第66話

「と、言っても日本は法治国家ですからね。流石に法に触れるような事はしませんよ」


 先ほどまでピリピリとしていた雰囲気が一転、どこか楽し気なものに変わっていた。その変わりようが恐ろしく感じてしまうのは気のせいではないだろう。


「で、ですよね。ですが中途半端なことをしていると、また同じようなことをするんじゃないですか?」


「ふふっ…彼らにそんなことをする余裕を与えるとお思いですか?」


「思わないですが…ちなみにですが、どのような方法をとるつもりなんですか?」


「まずは資金源を断ちます。彼の資金源は父親の会社ですから…」


 先程も言っていたが、ダンジョンの開発にギャル男の親父さんの工務店を排除することから始めるらしい。その話を聞いた他の会社はどう思うか。『あの工務店には何か大きな問題があるんじゃないのか?だから協会は委託契約を中止した』そう思うはずだ。そうなると自然と仕事の受注量は減り、会社全体の売り上げも減少の一途をたどることになる。


 明確には語ってはいなかったが、恐らく『ダンジョン協会』がそういった噂を業界全体に流すこともあるだろう。表立っての行動は出来ないだろうが、『協会』ともなれば裏工作専門の企業をいくつも保有していてもおかしくはない。


 そうなると親父さんは別として、その工務店で働く職人さんは可哀そうなことになる。協会と言えど、関係のない職人さんまで路頭に迷わせるような行為は不本意であるとかで、すでに手をまわし協会の指示一つですべての職人さんが退職届をいつでも出す用意がすでに出来ているのだとか。そしてその対価である新しい職場の用意もすでに終わらせているらしい。


 その話を職人さん達に持っていったとき、意外にも乗り気だったそうだ。息子ほどではないにしろ、親父さんの方もかなり横暴な性格らしく常日頃から職人さんたちに強く当たっており、新しい職場を用意してくれるのならその工務店に居続ける理由はないとのことで快く了承してくれたとか。


 仕事もなければ職人さんもいない。そうなると工務店はすぐに立ち行かなくなるだろう。


「あくまでもメインは楠戸タカヒロですからね。本番はそこからですよ」


 そう言えばそうだった。父親の工務店を潰すのは言わば前哨戦だ。ここからが本番らしい。


「あいつの経歴を調べたところ、やはりと言うべきかそれなりに後ろ暗いことをしてきたみたいです。刑事事件にはなっていませんが、恫喝や恐喝、学生時代のイジメなどは当たり前。暴力を用いて一般人から金銭をカツアゲしていたなんてこともたくさんありました」


 昨日の今日でそれだけのことを調べて来たのか。昨日のあいつらの様子だと、叩けばまだまだ埃が出そうだな。


「その被害者達を糾合し、楠戸タカヒロに対し訴訟を起こすことになりました。協会が表に出ないことを条件に、優秀な弁護士や代理人の手配などをしていきます」


 叩けば埃が出るという事は、それだけたくさんの恨みを買っていること。被害者達が彼に対し強い憎しみを抱いていたとしても1人きりで戦うのは不安が残る。表に出てこないとはいえ『ダンジョン協会』が主導の元、そんな被害者が団結することが出来れば積年の恨みを果たしたいと思う人はたくさんいるだろう。そしてその動きは次第に加速していくことになる。


「あまり時間をかけずとも、楠戸タカヒロは訴訟祭りになる事でしょうね。そうなれば社会的に死んだも同然というわけです」


「目的は分かりましたが、協会が表に出ない以上やはり、協会の事をなめてかかる人もいるのではないでしょうか?」


 協会の目的が敵対者に対する警告であるなら、協会が前面に立ち、事に当たるべきではないだろうか。……いや、『協会』は味方も多いが敵も多いと聞く。下手をすれば揚げ足をとられかねないという訳か。それよりは、裏で動いた方が良いと。


「少しでも耳ざとい人なら今回の訴訟祭りが協会主導によるものだとすぐに知ることになるでしょう。最も厄介なのはそう言った多少なりとも知恵の回る人や企業になります。そんな人たちを牽制することが出来れば今回は十分と言うことです」


 まぁ、流石に悪意をもつすべての敵対者を同時に相手取るのは難しいという事か。今回の楠戸タカヒロのような小物なら、1日もあれば追い込むことが出来ていた。しかし敵対者が企業といったある程度の信用と力を持つものならならそうもいかない、そのための牽制か。


「そんなわけですから、直にあの親子は忙しい日々を送ることになるでしょう。檀上さんもトラックの件とか、示談にされるおつもりなら早いうちに行動することをお勧めしますよ?祭りが始まってから行動に移れば、下手をすればトラックの修理費すらもらえなくなってしまうかもしれません」


「ご忠告感謝します。出来れば先の話に出て来た、優秀な代理人の方を紹介して貰えませんか?」


「そうおっしゃると思っていました。すでに連絡が付くように手配していますので、こちらの連絡先に電話なさってください」


 そう言って1枚のメモ用紙を渡された。相変わらず準備の良い事だと思った。服部さんがお暇したので、早速連絡することにした。訴訟祭りで金回りが悪くならないうちに、出来るだけ多くの示談金を貰うことにしよう。

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