕日と色が溶け合うことで、鮮やかにピンクがかっている。そこから1つ目の水滴が、大地にグッと引っ張られ、地上に当たってはじけたときに、2人の足が動きだした。



「おらあぁぁぁぁあ!!!!!」



 あたいが声を張り上げて走るのに対し、相手は無言のまま軽やかに近づいて来た。間合いに入ってこられる前に、あたいは横に太刀を振りぬく。身軽な相手は跳躍でそれを躱し、空中で身体をねじった反動を利用して、あたいの顔面に蹴りを入れた。あたいは背中側へ飛ばされて、雨をあまり吸い込まないので水が溜まった煉瓦の床に、しぶきを上げて倒された。起き上がると目の前ではもう、相手が次の攻撃に入っていて、左手の短剣があたいの右脇腹に鋭く速く接近していた。この攻撃はかわせない。角度が悪くて追いつかないから、太刀で防ぐこともできない。あたいは斬られる覚悟をした。




ガキィィィィィン!!!!!




 鉄と鉄のぶつかり合う音が激しく響き渡る。あたいの右脇腹に切り傷はなく、当然痛みもない。攻撃は防がれた。あたいの右脇腹と短剣との間には、金属バットが頭をのぞかせ、「愛羅武勇」が刻まれていた。




「何をしてんだ、お前たちは!!!」




そう叫んだのは、アリサの姉貴だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る