第29話

 ついに迎えた『ダンジョン』公開日。朝の8時から入場を開始する予定だったが、人が来なかったらどうしようという不安からか昨夜はなかなか寝付くことが出来ず、朝起きた時には10時を軽く過ぎていた。


『ダンジョン』の管理者とは言え、当日はしなければいけないことがあるわけでもない。しかし、こうも放っておかれると少しばかり不安にもなる。急いで準備を整えて『ダンジョン』に向かう。


 そこにあったのは、人でごった返すほどの人々…とは言えないモノの、それなりの数の人が『ダンジョン』の周りにいた風景であった。


 駐車場も満車とは言えないが、ざっと8割ほどが埋まっていた。公開初日で、これを多いとみるか少ないとみるか。とは言え、この調子で人が訪れてくれれば、それほど時間をかけずに借金を返済することも出来るだろう。


 その事に安堵してから『ダンジョン』の中に入ると、老若男女問わず実に様々な人がいた。ただ事前に『ダンジョン協会』からの広報があったようで、装備品から察するに中級以上の探索者の姿は見えなかった。多くが初級から初級未満、つまり数週間前の俺と同じようなド素人であった。


 家族連れもいれば友人同士で来ている人もいる。皆、目の色を変えてトノサマンバッタを追いかけているという様子はなく、和気藹々と『ダンジョン』という施設を各々の方法で楽しんでいるように見えた。


 トノサマンバッタを倒し『格』を上げることが出来たことに喜ぶ子供もいれば、倒した後に『魔石』がドロップされたことに喜ぶ若者もいる。中には、少し離れた場所で獲得したばかりの『スキル』を試している者もいる、と言った具合にだ。


 俺の『ダンジョン』が多くの人に認められつつあることに安堵していた。






 1カ月もすれば、その『ダンジョン』の傾向が大まかに見えてくると言われている。俺の『ダンジョン』もその傾向という奴が見えてきた。


 まずは平日の昼間。この時間帯には多くのご老人方が訪れている。近くに住む人もいれば、少し遠方にある老人ホームの団体客がマイクロバスに乗ってやって来ることもある。目的は『格』を上げることで、少しでも老化を防止するために積極的に活動する人もいれば、『ダンジョン』内の温暖な気候に眠気を誘われてか持参した椅子に座り昼寝をする人もいれば、ブルーシートを広げそこで囲碁や将棋を打つ人もいる。まぁ、枯れ木も山の賑わい(比喩)とも言う。それが『ダンジョン』を賑わわせる要因の一つなれば俺としても嬉しい。


 夕方を過ぎればその老人たちは帰り、代わりに近くの学生や仕事帰りのサラリーマンの姿をよく見かけるようになる。学生の多くは講習を受けたであろう高校生が多くを占めるが、稀にではあるが明らかに中学生と思しき集団の姿もある。


 駐車場は金をとるが駐輪場はタダで利用できるようにしている。利用しやすいことも関係しているだろうが、最大の要因は他の『ダンジョン』では入場の際に探索者の資格を提示する必要があるが、俺の『ダンジョン』ではその必要が無いことだろう。入口に人を配置するのが面倒であったという理由もあるが、正式に認めているわけではないが、保護者である探索者の資格を持つ人が同伴でなくても、中学生でも俺の『ダンジョン』の中に入ることを許可しているというわけだ。


 仕事帰りのサラリーマンは『格』を上げる為と言うよりも、ストレス解消に来た、そんな印象を受ける人が多い気がする。副次的な効果で『格』が上がり仕事の効率が良くなれば…そんな思惑もあるのだろう。彼らの気持ちは痛いほどよく分かる。


 そして休日。主に若者と家族連れを多く見かける。若者はこの辺りでは見かけないパリピな雰囲気を漂わせている学生だろう。地元から遠路はるばる自転車をこいでやってきているのだろうか。『ダンジョン』に入る前から荒い息が上げていたが、流石は若者。数分もしない内に息を整え、トノサマンバッタ狩りまくってドロップされる『魔石』に一喜一憂していた。


 家族連れは自分の子供の『格』を上げることを目的にやってきているのだろう。俺の『ダンジョン』では探索者の資格を持つ保護者同伴なら未就学児でも入場を許可している。そのため父親らしき男性が虫取り網を使ってトノサマンバッタを捕まえて、自分の子供に倒させている。ほのぼのとした光景…とは言い難いかもしれないが、これも家族のだんらんの一つなのかもしれない。


 何はともあれ、人が多く訪れているという事はそれだけ多くの駐車料収入が期待できるというわけだ。月末に、管理を任せている『ダンジョン協会』からかなりの金額が通帳に振り込まれているのを見て、ニヤニヤが止まらないほどであった。


 この調子で行けたらいいなと思っていると、久方ぶりに『ダンジョン』に訪れた服部さんに声をかけられる。


「ダンジョンが上手くいっているようで安心しました。当面の問題もないでしょうし、ダンジョンの管理者として檀上さんにはこのダンジョンの調査をお願いしたい、と、本部からの要請がありました」


「調査…?他のダンジョンでも同じことをされているのですか?」


「まさか。このダンジョンは多くの初級探索者どころか資格を持たない学生ですら足を踏み入れていますからね。つまり他のダンジョンと同じ扱いなわけがない、というわけですよ」


 面倒なことだ…と思う一方、俺の『ダンジョン』には未だ未開となる部分が多くある。むしろそちらの方が圧倒的に広いわけだが。そしてそれを知りたいと思う自分も当然ながらいた。しかしいくら入り口付近が安全とは言え、1人で調査するほど無謀な行為はしたくない。


 藤原さんの様な強い人に同行してもらいたいが、彼の仕事はあくまでも研究施設の護衛だ。俺に同行してくれることは無いだろう。仕方ない、ダメもとではあるが剣持さん達に協力を仰ぐことにしよう。上級探索者ともなれば色々と忙しい身分ではあるが、運が良ければスケジュールが合うかもしれない。

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