故郷を失った聖女の下にやってきた、傲慢不遜の赤ちゃんドラゴン

ウェルザンディー

第1話 翡翠色の瞳

 初めて出会った時に印象的だったのは、彼の翡翠色の瞳だった。




「――どうしたんだい? こんな所で、膝をついているなんて」




 端正な顔つきとか綺麗な服とか、そんなことすらさておいて。




「何か悲しいことでもあったのかい? 僕でよければ話を聞こう」




 宝石のような輝きが、焼け爛れた私を包み込んだ。






 運命の出会いはあるんだって、赤い糸で結ばれた王子様はいるんだって。



 小さい頃から漠然と思っていた憧れが、その日現実となった。



 代償はあまりにも大きすぎたけど――嘆いた所で、もう全ては戻らないのだから。







「さて皆様、紹介しよう。こちらが私の婚約者であるサリアだ」




 それから私の新しい生活が始まるまで、そう時間はかからなかった。




「彼女は2ヶ月前より王城に参じた身、公の場ににおいて、不慣れな所はあるかもしれない。最低限の礼節は教えてはいるが、無礼があっても許してくれると心強い」





 故郷が炎に包まれ、家族も知り合いも死んで、身寄りがなくなった私。



 彼はそんな私を王都まで連れてきて、『婚約者』にしてくれた。



 目的を見失った私に、『聖女』という役割を与えた。







「気付いていなかったかもしれないが、君には魔法の才能がある。それを活かし民の力となるんだ。それが君にとっての最善になるだろう……」




 私もそう思った。彼の言うことだから正しいと思った。



 嘘なんて――ついているわけがない。あんな素敵な瞳を持っているのだから。



 実際、魔法が上手に扱えるのは確かだった。王都に来る前から魔力の操作は楽にできていたけど、改めて訓練を受けて、それは開花した。




「さあ行くといい。今日も皆が聖女を待っている。君がその力で救えることのできる人々は、計り知れない程にいるのだから」






 そうだ、その通りだ。ああ、今日も仕事が忙しい。






 毎日教会で祈りを捧げて、それから魔力を込めた加護を製作する。たまには町に出て奉仕作業を行い、人々と交流する。時に災害が起きれば沈静に取り組み、婚約者として公務に出ることもある。




 忙しい、本当に忙しいんだ。でもそれが私の役割。私の新たなる人生。




 自分が生きているという実感が満たされ、故郷が焼かれてしまって空いた穴が満たされるのなら、それに順ずるのは何よりの喜びだから――






「――おい!!! サリア、聞こえていないのか!!!」








 はっ、と現実に引き戻される。どうやら眠っていたらしい。






「おい!!! 聞こえていないのか、返事をしろ!!!」

「はっ……申し訳ありません!」




 私は焦りながら返事をした。彼を怒らせてしまったようだ。そりゃそうだ、何度も返事をしなかったんだもの。



 怒っていたのは馬車を率いていた――御者としての役割も器用にこなす、彼。




「本当に申し訳ないと思っているんだが……最近お前は普段にも増してぼーっとしていることが多く、僕の声に耳を貸さないな?」

「申し訳ございません……」




 彼の名はルーファウス・ヴィル・マクシミリアン。この『マクシミリアン王国』の第一王子である。



 つまり、次期国王ってこと。そんな彼の婚約者である私は、次期王妃。でも王妃以上に、今の私は聖女だ。聖女としての仕事に今も駆り出されている。





「まあいい……今回は許してやろう。それよりも現場に到着したんだ。早急にあの火災をどうにかしてこい」

「承知いたしました……」




 また彼を怒らせないように、私は急いで馬車を降りる。教会から支給されているこの服装――質素な薄手のローブを引きずりつつ走った。








 先に上げた災害への対処、今回の仕事はそれ。到着してみると本当にひどい有様だった。




「あっつ……ううっ。魔法でちゃんと身を守らないと」




 町の悉くが火に包まれていて、建物の原型も残っていない。燃やす物がなくなっているというのに、容赦なく火は盛る。




「人の気配はしない……焼死体も見当たらない。避難は終わったのかな……」




 ルーファウス様に聞いておけばよかった。でもあんなにお怒りになられていたから、機嫌を損ねるだけだったかな。









 救出するような人が見当たらない以上、私に課せられた使命は、この火を消すこと。



 特に何も言われていないけどそうだと思う。というか最近は、何も言われないことなんてしょっちゅうだ。



 なのに私は魔法を使おうとせず――町の中央広場にあった、噴水を見つめていた。






「……」




 建物は焼け落ちたのに、噴水は水を湛えていて、誰も見ていないのに美しく放出している。



 私はそれを見て――魔法を使い、中に入っていた水を火に向かって操作する。






「……あっ」




 水を受けた火は消えた。自然の摂理で考えればそれは当然だ。



 だけど私の心には不信感が芽生えてしまう。




「……もしかして、魔法なんかに、聖女の力に頼らなくても、災害には対処できるんじゃ……?」








「ばぶう~~~~~~~っ」






 私は一瞬それを、竜の咆哮と思って身構えた。




 だけどすぐに、声色からして赤ちゃんの声だって、考え直した。






「あっ、赤ちゃん……!? 待ってて、今すぐ助けに行くから!!」




 人の気配はしなかったけど、どこかに隠れていたんだ。この火の中できっと心細く――






「ぶーうっ♪ ぶーうっ! ばぶばぶ~!」




 探す前に、その子の方から来てくれた。






「ばぶばぶ……ぶぅ? ぶうううううっ?」




 火に当てられ熱い地面を、はいはいをしながらやってきた。



 町は火に包まれているのに、ありえない程その子は元気だった。



 でも私は、それ以上に囚われていた。






(きれいな……瞳)




 その子が有していた翡翠色の輝きに。婚約を誓ってくれた彼と同じ瞳。



 なのに何故かこの子が持っているそれは、もっと眩い何かを秘めているように思えて――







「――サリア!!! 何をしている、まだ解決していないのか!!!」




「これ以上長引かせれば……あっつう!!! 熱いぞ、クソ!!! 鎧着ていれば安全ではないのか!!!」






 背後から怒号が響く。振り向くと、ルーファウス様が火の粉を払いながら迫ってきていた。






「あっ、えっと……!」

「ばぶ~?」




 きっとこの子を見られたら怒られる。そう考えた私は、




「ごめんね……苦しいだろうけど、隠れてて! 声は出さないでね!」

「ぶっ……!?」




 無茶なことを言っているのは承知で、私は赤ちゃんをローブの中に押し込み、胸に押し留まらせた。








「ハァハァ……おいサリア!!! わざわざ僕が出向いてやったんだぞ、さっさと終わらせろ!!!」

「はっ、はいっ、直ちにっ」




 右腕を腰元に持っていき、隠した赤ちゃんが落ちないようにする。そして空いた左手を町全体にかざしていく。




「はあああああっ……火よ、収まれ、収まってください……」






 火が消えるのをイメージしながら、私は大気中の魔力を操作する。すると魔力が強引に火を抑え込み、延焼は収まるという仕組みだ。



 今回は利き腕じゃないから、少し雑になってしまったけど……それでも十分火は収まった。






 ――そりゃそうだよね。だって魔力もない消える火だもん。








「……はあ。ようやくやってくれたか」




 ルーファウス様は、鎮火した街並みを見て、溜息交じりにそう言った。




「遅いんだよ、何もかもが……被災者への支援だって、一刻も早く必要だ。もう少し早くやってくれたら僕にかかる負担も減ったと……そうは思わないのか?」

「申し訳ございませんでした」




 本当にその通りだったので、私は頭を下げて謝った。家を失った人のことを思うといたたまれない気持ちになる。




「お前なあ、最近そればっかりじゃないか。事ある度に頭ばっかり下げて。少しは謝罪以外のことも言えないのか? 能がなさすぎるんだよ……」




 ぶつぶつと言いながら、ルーファウス様は来た道を戻っていく。








「……あのっ!」




 言って、いいのなら。



 謝罪以外の言葉を言っていいのなら――




「最近、他の聖女の方と比べて、私への仕事の量がとても多くて……! その負担で疲れてしまい、上手く魔法を操れなかったのです!」






 しかし彼が言ったのは、『言えないのか』ということだった。




 『言っていい』とは一言も口にしていないことに、




 振り向いた彼の、炎よりも激しく歪んだ表情を見て気付いた。






「ああ゛!? ごちゃごちゃ言うな、僕は今機嫌が悪いんだ!!! 不用意に口を開くんじゃない!!!」










 ……あれ、おかしいな。




「仕事が終わったのだから馬車に戻れ! とっとと帰るぞ!」

「……はい……」




 運命の相手。途方に暮れていた私を導いてくれた王子様。そんな彼より――




(……ぶぅ~)






 今この胸の中にいる赤ちゃんの方が、



 とても素敵な瞳をしているように思えるのは、



 どうしてなんだろう。

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