第1話紅い蝶

「アンジュ、すぐ戻ってくるから」

 眠っている彼女に声をかけ、あの大きなビルへ向かった。


 僕がスリープする前、3865年の地球の人類はすべての人間が機械の体を手にし、食事をとらず、無限に生きて人生を謳歌していた。


 だが、そんな地球に悲劇が起こった。


 地震だ。


 最大震度8弱という言葉を生んだ地震。

 耐震構造なんてものは意味をなさず、大地が荒れ狂うあの光景は今でも忘れない。

 機械化した人間の頭部にはマザーボードというものがある。所謂脳だ。ここを破壊されると例外なく機能を停止する。死ぬというわけだ。

 瓦礫に頭を潰され、火花が飛び散るあの瞬間。思い出すだけで不愉快で仕方がない。


 そしてこの地震で原子力発電所から大量の放射能が漏れだした。それによりほとんどの動植物は絶滅した。

 放射能は機械にも悪影響を及ぼす。人類は遠くの星に移住していった。


 二人を除いて。


 僕とアンジュは忘れられた。動く忘れ物というわけだ。

 小さな地下シェルターに篭り続けていた。気づけば、地球からは僕らだけになっていた。


 そこから1週間後、放射線を浴びすぎてしまった僕らは都市の端で強制スリープした。




「着いた……」

 綺麗だ。それが最初に出てきた感想だった。

 都市は透き通った緑色で包まれていた。

 一際目立っていたのは斜めに倒れた巨大なビルだった。苔で包まれ、飛び散ったガラスが太陽の光を反射している。

 ビルの根元だった場所は低くなっており、僕はそこに足をかけた。

 苔で足を滑らせながらに移動する。1歩進む度にガラスの破片がジャリ、ジャリと音を立てている。

 道無き道は段々と斜面になっていく。進めないほどではないがかなり急だ。

 登りきった先に見える景色はどんなものなのだろう。そんな考えが僕の好奇心を揺さぶる。


「ふぅ……到着…」


 見えた景色は、あたり一面緑だった。

 生い茂る木々に澄んだ空。人が汚してきたひとつの星は本来の姿を取り戻していた。

 太陽の光に目を細め、疲れた足腰を休めるために腰を下ろす。

 本来機械化した人間に疲れという概念は存在しない。


 僕、ライトは半分人間だ。

 体を機械化する際にミスがあり、完全に機械になることができなかった。

 疲れるし、眠くなる。ご飯を食べたりはしなくていいけど。



 にしてもこの景色は素晴らしい。数十分見入ってしまっていた。

 アンジュの元へ戻ろうとしたとき、目の前を紅い何かが通った。


 あたりを見渡すと、綺麗な紅い蝶が僕の周りを元気に飛んでいた。

 手を前に出すと、僕の人差し指に止まった。

「……アンジュみたいだ」

 ポツリとつぶやき、自然と笑みが零れる。

 いつも僕のそばにいてくれる彼女にそっくりだ。

「じゃあね」

 そう言い残してこの場を離れようとしたが、蝶は僕についてくる。

「おいおい。一緒に行くか?」

 言葉が通じるわけない。でも話し相手がいないから。


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