第25話 【ある外交官の証言】

 さて……私は北の国『クレステル』の外交官だ。国王陛下の代わりとして、マクシミリアン王国ルーファウス王子の即位記念パーティへと出席している。



 が、このマクシミリアンという国。私の中では評価が低い。というのも外交上で自国との取引を持ちかけても、大抵の場合話を聞きもせずに一蹴するからだ。




 大丈夫ですからというのが決まり文句――そう言う所は全然大丈夫ではない。これは私の経験則だ。何だか国の汚点がバレたくないから、外交を制限しているようにしか思えないのだ。



 現にパーティなどという都合のいい時にだけこうして人を呼んでいるわけだし。まあ、貴重なチャンスだと捉えてしまえばいいだけの話だがね……








「――ご来賓の皆様! 今日はこのルーファウス・フォン・マクシミリアンの即位直前パーティにいらしていただき、誠に感謝いたします! 皆様の支えがなければ、僕は国の運営に携わることはできなかったでしょう――」





 パーティが始まる。ルーファウス様は金ピカの服を着ていた。まるで自分の性格を暴露するかのような、ちんけな黄金であった。



 若気の至り羨ましいなー、中年になるとそんなのも……と思ったのも束の間。






(……!? 何だあの方……いや、ルーファウス様の婚約者である、サリア様か……?)





 私の視線はその隣にいた女性に釘付けになる。ちらっと周囲を見回すと全員の視線が彼女に向かっていた。本日の主役として、優越感に浸りながら演説を続けるルーファウス様のことなぞ、誰も見向きもしない。





(恐ろしい程の魔力、この色香……! マクシミリアンにこれ程の逸材がいたのか? いつ彼女はそれに覚醒したのだ?)





 ルーファウス様のようなものとは違う、本物の権威だ。人間、神族、魔族が定めた理ですらも支配できず、世界そのものに上に立つことを赦されている。




 その感覚は、経験則からしてドラゴンのもの――彼女はドラゴンと契約を交わした竜の従者、魔女だ!




 こ、これはいけないな。というのもドラゴンというのは、従者を攻撃されても怒る。彼女を攻撃しようものなら、主であるドラゴンの天罰が降りるのは間違いない……






「その為に、本当にのですが……! サリアとは『婚約破棄』させていただきます!」






 ――はぁ? おい、なんて言ったこの若造。






「さてサリアよ。今話した通りだが、改めて伝える。僕は君との婚約を、今日この場を持って破棄させてもらう!」




 婚約破棄――婚約破棄だと!? 竜の魔女との婚約を破棄しようって言うのか!?



 ほ、本当に何を考えているんだ……!? 素直に結婚しておけば、竜の恩恵を受けられるというのに! それどころか彼女の怒りを買ったら、マクシミリアンに明日はないぞ!?






「それでは皆様、これより会食をお楽しみください! 僕とコルネリアが挨拶に伺います!」

「コルちゃんのことぉ、しっかりと覚えて帰ってよね~!」



「こらっコルネリア! 人前では『私』って言うようにって、さっき話したばかりじゃないかぁ~!」

「あっそうだった~! いっけな~い! 許してちょーだいなっ、てへっ!」





 何だあの女。頭から脳みそ抜き出して、馬と鹿を詰め込んでいるのか。



 ドレスは凄くきらきらして目が霞むし、化粧は濃いし、髪は激しく巻いているし、おつむが弱いのは間違いない。偏見なのは認めるが、多分この女は『マスブレ』をキメているだろう。




 若者の中で流行を見せている仮想魔術遊戯――そのせいで最近は現実と仮想の区別がつかなくなり、マナーのなっていない若者がのさばっている! 多分コルネリアもその一人だろう。そしてそんな女と婚約するという、ルーファウスもだ。



 竜の魔女との婚約を蹴ってまで、結婚するのがこいつだと!? あの金ピカは、自分が王になる国の将来について考えていないのか!? 一時の判断で一生にかかる判断を下してどうする!!!






「いやはやサリア殿……この度は災難でしたな。ですが一つの災難の後には、幸運が降りかかってくるもの」

「どうです、サリア様。私達の所に来ません? 我が国はかの魔道具工房『フェルニッヒ』を擁しております。便利な生活が待っていますよ」




 こっちもこっちで阿呆しかいねえ。婚約破棄されたばかりの娘を、早速囲おうとしている。



 私と同様に只ならぬ気配を感じてはいるのだろうが……普通ショッキングな出来事があったばかりの若者を、すぐ囲いには行かないだろ!!! 人間の良心、マナーとして!!!



 そうでなくとも彼女の主君たるドラゴンがなんて思うことやら……ああ、これはもう駄目かもしれないな。








 そして駄目だと思っていたら、本当に事件は起きてしまった。





「……っ!? ど、どうされたのだ!?」

「あ、あぐ……な、何か急に、うっ……」




 私と話をしていた男性が、急に力を失い崩れ落ちたのだ。周囲を見回すと、何名かが似たような症状で苦しんでいる。




「そこの者! 今すぐ治療を行う、応接室に案内しろ!」

「え……えっと……」





 適当な使用人に声をかけたが、彼女はすぐに動かない。ちらちらとルーファウス様を見遣って、許可を得るべきか迷っているようだ。





「貴様が判断を遅らせたせいで、彼らはこのまま死ぬかもしれないんだぞ!!! 貴様は殺人犯になりたいのか!!!」

「ひいっ!!! 嫌です!!! サリアみたいになりたくない!!!」





 有り得ない態度だったが故に、思わず叱ってしまった。王族どころか使用人の教育もなっていないとは、これがマクシミリアンの本性ということか?



 それに今サリアと……わからない、益々理解不能だ。一体彼女の身に何があった……どのような仕打ちをしでかした?





「治療の指揮は私が取る! 流石に治療道具ぐらいは、置いてあるよなあ?」

「も、勿論であります! 今からご案内いたします!」

「頼むぞ全く……おい、急に悪いが手伝ってくれ!」



「いやー貧乏くじ引きましたね先輩。これもうマクシミリアンに構う意味ないんじゃないですか?」

「それは薄々思っていたが、今後の動向は国に持ち帰ってから、会議で決めることだ……一先ずは治療!」





 一緒に来ていた同僚や部下を呼び寄せ、総出で容態の悪い者を連行していく。その際にルーファウス様の隣を通ったのだが――





「デニス様! 治療に協力してくださり何よりです。あの、今回人が倒れてしまったこと、くれぐれもご内密にお願いしますよ!」

「コルちゃんからもお願~いっ、ちゅっ♡」




 ――もはや説明不要。一体何を与えたらこんな若者が育つというのか。




「それと治療にはセオドアの方を向かわせております。きっと協力してくださることでしょう」

「……奴は信用ならん! こちらは独断でやらせてもらう!」




 思わず素が出てしまったが、それを振り切り病人を運んでいく。








 セオドアという男はルーファウス様の執事――なのだが、その出自には空白が多すぎる。普通執事というのは、騎士や侍従の見習いをして修行を積むのだが、奴は突然ルーファウス様に取り立てられたのだと言う。



 加えて顔付き! 髭の付き方が深いし、肌も浅黒い。元々そうだったと言うよりは、長い間手入れをできなかった期間があって、それに身体が適応してしまったのだろう。



 ともかくろくな人間ではないことは確かだ。ましてやあのルーファウスの婚約破棄を許可しているというのなら尚更――






「先輩~~~!!! 事件です広間が燃えています!!!」

「はぁ!?」




 部下の一人が治療中の私の下に、騒ぎながら飛び込んでくる。泣きっ面に何とやら、涙が出ていなくても大打撃だ。




「な、何か燃えている女が広間に飛び込んできて……次には只ならぬ魔力の持ち主が!!! 恐らく周囲を覆っている気は、それから発せられているかと……!!!」

「そうか……そうか」




 私や部下達は魔力慣れしているが故、こうして立てているが、根源から近付いてきたのではほとんどが倒れ伏してしまうだろう――






「ドラゴンが如何程の存在かは理解しているが……我々にも生活があるのだ。易々と蹂躙される程、人間は落ちぶれていない」




 決意を口にした後、私は部下達に治療を中断させ、魔術の準備に取りかからせる。




「『フォスフォラ』仕込みの光魔術……ドラゴンならこれで一網打尽にできると、現場実証済みの一品だ」

「持っててよかったドラゴン対策! さて行きますか?」

「ああ、一刻も早く急ぐとしよう。魔力だけではなく、火も回っている。対処しなければ焼け落ちる屋敷に潰されてしまうだろう……」






 かくして私は、諸悪の根源を叩きに意気揚々と向かい――




 ――それは人間ではどうしようもでなきない、ある種の災害であることを思い知ることになる。

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