平行世界(むこう)の僕(私)は、ラブコメの主人公らしい

読み方は自由

第0章 クロスワールド

第1話 向こうの世界?(武部side)

 仮定もしもの話には、浪漫がある。あの時にもし、あっちの方を選んでいたら? 今とは違う未来になっていたかも知れない。平凡な自分から離れて、非凡な自分になっていたかも知れない。すべては「仮定」の話だが、それでも凄く楽しかった。


 僕はそんな仮定が好きだったが、「それが現実に起こる」とは思っていなかった。仮定の話は、どこまでも仮定の話。それが現実になるのは決して、ありえない事である。想像は、想像の範囲を超えない。それがたとえ、どんなにありえない事でも。僕が信じる常識は、「そんな物は無い」と言う現実だったが……。

 

 僕は不安な顔で、自分の周りを見わたした。僕の周りには遊具、つまりは「公園の遊具」が置かれている。遊具の周りには子ども達が遊んでいて、その全員が楽しそうに笑っていた。僕は、その光景に息を飲んだ。それ自体に不自然さはなくても、今の状況があまりに不自然だったからである。公園の時計に目をやった時も、その形に思わず驚いてしまった。

 

 僕は自分の目を擦って、時計の時刻を見た。時計の時刻は、午後の二時。正午の空気が抜けて、午後の熱気が漂う時刻である。が、そんな事はどうでもいい。気温の感じはいつもと同じだけど、時計の形がまったく違っていたからである。僕は、「自分が知る公園の時計」と「今の自分が見ている時計」を見比べた。「な、なんで? 時計の文字盤が」

 

 変わっているのだろう? 僕が知っている時計の文字盤は、黒だ。こんなに美しい白ではない。文字盤の数字も、英数字からアラビア数字に変わっている。公園の隅に置かれているベンチも、「プラスティック製(と思う)」から「木製」に変わっていた。


 僕は、その変化に青ざめた。これはもう、見間違いなんてレベルではない。僕の知る町が、「僕の知らない場所になった」と言うレベルだった。公園の中から出た時も、その道路に驚いてしまったし。横断歩道の信号機に目をやった時も、その形が変わっていた事に驚いてしまった。


 僕は信号機の様子をしばらく見ていたが、ポケットの中からスマホを取りだすと、それのアドレス帳を開いて、そこに入っている連絡先の内容を眺めはじめた。連絡先の内容は、変わっていない。スマホの電波はもちろん、SNSの友達リストも変わっていなかった。僕はその事実に「ホッ」として、とりあえずは自分の母親に電話を掛けた。

 

 が、おかしい。電話は確かに繋がったが、それに出たのは知らない男性だった。僕は、その声に震え上がった。電話の向こうから聞えてきた声、「智世ともよ?」の声にも震え上がった。僕は相手の声に怯えて、その通話をすぐに切った。「どう言う事だよ?」

 

 相手の番号は、間違っていないのに? 今の声には、妙な不気味さがあった。僕は「一応の確認」として、今度は自分の父親に電話を掛けた。が、これもおかしい。母さんに掛けた時も同じだったが、今回も知らない女性が出た。女性は僕の声に驚いたのか、最初は「えっ、え?」と戸惑っていたが、やがて「ああ」と笑いだした。「智世の彼氏?」

 

 僕は、その声に通話を切った。「智世」と言うのはたぶん、二人の娘だろうが。それでも、怖い物は怖い。。挙げ句は、娘すらも居るようだし。普通の常識から見れば、「自分がおかしくなった」としか思えなかった。


 僕は、その場にうずくまった。「自分がおかしくなった」と分かっても、それをどうする事もできない自分にも怒鳴った。僕は自暴自棄じぼうじきな顔で、町の中を歩きはじめた。


 が、町の中も僕の知らない世界である。子どもの頃から知っているスーパーが無いのはやはり、違和感しかなかった。スーパーの敷地にパチンコ屋が、パチンコ屋の隣に食堂が、食堂の前に駐車場がある事も、その違和感を手伝っている。僕のいつも行っていた本屋や服屋がラーメン屋や喫茶店に変わっていた事も、驚き以外の何物でもなかった。


 僕はそれ等の景色を無視して、町の中を黙々と歩きつづけた。が、そこに奇跡が一つ。僕の知っている橋が見えた。大きな川を跨いで、隣の町に繋がっている橋。そこを渡った先には、僕の住んでいる並和町があった。そこに行けば……仮にあったらだが、何かの手掛かりが見つかるかも知れない。僕は一縷いちるの望みを賭けて、その町に向かった。


 町は、僕の知る町だった。厳密には違う町だが、その丁番や番地は同じ。電信柱や家の表札に書かれた番地を辿ると、自分の家に辿り着けた。僕は、自分の家を眺めた。いや、「見つめた」と言った方が正しいかも知れない。最近建て直したらしいそれは、僕の知る家ではなかった。家の表札も、母方の姓。つまりは、「川崎」と書かれている。それが付けられた門柱も、西洋風のデザインになっていた。


 僕は、その光景にうつむいた。もう、無理。もう、耐えられない。自分の視界が歪んでいる可能性もあるが、それでも「やっぱり酷い」と思った。こんな目に遭わされて、挙げ句は怒る事もできない。ただ、それを受けいれるしかなかった。


 僕は死んだような顔で、地面の上に涙を落とした。こんな場所にはもう、居たくない。周りの人達からたとえ、止められようが。怖い病院にでも、入れられた方がマシだった。僕はフラつく足取りで、家の前から歩きだそうとしたが……。


 それに合わせて、誰かが僕に気づいたらしい。僕の方はまったく気づかなかったが、僕が家の前から歩きだそうとした瞬間、隣の家から人が出てきたらしかった。僕は「それ」に驚いて、隣の家に視線を移した。家の前には一人、恐らくは大学生くらいだろう。年上の女性が、僕の事を眺めていた。


 僕は相手の視線に震えて、相手に頭を下げた。が、それが不味かったらしい。僕としては誠意を見せたつもりだが、相手は気だるげな顔で僕の方に歩みよった。僕は、相手の目を見つめた。「あ、あの?」


 相手は、その声に溜め息をついた。それも、かなり呆れたような顔で。


「智世の新しい男?」


「はい?」


 思わずそう、返してしまった。「新しい男」って? 「智世」と言う女の子は、とても悪い女子なのか? 「い、いえ、そうじゃないですけど?」


 相手はまた、僕の言葉を無視した。どう言う理由かは分からないが、僕の言葉は信じて貰えないらしい。


「本当、。あの子」

 

 やれやれ。彼女はそう、僕に苦笑した。まるで、幼馴染の愚行を笑うように。「とにかく頑張りな?」

 

 今度は、僕が無視した。「頑張れ」と言われても、何を頑張るのか分からない。だから、彼女にも「違うんです!」と言った。僕は真剣な目で、相手の目を見かえした。


「僕は……その、彼女の知り合いじゃないし」


「え?」


 彼女は、僕の目を睨んだ。恐らくは、僕に警戒心を抱いたのだろう。


「それじゃ、なに? あの子のストーカー?」


「違います! 僕は、ただ……」


 何だろう? 頭がおかしくなった? そんな事を言えば、間違いなく倒されるだろう。華奢な体型の女性だが、その拳には殺気が感じられた。その拳で殴られればきっと、ただでは済まない。僕は「その場しのぎ」として、彼女にもっともらしい嘘を付いた。


「ごめんなさい。実はその、で。今日は、彼女に」


「ふうん、そっか。やっぱり」


 彼女は、僕に微笑んだ。どうやら、信じてくれたらしい。「智世ならデートよ? うちの愚弟と一緒にね? 午後から遊びに行っている」


 僕は、その話にうなずいた。欲しい情報ではなかったが、それを拒む理由はない。相手が自分への警戒を解いているなら、それに乗っかるのが「最善だ」と思った。僕は相手に自分の名前を伝えて(本名でも大丈夫だろう)、彼女の前から歩きだした。自分の状態が分からない以上、「相手に深入りするのは危険」と思ったからである。


 僕は彼女が住んでいる家の前を通って、その表札にふと目をやった。家の表札には、「大上おおがみ」と書かれている。表札の付けられた門柱もお洒落で、家の方もそれに似通っていた。僕は、その光景に呆然とした。「まさか、ね?」

 

 でも、これだけは分かる。いや、分かってしまった。ここは、。みんなの性別が、反対になった世界だ。父は母に、息子は娘に、兄は姉に。変わってしまった世界である。僕はそんな世界に苦笑して、自分が本当におかしくなったのを悟った。「僕はもう、終わりだ。今頃はたぶん、精神病院に入っている。道の真ん中で倒れているのを運ばれて」


 

 だから、この気絶も不自然ではなかった。目の前がふいに暗くなって、地面の上に倒れたのも同じ。ただ、自分の意識が途切れただけである。僕は「それ」に従って、真っ暗な世界に沈んでいったが……。そこに光が一つ。僕の意識を目覚めさせる光が見えた。僕はそれに驚いて、ベッドの上から飛び上がった。「うわっ!」

 

 そう叫んだ自分に驚いた。僕は額の汗を拭って、自分の周りを見わたした。僕の周りには部屋が、自分の部屋が広がっている。部屋の窓からは夕日が差して、それが自分の周りを照らしていた。


 僕は椅子の背もたれに寄り掛かって、机の上に目を落とした。机の上には、汗の塊ができている。どうやらうたた寝、あるいは、昼寝してしまったらしい。いつ寝たのかは分からないが、とにかくグウグウ眠ったのは確かだった。

 

 僕は椅子の上から立ち上がって、家の台所に行った。家の台所では、母さんが今日の夕食を作っていた。僕は彼女が本物である事に「ホッ」として、その姿に思わず泣いてしまった。アレはどうやら、夢だったらしい。「母さん」

 

 母さんは、その言葉に「ハッ」とした。まるでそう、何かに「キョトン」とするように。


「いつの間に帰ったの?」


「え?」


「アンタ、ずっと出かけていたじゃない? しかも、お母さんに黙って」


「うそ?」


 そんなのは、ありえない。僕はずっと、自分の部屋で寝ていた。机の上に突っ伏して、それなのに?


「まさか?」


「本当よ。ってか、大丈夫? アンタが留守の間……確か、川崎かわさき智世ともよさんだっけ? その子がずっと、アンタの事を捜していたみたいだから。私はてっきり、『アンタの彼女だ』と思ったけど? 


「違う」


 彼女は、僕の彼女ではない。


「そんな子は、知らないよ?」


「そっか。ううん、でも」


「な、なに?」


「そうでもないような気が? 本人は、『大上君?』を捜していたみたいだけど? 『大上』って言ったら、律っちゃんの旧姓だからね。ちょっと不思議には、思ったけど」


 僕は、その言葉に戦いた。「自分の頭がおかしくなった」としても、それはあまりに恐ろしかったから。僕は自分の運に賭けて、これが自分の妄想である事を祈った。

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