誘拐されたのです!
真っ白な空間の中で私の意識は覚醒した。
「ここは……どこ……?」
身に覚えがない真っ白な空間。およそ10メートルくらいの四角い密室に閉じ込められている。天井も床も壁も真っ白。
私は気を失う前の記憶をどうにか思い出そうとしていた。
記憶を辿る。
確かあの時は……
美味しそうなお菓子の匂いに釣られてデヴィル城の中を歩いていたら突然何者かに掴まれて意識を失ったんだ。誰もいなかった空間から突然手が出てきたのも覚えているぞ。その手が私をここに連れてきたんだな……
ということは私は誘拐された?
そして今この状況からするに監禁されている?
マジか……
監禁といえば牢獄や拷問器具がずらりと並んでいるイメージだったが、そういう器具は一切置かれていない。
本当にただ真っ白な空間だ。
気になるのはその真っ白の空間の中心に"黒い球"が浮いているということ。この"黒い球"は一体なんなんだ?
「ふふっ……ようやく目を覚ましたか」
突然背後から声がかかった。誘拐された時と同じ感覚に襲われて体がゾッと震えた。
恐る恐る声のする方へ顔を向ける。
そこには戦略の神"アテネ"が立っていた。
「アテネ…」
嘘でしょ……なんでアテネが……
誘拐犯の正体がアテネだということに衝撃を隠せないでいた。
「ご覧の通りあなたは人質よ。ここで監禁させてもらったわ。ただしこの隔離された空間は出れる条件があるのよ。それはあそこの黒い球体に自身の年齢分のダメージを与えること。そうしたら出れるわ」
「な、なんで誘拐したのに……丁寧に教えてくれるの?」
「それがこの隔離された空間にロックをかける条件なのよ。これで外部からこの空間に入ることは不可能になったわ。このまま混乱した悪魔族を私たち神が滅ぼしちゃうわ~、ふふっ」
「そ、そんなことさせないわ!!! パパー!!! お兄ちゃん!!! おじいちゃん!!!!」
いつもなら名前を呼ぶだけですぐに来てくれる3人の名前を叫んだ。
しかしアテネが言った通り本当に姿が現れる気配はなかった。
「助けを呼ぶのが遅かったわね。無駄よ。大人しく故郷が滅ぼされるのを待ちなさい。その後、あなたも殺してあげるわ~、バイバ~イお姫様」
そのまま、あの謎の空間が開いてアテネは姿を消した。おそらく時空移動系の魔法だろう。
「ま、待って!!!!!!」
私の声はアテネには届かず、真っ白な空間に響き渡るだけだった。
こ、これは、本当にまずい。まずいことが起こったぞ……
全悪魔族の弱点は『私』だ。私がいなくなったことで悪魔族いや……暗黒界に住む全ての悪魔や妖怪、怪物達が混乱するだろう。
混乱状態の悪魔達を一網打尽にするつもりだ。なんという戦略。なんという策士。さすが戦略の神アテネ。
悪魔族を助けるためには私がこの空間から脱出するしかない。
脱出方法はアテネが教えてくれた通りあそこにある黒い球に自分の年齢分のダメージを与えること。
条件を私の年齢に設定したアテネの計画はさすがだと言おう。今まで私は自分の年齢に苦しめられて大変な思いをしてきた。誘拐されてまでこの年齢に苦しめられるとわ……
4万7714本ロウソクの火を消したり
4万7714個の豆食いに挑戦したり
4万7714本の赤いバラをもらったり
4万7714個のコレクションを集めようと思ったり
4万7714個のキャンディを回収したり
4万7714杯のわんこそばに挑戦したり
他にもたくさんこの年齢のせいで大変な思いをしてきた。達成できなかったものもいくつもある。
ただ今回は絶対に達成しなければならない。家族を……悪魔族を……暗黒界を救うために。
私はあの黒い球に自分の年齢分のダメージを与えてみせる!
そしてこの白い空間から脱出してみせる。
まずは試しに一発殴ってみよう。
これでもパパの娘だ。強烈な一撃を喰らわせられるだろう。
見様見真似でパパの戦う時の構えをしてみた。足腰に力を入れて腰を低くし左腕を前に突き出す。そのまま腰を使い右腕でパンチを放つ。
強烈な一撃を黒い球に一発喰らわせた。
「えーっい!!!!」
可愛らしい声が出た。
そのまま黒い球に白い文字で数字が浮かび上がる。出てきた数字は『6』だった。
「なにこれ? 6ダメージってこと? 今の結構全力だったのに……」
このダメージは蓄積されるものなのか? 途中でリセットされないのか? 何発まで可能なのか?
不安材料はたくさんある。
だけど一刻も早くこの空間から出ないといけない。考えてる余裕もない。殴り続けよう。
「えいえいえい!!!!」
可愛い声を出しながらボコボコと慣れないパンチを繰り出す。
数字は一気に『128』まで上がった。
そして私の息も上がった。
「ゼェ……ゼェ……嘘でしょ……まだ128なの?」
4万7714ダメージまで程遠い。このままでは国が滅んでしまう。
負けるな私。負けるな悪魔ちゃん。
そうだ魔術だ。
おじいちゃんもパパもママもお兄ちゃんも使える。
暗黒魔術を試してみよう。
わがまま言って練習しなかったことを後悔している。
でも詠唱は大体はわかる。手をかざして唱えるだけだし私にもできるだろう。
確か詠唱する言葉は……
「我暗黒界に生きる悪魔 黒き闇と共に 全てを焼き払んとす。我に邪悪な力を与えたまえ。全闇の一撃ダークインパクト 」
かざした手のひらから小さな闇の球が現れてゆっくり飛んでいく。そのまま黒い球に衝突。
数字が『130』になった。つまり『2』ダメージしか与えられていない。
私は魔術のセンスは皆無だった。
「うぅう……チクショー、ここにきて精神的ダメージを与えるなんて。これもアテネの作戦か……なんてやつなんだ……うぅ」
こうなったらやけくそ攻撃だ。節分の時は失敗したけどここでは状況が全然違う!! 殴り続けてやる。
オラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!
どりゃどりゃどりゃどりゃ!!!!!
ぬぁぬぁぬぁぬぁぬっアッ!!!
ウォリヤァアアアアアアアア!!!
数字は徐々に上がっている。確実に私の年齢4万7714歳に近づいている。
このまま続ければ絶対にいける!
およそ2時間が経った頃だった。
可愛い可愛い私の腕はもう限界が近い。筋肉痛と疲労でもう動かない。動かすことができないのだ。
疲労でぐったりと横に倒れている。動かない腕を無理やり前に動かした。
そして手をかざす。
どうせ動けなくなるんだったら最後に大技をぶつけよう。
魔術のセンスは全くない。そんなことはわかってる。
でもデヴィル家に代々伝わる黒魔法の秘術ならきっとうまくいくはずだ。
私たちを助けてくれると信じよう。そしてみんなを助けたい。だから力を貸しておばあちゃん!!!
「●■▲●■▲ビーフオアチキン●■▲●■▲アーピザガイイデスネ」
悪魔族の極一部しか知らない悪魔語で黒魔法を詠唱した。この悪魔語は消滅してしまったおばあちゃんから教えてもらったものだ。
するとかざした手のひらから、とてつもないほどの闇が溢れ出た。はじめに撃ったしょぼい黒魔法とは違い、物凄いスピードで黒い球に向かっていく。
ボゴゴゴゴゴゴゴゴッゴオォオオオオオオ!!!!!
見る見るうちに黒い球に浮かび上がった数字が上がっていく。4万7714ダメージをとうに越していった。
「やった! これで出れるぞ! って、えぇええ? 止めらんないんだけど……黒魔法やばー、勝手に止まったりしないのかな。どうしようどうしようどうしよう止めるための詠唱とかあるのかな?そんなの知らないんだけど……」
脱出するためのダメージを与えることができたが手のひらから出ている闇が消える気配が全くない。
★☆★☆★☆★☆
一方その頃、暗黒界に住む悪魔族達はアテネが送り込んだ神に仕える戦士達と激しい激しい戦いを繰り広げていた。
エイエーンがいないことによって悪魔族の士気は下がりに下がっている。
「もうダメじゃ……ワシの孫よ……エイエーンよ……いったいどこに……」
暗黒界悪魔国家の元国王モウスーグは膝をつき戦う意志が失われている。神殺しの異名を持つとは思えないほどの情けない姿だった。
「クソッ!! エイエーン。俺の可愛い妹はどこだ!!! クソッ!」
悪魔族一の戦士でもある兄のナガイーキも剣に迷いが出て苦戦している。攻撃するどころか守りばかりで追い詰められている。
「パパしっかり。必ずエイエーンちゃんは見つかるわ。絶対よ。だから立ち上がって」
「あぁもう無理だ。エイエーンがいないこんな国なんて滅んでもいい。エイエーンがいないなら俺の生きる意味もない。俺の可愛い可愛い娘よ……あぁエイエーンよ……パパを許しておくれ」
暗黒界悪魔国家の現国王のイツマデーモンは戦意喪失している。それを支える女王トーワだが、声は届いていない。
デヴィル城の手下たちや悪魔国家に住む悪魔族、さらには妖怪国家の妖怪や怪物国家の怪物、その他大勢の暗黒界で暮らす者たちが神と戦っているが、エイエーンがいない事によって戦意が薄れている。
神と対等に戦えるはずなのに全く相手にならずやられていってしまっている。
エイエーンがいない事によってここまで大惨事になってしまうのだ。
もう誰も神と戦う気力を持つものはいない。アテネの計画通りになってしまったのだ。
「フッフッフ。あなたがイツマデーモンね。国王なのにその様……みっともないわね。さぁこの聖なる剣に斬られ消滅してしまいなさい。可愛いお姫様が地獄で待っているわよ」
アテネは戦意喪失しているイツマデーモンの目の前で剣を振り上げた。その剣でイツマデーモンの首を斬り消滅させるつもりだ。
このままでは国が滅んでしまう。国王の命も危ない。
そんな時だった……
デヴィル城の上空から白い謎の破片が落ちてきた。今、雪なんてはずがない。その正体を探るべく空を見上げてみると、そこには黒魔法の秘術が大量に放たれていたのだった。
何事かと思いき黒魔法を放っている人物はエイエーンだった。謎の白い破片と共に黒魔法を放ちながらエイエーンが落ちてきている。
エイエーンは黒魔法の秘術が止まらなく焦っていたが、脱出の条件を満たしたので白い空間が壁から崩れ落ち、そのままエイエーンも落下していたのだった。
「キャァアアアアア!!!! 止まらないし落ちてるし!!! 助けてぇええええ!!!」
助けを求めて叫んだ瞬間。
ほんの1秒。いや0.001秒後、落下が急停止した。
私は右手から秘術が出たままパパにお姫様抱っこされていた。
その横にはママとおじいちゃんとお兄ちゃんもいる。
一瞬で私のところまで瞬間移動してきたのだ。
「パパ!!! ママ!!! おじいちゃん!! お兄ちゃん!!!」
「エイエーン。心配したぞ。無事か?」
パパの優しい一言。先ほどまで泣いていたのだろうか。瞳は潤んでいて声はガサガサだ。
「これ……私の右手……止まらないんだけどどうしよう」
落下の問題は解決したが白い空間から出るために使った黒魔法の秘術が止まらなくて焦っていた。
「孫よ。それはワシに任せておくれ!」
そう言っておじいちゃんは悪魔語で何かを唱え始めた。
「●■▲●■▲アタタメマスカ●■▲●■▲イイエピザデス」
詠唱が終わると共に私の右手から放たれていた黒魔法の秘術が消えていった。
そんな様子を見ていたアテネと戦士達は慌てていた。
「撤退! 撤退だ! エイエーンが戻ってきた! 撤退!!!!」
「すぐさま撤退せよ!!!」
逃げていくアテネと戦士達。
私の安否を確認でき悪魔や妖怪達の士気が戻る。そして今まで以上に士気が高まる。
「ウォオオオオ!!!」
「エイエーン姫が戻られたぞぉおおお!」
「ウォオオオオオオオオオ!!!」
先ほどまで滅びる寸前だった国とは思えないほどの雄叫びだ。
そのまま逃げていく神たちを鬼の形相で追いかけていく。
「逃すわけがなろう!」
おじいちゃんの指から破壊の光線が放たれる。
ヒューーーーーズゴゴゴゴン
悪魔国家が半分に割れ地形が変化した。地図を書き換えなければいけないレベルの破壊力だ。
「よくも俺の可愛い可愛い妹に!!!! ふざけるな神め!!!」
お兄ちゃんが凄まじい勢いで暗黒剣を振りかざした。
スパッザバッツザザザッツ!!!
空間を斬り神達を空間転移で逃げられなくする。
そしてパパとママが私をゆっくりと地上に下ろした。
「エイエーン様!!!」
「ご無事ですか??」
私を心配しデヴィル城の手下達が駆け寄ってくる。
無事の返事をしようとした途端、刹那の一瞬のことだった。パパとママの姿が消えた。
その後大きな黒い爆発がした。
バフッツボゴォオォォォオォ!!!
その爆煙の中には吹っ飛ぶ神側の戦士達。さらには、この戦争の元凶でもあるアテネもいた。
おじちゃんが地形を変えてお兄ちゃんが逃げられなくしてパパとママが敵を倒したということだ。
「貴様らは一番やってはいけないことをした!!! 俺の娘に手を出した!!!!!!」
そんなことを言いながら暗黒界に来た神たちを全滅させていった。
パパとママの他にお兄ちゃんとおじちゃんも参戦してもう地形はぐちゃぐちゃだ。
本当に悪魔国家の地図を書き換えなければいけないほどになってしまった。と言うよりもパパ達が悪魔国家を滅ぼそうとしてる勢いだ。
凄まじい死の暴力で他の悪魔たちは近付くことすらできないで見守り続けた。
「あぁ、悪魔国家が国王たちの手で滅ぼされる……」
★☆★☆★☆★☆
この事件から神側から攻めて来ることは一切なくなり平和な日々が続きました。
もしこのまま私が年齢分のダメージを与えられずに脱出できなかったらアテネ達に悪魔国家、いや、暗黒界は滅ぼされていたに違いない。絶対滅んでいた。
それほど私は悪魔族にとっての弱点なのだ。だってこんなに可愛くてみんなに愛されているんだもん。
でも暗黒界が滅ばなくて本当によかった。悪魔達の犠牲者も0だ。
今後はまた同じように誘拐されないため護衛も強化されるだろう。
それも愛だ。受け入れよう。
ただ私の年齢の数分の護衛をつけるとかだったら勘弁してほしい!!! 悪魔には寿命がないから私の年齢は4万7714歳! でも可愛い可愛い悪魔ちゃん!
今後もみんなに愛されて生きていくだろう。
その証拠に悪魔国家がパパたちの手によって半壊し地形が変わってしまったが、せっかくなのでと言って悪魔国家の地形を私の形にしてしまったのだ。
地図を見たら私の全身が描かれているぞ。私の全身の形をした地形が悪魔国家になったのだ。
それほど愛されているってことだろう。
私は正直引いてる……
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