居酒屋探偵 杉田乃巳男(すぎたのみお)の事件簿
しょもぺ
酒羅場:その1 殺意のつくねとりももかわはらみ の巻
この物語の主人公は、もと刑事であり、いまは私立探偵事務所を営む男、
『杉田乃巳男』 (すぎた のみお)
彼は、頭脳明晰な手腕によって数々の事件を解決するが、
すぐに犯人を警察に引き渡したりすることはしない。
何故なら、けして許されるべきではない犯罪を犯した犯人に、
あえて、酒の席を提供し、償いを受け入れる心の余裕を与えるからだ。
それこそが、自らが以前に犯した罪への断罪なのか?
それは、わからない。だれにもわからない……
今回も、『杉田乃巳男』 (すぎた のみお)の事件解決への推理は完璧だった。
犯人であるA男は、妻のB子のいき過ぎた宗教への執着に耐え切れず、
神の啓示を装って、それを利用し妻を殺害した。
その方法は……あえて推理小説のようなトリックは、ここでは言及しない。
大事なことは、犯人であるA男が、罪を認め、償いを受け入れる事なのだから。
けして、殺人のトリックを考えるのがメンドクサイのではないのだ。ホントだよ。
ここは、とある焼鳥屋、『連焼屋』
地元では、焼鳥通のあいだでは有名で、リーズナブルな値段設定と、備長炭の煙のたちこめる、いわゆる、オッサン好きの『赤提灯の焼鳥屋』である。
ところが、なかなかどうして。
昭和の赤提灯と言えば、酔っ払ったオッサンが、客同士でくだを巻いてい口喧嘩し、若者には近寄りがたい居酒屋であるが、近年では、その昭和のレトロ感が若者にも受け入れられ、老若男女でにぎわう人気店だった。
探偵の杉田乃巳男(すぎた のみお)は、何も言わずに生ビールを2杯注文した。
殺人犯であるA男は、それをだまって口に運ぶ。
「ぷはぁ~……」
「ふ! うっ……ん~むむ……うまい!」
いままで険しい顔つきだったA男の顔が、ビールのうまみによって口元がみるみるとゆるむ。そして、お通しの枝豆を、一心不乱で噛み締める。
程よい塩かげんのそれは、次のビールを、ふたくち、みくちと流し込ませた。
それから5分ほど、乃巳男とA男は、黙って同じ作業を繰り返した。
手に持ったジョッキのビールを流し込み、枝豆を咀嚼する。
そんな単純作業を、無言で何度も何度も繰り返した。
やがて、お通しの枝豆は尽き、注文した焼鳥の鳥もも塩が、二人のテーブルに運ばれた。炭火焼で香ばしい肉の塊。それを口にほおおばると、鼻を刺す香味と焦げ目と口中に溢れる旨み肉汁のドリップが、味覚と食感を脳天直撃し、思わず構えてしまう幸せのガッツポーズ。それは、目をつぶっておでこを押さえてしまう幸福であり降伏のポーズだった。その瞬間は、どんな人間でも、うまみの前にひれ伏す原始的な生物のDNAを継承した、ただの人類、『ホモサピエンス』であることを否めない瞬間であった。
乃巳男(のみお)は、飲み干したビールの空のジョッキを手に取って再確認した。
もう、グラス底にわずかに残った液体と泡しかないことに。
そうなると、次の行動は誰にも明らかで、さらなる喉の潤いを求めるべく、店員さんを呼ぶ運びとなった。
「ビールもいいが……焼酎のウーロン割り……おまえもそれでいいか?」
乃巳男の問いに、A男は無言でうなずく。
警察に突き出されるべく犯人に、探偵は気を使って次の酒のメニューを訪ねた。
いつ逃げ出してもおかしくない、罪を犯した犯人。
それを、居酒屋で持て成す探偵という奇妙な構図。
「結局、おまえの完全犯罪も穴だらけだったんだよね」
「っはは……ダンナにはかないませんよ……」
A男が妻のB子を殺害したトリックとは……?
密室と完全なアリバイを巧妙に使った科学薬品と心理的誘導による田舎の霊的オカルトとプラシーボ効果と借金苦による鬱病をふくめたメンタルな人の心の弱みにつけこんだ巧妙なジレンマと嫉妬と恋煩いと愛しさと切なさと心強さと戦うことと昭和アニメのセル画とハッピーターンの幸せ粉といいちこプレミアムとうまい棒のつぶれとラブライブの非パンチラとプリキュアの非パンチラとガンダムのエネルギーゲインとザクの動力パイプの中身と50歳代は幸薄いということがわかったのだった。
「ダンナ……ありがとうございます」
「ん? 俺は何もしていないさ……」
そして、居酒屋のお会計が済み、A男は警察へと出頭した。
その後姿を見守る乃巳男。
「さて……もう一軒……あ、金がねぇや!」
貧乏探偵、『杉田乃巳男』 (すぎた のみお)
彼の推理は、なおも続くのであった。 おしまい
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