第27話 最凶の二人(武部side)

 どっちと付き合いたいか? そんなのは、ずっと前から分かっていた。周りの目がなければ、幼馴染みの少女と付き合いたい。気持ちだけの交際ではないが、その関係に変化は欲しかった。「幼馴染み」と言う関係だけでは、この欲望は満たされない。


 僕はそう感じて、菊川さんに自分の気持ちをぶつけた。「菊川さんの事、嫌いではないけど。本当は」

 

 そう言いかけたところで、菊川さんに「止めて!」と止められてしまった。菊川さんは文美の胸倉を掴んで、彼女に自分の優位性をぶつけた。「あぁしは、むすっちの身体を知っている!」

 

 文美は、その言葉に目を見開いた。が、すぐに「そう」と呟いた。彼女は菊川さんの顔をしばらく見たが、彼女の手を振りほどくと、寂しげな顔で僕の顔に視線を移した。


「たけちゃん」


「な、なに?」


「ごめんね? 私、たけちゃんの初めてになれなかった」


 僕は、その言葉に打ちのめされた。文美がまさか、そんな事を言うなんて。彼女を「魂の親友」と思っていた僕には、その本音がとても辛かった。


 僕は彼女の感情にショックを覚えたものの、それに「落ちつけ」と言い聞かせて、彼女の顔をまた向きなおった。彼女の顔は、今の言葉に憂いを見せている。「そんなの関係ない。文美がどう言う状態だろうと。文美は、文美以外に有り得ないんだから」


 文美は、その言葉に微笑んだ。その頬に涙を伝わせて。彼女は頬の涙を拭う事なく、僕の身体に抱きついて、その胸に顔を埋めた。「ありがとう! ごめんね」

 

 そしてまた、「ごめんね」と繰りかえした。彼女は菊川さんの事を忘れて、僕の唇にそっとキスした。キス魔の彼女が良くしていた、あの幼気なキスを。「色々あったけど、私達」

 

 また、一からやり直そう。そう言いかけた文美に「ふざけないで!」と怒鳴ったのは、彼女の肩を掴んだ菊川さんだった。菊川さんは文美の頬を叩いて、その目をじっと睨みつけた。「こっちが、大人しくしていれば! むすっちは、あぁしの彼氏だよ? 今も、これからも! 内村君がなんと言おうとさ? あぁし達の関係に口を挟むなんて」


 許せない。その気持ちも分かるが、今の文美には無意味だった。彼女の目を睨む、文美。文美は彼女の頬を叩いて、その泣きっ面に「うるさい!」と怒鳴った。「この泥棒猫! 人の男に色目を使うなんて。普通だったら、ボコボコにしているわ! 他人の物に手を出すなんて、どう考えてもルール違反よ!」


 菊川さんは、その怒声に眉を寄せた。話の当事者である僕が言える事ではないが、見ていてかなり怖い。正直、今すぐに逃げだしたかった。菊川さんはそんな空気を無視して、僕の腕にしがみついた。


「付き合ってもいないのにルール違反とか意味わかんない! そう言うのは、付き合っている人が言う台詞じゃん! ただの幼馴染みが言う台詞じゃない。私は結君にちゃんと告白して、彼と付き合ったんだよ? 貴女は、それを見ていただけじゃない」


 それに「はぁ?」と言いかえす、文美。最早、一触即発の空気だった。両目の端に涙を溜めた表情からも、二人の心情を窺える。文美は両目の涙を拭って、菊川さんに怒声を浴びせようとしたが……。


 その時にふと、本来の目的を思いだしたのだろう。本当は自分の怒りに従いたかったようだが、右手の拳を振りあげた瞬間、その拳を下ろしてしまった。「止めよう? こんな事をしたって、相手が喜ぶだけだし」


 菊川さんも、その言葉に「ハッ」とした。僕には分からない感情だが、それで落ちつきを取りもどしたらしい。僕が彼女に「大丈夫?」と訊いた時も、その声にまったく応えなかった。彼女は文美の目をしばらく見て、その視線に妙な輝きを見せた。「そう、だね。こんな事をしても、意味ないし。今は、犯人(凄い言い方だ)を捜す方が先だ」


 文美は、その考えにうなずいた。確かにそう、だ。「犯人を捜す」と言う点では、こんなところで言い争っている場合ではない。本人達の気持ちはどうであれ、互いの手を取り合うしかなかった。文美はそう考えて、自分の怒声を抑えた。「ごめんね」


 菊川さんも、その提案にうなずいた。菊川さんは自分の声を抑えて、調査の段取りを話しはじめた。「『犯罪』ってわけじゃないからね? 警察とかには言えないし、先生とかにも言えない。『そんなのは、自分等で何とかしろ』って言われる。学校の校則を破っているわけでもないし。生徒同士の問題なら、『生徒同士で何とかしろ』って言われる。その意味では」


 大人には、頼れない。相手の尻尾を掴むのも、確たる証拠を見つけるのも、自分達の力でやるしかなかった。二人は犯人の候補を絞るため、(その一)調査は、常に三人で行う事、(その二)早い時間から学校に行って、犯人の事を待ち伏せする事、(その三)、犯人の目星が付いても、証拠が見つかるまでは動かない事、云々を決めた。


「事件の犯人がもし、一人だったら。三人で、取り押さえれば良いし。私や菊川さんが問いつめれば、流石の犯人も負けるでしょう。『あんな事をしなければ、良かった』って。普通ならすぐに諦める筈」


 それで行こう! 二人は、そんな風に笑った。今までの空気を忘れて、ある種の戦友を見るように。二人は僕の見つめる前で、互いの目をじっと見合った。

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