夏草が邪魔をする

かのえらな

第1話 






 その夏祭りの夜、初めてのキスをした。


 暗闇の中、

七色に輝く宝石のような瞳を見つめながら。



 色が聞こえるような、音が見えるような、


 そんな不確かで、確かな幻想の中を

唇に触れる柔らかさだけが真実だと教えてくれる。




 

 町中が光り降り注ぐ夜空を見上げ、

幾重にも咲き誇る花火の轟音を聞いている最中さなか


 私は、そんな炸裂音よりも自身を打つ熱い心臓の音が五月蠅うるさくてしかたなかった。


 そして


 その煌めく瞳の中に溺れ、息が出来きないまま、

熱を帯びたアスファルトの上で、恋に落ちていくのであった。





◆◆◆






 「では、これで体育祭のメンバーはこれで決まりとします」



 定刻を知らせる鐘の音。

椅子を引きずる騒音が校内に広がる。


 笑い声と無数の足音が津波のようにワッと湧いては、嵐のように過ぎ去っていき、

校舎は瞬く間に静けさを取り戻した。


 直線で縁取ふちどられた西日が教室を照らし、

柔らかい風が、若草と土の匂いを廊下に運でいく。



 「会長ー早く夏服にしましょうよぉ。

せめてワイシャツにしましょ、

中まで蒸れて気持ち悪いですよぉ」



 静寂が満たされた教室に、

不満が一滴 こぼれた。



 「秋山さん、校則で決まっていることだから私には何も出来ないわ、

七月まで待つか、先生に言って」


 汲んでは掃くように一蹴すると、

茶髪の少女は、口を大きく開け

「堅物会長ぉー」と叫び、

わざとらしく、よろよろと溶ける体をかばいながら教室を出て行った。


 一人を教室に残して。


 

 「はぁ、面倒くさい」



 黄昏の教室を独占する少女、

国木千冬くにきちふゆ】は

腰まで真っすぐに伸びた黒髪を邪魔そうに

うなじから手櫛てぐしまとめ、

左肩の前に出した。


 下を向いたときにほつれ、垂れる後ろ髪が

この日はいつにも増して鬱陶うっとうしい。


 腹立たしさに重ねて立てた数枚の用紙を、

トントンと机に叩き揃えると、

その音は静寂にこだました。


 それを皮切りに深呼吸し

サイドバックをブレザーの肩にかけ、

教室を後にしようと扉の鍵に握った時だった。


「スマホースマホー」



 西日の陽気に誘われたかのように、

不満で満たされた教室に一人、

涼風と共に颯爽と入ってきた。


 教室に二人。

当然と目が合う。



 「あ、国木さん!

こんな時間までメンバー表の名前書いてたんだ。

お疲れ様だね」



 黄昏時の物静かさを叩き割るような、

燦燦さんさんとした声が夕暮れを犯す。


 その声色に負けない明るい金髪は、

秋のススキの束のようで、

頭の後ろで一つに纏められている。


豊作言わんばかりの広がりその髪は

黄昏を受け輝いた。



 「海山みやま柚夏ゆか、まだ帰ってなかったの」


 「な、なんでフルネーム・・・しかも呼び捨て・・・」


 黒髪紺のブレザーが、

金髪白のワイシャツと対峙する。



 お互いの影が止まり、机をいくつか挟んで向かい合っていたが、

先に口を開いたのは金髪白の柚夏ゆか



 「来月のスポーツ大会楽しみだね?

去年は負けちゃった分、今年は頑張ろうね!」


 だらしなく開いた襟元えりもとの前で、

素早く拳を握っては突き出す。



 「頑張るのは勝手だけど、

今年は去年より勝てる可能性が低いと思う」


 「え?どうして?」



 柚夏とは反対に、

千冬は白く冷たい息を吐くような声を返した。



貴女達あなたたちみたいな話の中心になるような人間が、

悪ふざけをしたせいでクジ決めになったからでしょ」



 冷たい声は熱を孕んだように大きくなり、

掴んでいた用紙に少ししわが入る。



 「え?だってその方が楽しいじゃん!

バレー嫌いだった?」



 悪びれるぶりもなく、

柚夏は後ろに両手を組むとグッと背伸びをしてみせた。




 高校二年目の春を過ぎ、

夏を目の前のこの時期に、

毎年開かれるスポーツ大会。


 種目は男子はサッカーとバスケ。

女子はバレーか卓球を選択し、

学年問わずの高校行事が行わられるのだ。


 クラス替えが行われない為、

メンバーは去年と変わらない。


それでも今年は去年と少し勝手が違った。


 去年は希望種目を選択、

今年はクラスのくじによって、

メンバーの振り分けをされていたのだ。


 そして去年、卓球を選択していた千冬は、

今年バレーに出場が決まっていた。



 「どちらも嫌い。

でも卓球なら個人戦だったから、

私が負けても他の誰かが勝てれば、

それでよかったのに。

わざわざ団体球技に不向きな人間を介入させるような手法を取るなんて、意味がわからないわ」


 「え?だって楽しいじゃん!

それにみんなで協力したらさ、楽しいし、

いい思い出になると思わない?」



 落胆する灰色の声に躍動やくどうする黄色い波が押し寄せる。


 柚夏はくじで決めよう、

と言い出したグループの一人だ。



 「貴女のような頭お花畑な人はいいけど、

スポーツが嫌いな人間からしたらいい迷惑よ」



 スポーツには得意な人間、

不得意な人間がいる。


また皆の中心となって話せる者、

そうで無い者がいる。


 千冬はどちらも後者だった。



 「成績学年トップの人に、

お花畑と言われてしまっては反論できませんなぁ。

まっ!決まっちゃったことは仕方ないよ、頑張っていこう!」



 柚夏は、パァっと口を大きく開け、

笑いながら机の中から派手なカバーケースに入ったスマホを取り出した。


 そして連絡が来てないか確認し操作し始めた。



 少しの沈黙ののち


 スマホ画面の反射を巧みに使い、

ネイルの施された細い指で前髪を直しながら、

何も言わない千冬に続けた。



 「バレー、苦手なら、一緒に練習しよっか?」


 「しないわ」


 「即答!?」


 「学校終わってまで汗かくの嫌だし、

皆みたいにモチベーションもないし、

第一、そんなことしたって勝てるワケじゃないから」


 黄昏に目を晒す黒髪。



「・・・苦手っていうのは否定しないんだ」



そんな彼女に聞こえないように小声でつぶやいた。


 だが、しっかり千冬の耳に入っていたらしく

鋭い眼光で刺された柚夏は、

首を隠すように肩をすくめる。



「じゃ、じゃあ、お互い頑張ろうね国木さん」


「待って、海山さん」



 ばつが悪そうに手を振って、

教室を後にしようとする柚夏を呼び止める。


 返事をするでもなく、

柚夏はサブバックのキーホルダーたちを揺らし立ち止まった。



「スマホ、校内では使用厳禁のはずよ」



スッと手の平を差し出し「没収」とその仏頂面に顔に書いてあった。



「マジ?」


「大マジよ」



手を伸ばした影に、ゆっくりと影が近づき、その影は一つになった。

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