第57話
不動産賃貸業に精を出すかたわら、『探索者』としての実績も着実に積み上げていく。俺の『ダンジョン』の中で習得した『スキル』の訓練をし、時間がある時に剣持さん達を雇いそれなりに難易度の高い『ダンジョン』に挑戦し苦しい戦いに身を投じて来た。
そういった努力が実を結び、今では4級探索者にまで昇格することが出来ていた。探索者になって1年未満でここまで昇格するのはかなり早いスピードであるらしいが、これは才能と言うよりも金とコネを生かした作戦勝ちのような物である。
なにせ普通の探索者なら自分の身の丈に合った、自分よりも弱い『モンスター』を相手に戦うため、急速に『格』を上げるという事はなかなかないからだ。その点俺は、金とコネを活かして上級の探索者をバックアップとして雇うことで自身と同程度の強さの『モンスター』と安心して戦うことが出来た。相手が強ければ強いほど『格』は上がりやすくなるために、これほどの短期間でここまで強くなることが出来たというわけだ。
とは言えここから強くなるのが大変なのだと先達から教わった。
中級探索者と上級探索者の壁は俺が思う以上に高いらしく、4級に昇格した今の俺ですら上級探索者に片足…ではなく、足の指の先っちょが、ようやくついた状態なのだそうだ。
上級探索者ともなれば『ダンジョン協会』からもそれなりに優遇される立場になると聞く。つまり、それなりに厳しい試練が課されるということなのだろう。驕らないように自身を戒め、日々精進に励むことを心がける必要がある、気がする。
研究施設内に用意された俺用の客室で雑務をこなしていると、俺に客人が来たと協会の職員さんから知らせがあった。
今の季節は夏真っ盛りであり、近年の地球温暖化というやつで地上はうだるような暑さだ。クーラーが苦手と言うわけでもないが、『ダンジョン』の中は小春日和、温度にして20度前後という実に過ごしやすい気候である。
わざわざ高い電気代を支払ってまでクーラーをつけるよりも、避暑地としてダンジョンを利用するのも悪くないと思い最近ではこの客室で過ごすことが多くなっていた。そのため客室と言う割には私物が多く人を招くのにいささか適していない環境にまで成り下がってしまっていた。
俺は急いでその私物を隣接する部屋に持っていき、客人が来るのを待つ。
しばらくすると老獪そうなエルフと、その護衛と思しき鋭い目つきの屈強そうなエルフがやってきた。老獪そうな彼は確か、トゥクルス共和国に拠点を構える大商人のアルベルトさんだ。
この人は日本で作り出される、彼らの世界にはない多くの品々に大層興味を持ち、大商人の元締という偉い立場でありながらわざわざこの場所まで商売にやってきているという非常に行動力に溢れた人だ。
寿命の長いエルフの更に老獪といった雰囲気は伊達ではないようで、こちらも商売に来ていた人間側のとある企業のお偉方を相手に壮絶な舌戦を繰り広げ、そのお偉方に冷や汗をダラダラとかかせていた情景はなかなか忘れることは出来そうにないほどにインパクトが強かった。
『ダンジョン』の所有者と言う立場でその場にちょこっとだけ立ち会うことになっただけの俺ですら、その場の空気に飲まれかけていたほどだ。むしろ最後まで戦い抜いた、その企業のお偉方を褒めてやりたい気にすらなったほどだ。
最終的にはアルベルトさんが慈悲をかけたらしく、取引自体は一応五分と五分という形にはなったが、はたから見ていた俺からすればそれでも十分すぎるほどの大健闘であったと思う。そしてそんな人が俺との交渉に乗り出してきたということだ、これで緊張しないはずがないのだ。
『ダンジョン協会』の人にも立ち会ってもらいたいが、相手の目的が分からない以上どのような名目で同席してもらえばよいのか分からない。心細いが、今回は俺1人で応対しなければならないみたいだ。
緊張を悟られないよう……いや、あえて緊張している姿を晒すことで、相手が俺を哀れに思い慈悲をかけてくれることに期待するべきか。下手に虚勢を張るよりも、そちらの方がまだ救いのある気がする。
「お、お久しぶりです、アルベルトさん。本日はどういったご用件でしょうか?」
「ほっほっほ、それほど緊張されなくてもいいですよ。今回は檀上さんに、とある商談をお持ちしただけですからな」
「しょ、しょ、しょ、商談ですか!?わ、私の様なぺーぺーに商談なんて…」
先日繰り広げられた舌戦が脳裏によぎる。とてもではないがあんな戦い、俺に出来るはずもない。緊張のあまり頭が真っ白になりそうなるが、思わぬところから救いの手が差しだされた。
「商会長、檀上様が緊張されています。あまり若人相手に遊ばれるのは…」
ありがとう、名前の知らない強面のエルフさん。あんた、見た目以上に性格がよさそうだ。帰るとき、感謝のしるしとして彼には冷蔵庫でキンキンに冷やしている炭酸飲料をあげよう。エルフ相手だと、お茶とかよりもこういった飲み物の方が人気が高いのは調査済みなのだ。そう心の中で固く誓い、アルベルトさんの次なる言葉を待つ。
「む…確かに『商談』と言う言葉を使うのは少しばかり大人げなかったかな。まぁ、それほど緊張されなさんな。檀上さんにもそう悪い話ではありませんからな」
先ほどまでの老獪な雰囲気ではない、好々爺といった雰囲気に一転していた。俺を油断させる作戦かもしれないと一瞬だけ身構えたが、よく考えたら彼が俺を油断させる必要などないことに考えが至る。
なぜなら交渉ごとに置いて相手を油断させるという事は、それによって生じた隙を突くためであるからだ。彼なら俺を油断させずとも、俺の隙を容易に見つけ出しそこから突き崩すなど簡単に出来るはずだ。と、いうことに思いがいたり、俺は色々と面倒になったので考えることをやめた。
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