第26話 【後の祭り】
「グルアアアアアアアアアアッ!!!」
一瞬でも攻撃が通ったことに対して、希望を見出した我々が愚かだった。
弱いドラゴンなら一網打尽にできる、そういう前評判だったが――
あくまでも人間にとって
「来るぞっ!!! 総員構えろ!!!」
「はい! 魔力障壁展開――」
それを実感するまで、私は高を括っていたのだ。魔術は人間の叡智、人々が積み重ねてきた歴史の具現が敗北するわけないだろうと。
しかしどれだけ人間が知恵を重ねても、敵わない存在というものはある。自惚れていると忘れがちになることだ。
「ぎゃあああああああ……!!! 熱いっ、熱いっ……!!!」
「ひ、ひ、怯むなぁっ!!! すぐに水魔法を使うんだ!!!」
炎に身体を燃やされ、私すらも動転してしまう。もはや我々も自己保身に走り、自分達の安全を確保するのだけで精一杯になってしまった。
――そして、気が狂って攻撃に出る者や、恐怖に耐え兼ねて逃げ出す者が、その者に蹂躙されていくのを見届けていく間に――
彼は屋敷を飛び去っていき、人間達に残されたのは崩れ落ちていく屋敷だけ。私はルーファウスに対して怒りが収まらなかった。
「貴様っ!!! ルーファウス陛下に何をされる!!!」
「黙っとれセオドア!!! この阿呆の狼狽を見過ごしていた時点で、貴様も同罪だ!!!」
「は……え?」
攻撃を受けて確信した。あれは数あるドラゴンの中でも、もっとも遭遇する可能性の低い、偉大なる高みの存在。
「マクシミリアンの王子よ……仮にも次に王になる者が、何故あれを野放しにしていた!!! 防護魔術は機能していなかったのか!!!」
「……えっ、えっと……」
マクシミリアンでそれと言ったら、考えられる可能性は一つしかない。
「……どういうこと? 僕何も知らないよ?」
「……は」
嘘だろ。ここに来て冗談はやめてくれ。
でも口角を上げて微笑む様からは、本当に何も知らないでいて、何とか誤魔化そうとするのが伝わってきた。
ああ……何かもう疲れた。こいつ人じゃないわ。だったら踏み付けて尻に敷いてもいいよね。
「うげえ゛っ……!!!」
「……なんてことだ。マクシミリアンの没落がこれほどまでだったとは……」
「世界創世後、遍く生命を喰らい尽くそうとした『恐ろしいもの』。それは十柱の『竜帝』によって打ち倒された――」
「あれはその『竜帝』の一柱だ――世界の存続を願う邪な心から生まれた、『邪竜帝』――」
静まり返った屋敷の中で、私の言葉だけが明瞭に響く。あえて聞かせるように話したのだ。
視界に入っていて動いている者達は、『邪竜帝』という言葉を聞いて、一様にざわつく。ここに来ている時点で、それについての教養は学んでいるも当然。
世界創世についての話なら、子供でも知っていることだ。そのような存在と我々は対峙していたのだぞ――
「うっ……うううううううっ……!!!」
「……うおおおおおおおおおっ!!!」
突然、尻に敷いていたルーファウスが雄叫びを上げ、そして身体を勢いよく起こした。
恐らく上に座っていた私を排除しようとした動きなのだろう。思わぬ行為に私は力が入れられず、強制的に弾き飛ばされてしまった。
「わっ……わわわっ!! 急に起き上がるな!! 階段から落ちる所だったぞ!!」
「うっせー勝手に座るそっちが悪いんだろうが!!!」
それは一理ある……じゃない!!! 今はどう考えたって、仮にもマクシミリアンの代表であるお前の責任だろうが!!!
「見ろよこの姿!!! せっかく仕立ててもらった服が、燃やされ焦がされ嘔吐物でぐちゃぐちゃだ!!! 僕は哀れな被害者だ!!!」
「ああ確かに哀れだな!!! 被害者ではなく愚かな為政者の末路としてな!!!」
こんな時にまで自分の無罪を主張するのか!? どこまで自己中心的なんだ!?
「僕のどこが愚かだってんだよぉー!? お前さっきから『竜帝』がどうのこうの言ってるけど、それが僕と何の関係があるんだ!? 何も知らないんだって僕は!!!」
――ああ、今日は真顔になったり騒ぎ立てたり、本当に忙しい日だ。
呆れという感情が一切出てこない。それをぶちまけるだけのエネルギーは、先程生き延びる為に使い果たしてしまったよ。
「……確認しておくが、まさか『竜帝』という言葉すらも、初耳なわけではあるまい?」
「それは知ってるよ! ちゃんと勉強してきたもんね! 世界を救ったすっげードラゴンのことでしょ?」
勉強していると言った割には説明が曖昧すぎる。恐らくこいつの知能ではその程度にしか解釈できなかったのだろう。
「ならば本当に理解できていないのは……マクシミリアンと『邪竜帝』の関係性だけ、ということか……」
「さっきから何度も言っているだろ!? 僕は
「なっ!!!」
も、もう駄目だマクシミリアン。滅亡の一途を辿っている。こいつの父親である先代国王は、人柄もよく民からの信頼も厚い男だったが――
そいつが教えなかっただと!? 有り得るのかそんなこと!? いや――彼すらも知らないということは、遥か昔から――!!!
「……いいだろう。マクシミリアンと『邪竜帝』の関係、丁寧に教えてやる。その身に背負った罪が如何程のものか実感するようにな」
私がこれから伝えるのは、祖国『クレステル』に伝わる歴史書の内容をそのまま抜粋してきたもの。当事者ではない者が書き連ねた遥か昔の記述だ、主観が混じっており事実の相違はあるに決まっている。
故に当事者であるマクシミリアンにある歴史書なら、正しい当時の内容が残されていると踏んでいたのだが――当事者が最も歴史を残すことを放棄していたとは思わなんだ――
「『竜帝』達と『恐ろしいもの』の戦いが終わった後、世界に生きる者達が集い、彼らに対する扱いをどうするか話し合った……その中でもマクシミリアンが名乗り出て、『邪竜帝』を自分達の手で封印すると申し出たのだ」
「曰く、『邪』と名乗っているからには、害を為す存在でしかないと。我々の魔術でなら奴を封印することができると。その後もしっかり子孫に伝えて封印を存続してくと。それが世界の為であると……」
「当時のクレステルの歴史家が言うには、それが熟考した上での結論かどうか尋ねても、大丈夫だとか安心してほしいとかの一点張りだったらしい……誰が何を言おうともマクシミリアンは聞く耳を持たず、『邪竜帝』の封印を強行したそうだ」
「私は今まで、マクシミリアンにした質問というのは、彼らを貶める為のでっち上げだと思っていたんだ……でも違った。お前の態度を見るに、どうやら記述は間違っていなかったようだな、ルーファウス!!!!!」
「……うっ、う゛っ、ううううううううううう゛う゛う゛……!!!」
「う゛わ゛あ゛ああああああああああん!!!!!!!」
これで思い知ったろう、と思ってルーファウスの方を振り向いた途端、彼は号泣した。
大人なら恥を忍んで人前ではしない泣き方だ。両足を投げ出し腕をだらりとぶら下げて、涙を止めるつもりもない子供の泣き方。
本当に辛いんだぞ、意味がわからないんだぞということを知らしめる為の、自分中心の泣き方。
「知らねえ゛えええーーー!!! 知らねえ゛よぉ!!! 今になってぞんなごど言われだって、知らないーーー!!!!!」
「僕何も悪くないもん!!! 無罪だもん!!! だって知らながっだんだがら!!! パパもママもじいちゃんもばあちゃんも、みーんなぞんなごどおぢえでぐれながっだんだよぉぉぉぉぉぉぉ゛!!!」
「僕を悪者扱いするなあ゛ーーーーー!!! お前は世界で一番のクズだぁーーーーー!!! わ゛ーーーーーーーん!!!!!」
次第に両足は地面を何度も蹴り、手も拳を握ってバタバタさせる。『邪竜帝』と遭遇したことより、こいつの存在が一番の幻覚なんじゃないかと思えてしまった。
まるで子供のような泣き方に主張――
「う゛っ……!!!」
突然私は背後から刺された。的確に心臓を貫く、殺意を固めた刺し方だった。
「……ルーファウス様!!! そうです、ここにいる連中は全員クズです!!! クズに生きる価値はないので、殺してしまいましょう!!!」
「そもそもサリアがいなければ、こんなことにはならなかった!!! よって一番の元凶はサリアです!!! 今すぐマクシミリアンに戻り、奴を捜索させた上で処刑しましょう!!!」
「そ……そうだなセオドア!!! ああ、お前はよく僕を理解してくれている……!!!」
「殺せーーー!!! 使用人共、ここにいる連中殺せーーー!!! そうしたらお前らも死ねーーーーー!!!」
「その罪は全部サリアに擦り付ける!!! 人殺しのサリアめ!!! あいつは僕を悉く侮辱したんだ、死んで償ってもらうぞ――!!!!!」
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