第11話 VS女子高生じゃない人
ルルップのことも気になるし、授業初日からほぼ2コマを欠席してしまった。問題が1つだけならば、まだ思考をクリアにさせたまま何とか前向きに動けるものだが、複数の問題が重なると急に脳内がごちゃごちゃしてきて、どっと疲れて果ててしまう。そんな疲労と共に保健室を出て、寮に帰ろうとした道中、剣術のアチーナ先生に鉢合わせた。
「おお!君は5限で爆発して運ばれていった伸びしろじゃないか!どうやら怪我は治ったようだな!よし!これから補講を行おう!まだ私はお前の伸びしろを見れていない!補講で伸びしろを見せてくれ!そしたら、5限目を『早退』から『出席』に直してやれるぞ!さあ!今すぐ闘技場へ行こう!」
「ええっ!?今からですか!?」
躊躇する俺には目もくれず、アチーナ先生は闘技場へすぐ走り出した。
「何で走りなんですか……」
と言いつつも結局俺は、出席のために走って着いていくしかないのだった。
「さあ、伸びしろ!竹刀を持て!私と打ち合いをするぞ!手加減はするから安心してお前の伸びしろを見せてくれ!」
闘技場に着くと、すぐさまアチーナ先生は俺に竹刀を渡し、補講が始まった。既にくたくただった俺だが、周囲に1人も女子高生がいない分、5限のときよりよっぽど集中することができた。
「さあ!行くぞ!」
そう言ってアチーナ先生は、こちらに向かって打ちかかってきた。昼間は全く体が動かず、何もできないまま、ただ爆発していただけの俺だったが、今は自分でも驚くほどに、先生のモーションを認識できる。やはり相手が女子高生であるかないかとで、全く違うのだ。目線、姿勢、竹刀の向き、先生の体格やスピード等、細かなところまであらゆる要素を瞬時に見抜くことができ、しかも身体がちゃんと反応し、受け止めてくれる。手加減をしてくれているとはいえ、初めて竹刀を振っている俺は、先生の剣戟にちゃんと順応していた。
「おう!しっかり反応できているじゃないか!ならばもう少し強度を上げるぞ!」
先生の攻めに勢いが増す。それでもある程度の余裕をもって、それらを受け止めることができる。そうして受け止めていくうちに、どんどん先生の太刀筋が、鋭く速くなっていく。パワーも増してきた。だがそれでも、俺は受け止めることができる。
「お前!相当腕利きの伸びしろだな!よし、私の攻めを受け止めるだけでなく、私に攻撃を当ててみろ!一太刀でも私にくらわすことができたら、5限だけでなく6限の『出席』もくれてやるぞ!」
そんな勝手なことをして大丈夫なのかと懸念しつつも、午後の授業をほっぽかしたことがチャラになるのは有難い。俺は引き続き先生の連撃に耐えながら、攻撃の機会を伺う。しかし、猛烈な打ち込みの間隙を縫い、何度か反撃を試みるのだが、どれも簡単にはじかれてしまう。そう、俺はこの人の攻撃を受け止めることはできても、この人に一太刀浴びせることができない。この人には全く隙がないのだ。次第に受け止めることについても、ゆとりがなくなってくる。
「どうだ伸びしろ!簡単じゃないだろ!私に一撃当てるのは!」
「先生…!隙…!なさすぎです…!」
「当然だ!やすやすと隙を見せるわけがないだろう!私は剣術教師である前に、一流の女戦士だからな!」
「そんな人に…!初心者が…!」
「当てるんだ!無理なことなどない!お前の伸びしろはそんなものではないんだ!」
「本当ですか…俺ただの…女子高せ…」
カクン
自分が発した「女子高生」という言葉に反応した俺の膝が、俄かに崩れ落ちた。上半身の姿勢は保ったまま、視線がすとんと下へ落ちる。予備動作の一切ない不意の落下であったため、竹刀を伸ばした先生の、右脇より少し下のスペースに、ごくわずかな隙が生じた。
「せいっ!」
俺の竹刀は隙のできた箇所を的確に打ち、俺は「出席」を獲得した。
「凄い…………」
アチーナ先生は薄く汗をかきながら、右脇の辺りを軽く触れて、ボソッとそう呟いた。そして汗だくで息が乱れたままの俺の手をギュッと握り、満開の笑顔を浮かべた。
「凄い!凄い伸びしろだ!私に一撃当てられる女子高生などそうそういないぞ!既に実力十分!しかしまだ伸びしろもたくさんある!アリサ・シンデレラ―ナ!お前は勇者になれ!それだけの伸びしろがお前にはある!」
「勇者……?ですか……?」
その後アチーナ先生に、選択科目「勇者学」の教室や先生を教えてもらい、ようやく俺は寮へ戻った。自分の属性やこの世界における「勇者」というものについて、色々考えたいしその必要があったのだが、へとへとに疲れ切った俺の脳みそは、明日の「勇者学」まで持ち越すことにした。
「おかえりなさいやせ!姉貴!」
206号室に帰ってくると、ヒメカが玄関で出迎えてくれた。しかし、ヒメカは全身を包帯で巻き、ガーゼを当て、あらゆる箇所を怪我した様子だった。
「どうしたのヒメカ!?何があった!?」
「大したことねぇっすよ。それより鞄持ちます!」
「ケガ人に持たせられるわけないでしょ!本当に大丈夫なの?」
「全然ヨユーっすよ!姉貴に心配かけるとは、あたいもまだまだっすねぇ」
「大丈夫ならいいけど……あんまり無茶しないでよ?」
「うっす!」
そうしてヒメカは自分の部屋に入っていった。すると居間からリトスが、物凄く心配そうな面持ちで姿を現した。俺は顔を緩め、視線をリトスの高さに合わせ、ヒメカのことを尋ねた。
「リトス、ヒメカのこと何か知らない?」
「知らないの……6限までは何ともなかったのに……わたしが先に寮に帰って……しばらくしたらヒメカが包帯で帰って来て……その間に何かあったかも………心配……」
「心配だよね。明日保健室の先生にヒメカのこと聞いてみるよ。だから今日はもうヒメカに怪我のこと聞くのやめよっか。もしかしたら言いたくない事情があるのかもしれないしね」
「うん……それがいいかも……」
そう言ってリトスも自分の部屋へ帰っていったので、俺も自分の部屋に入り、鞄を捨て、ベッドに寝転がった。
心も体も限界まで酷使した一日だった。女子高生の集団に混じることで精神をすり減らされ、目を潰したり爆発すれば体力も失われる。さらに今日はアチーナ先生との打ち合いもあった。
そして気掛かりなことがいくつもあった。早退や欠席の問題は有難いことに解決したけれど。まず、ルルップはなぜ剣術の授業に参加しなかったのか。あの背中はどのような過去から醸成されたものなのか。勇者について。まだ明らかでない俺の属性にも、関係することのような気がする。ヒメカの怪我は何が原因なのか。6限の後、彼女に何があったのか。
あれこれ悩むことができたのは一瞬で、俺はすぐ眠りに落ちた。
そして3日目の朝が来た!部屋に差し込むは清々しき朝日!チュンチュンと鳴るは小鳥のさえずり!目覚めた人が立てるノイズの、一切聞こえてこない静けさ!これから数多の生き物の、生活に汚されていく前に、いったん世界がさっぱりと、シャワーを浴びた後みたいだ!
そんな時間に俺を目覚めさせたのは、心地いい日差しでも、可愛らしい鳴き声でもなく、自分の身体から発された、くっせぇくっせぇ異臭だった。風呂入るの忘れた!
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