逆らってはいけない、法廷。

学級委員の梨々花ちゃん

 朝、目が覚めた時。夢で見たことの半分を私は忘れていた。

 なんだか、夢の中でもお茶会をしていたような……?

 昨日の麗奈ちゃんとの出来事が、忘れられなくて、夢の中にまで出て来たのかな。

 そんなことを考えながら、目覚まし時計の針を見る。

「うわっ! やっちゃった!!!!」

 目覚まし時計のアラームを勝手にカンちゃんが止めていたみたい。

 あと五分で家を出ないと遅刻する!

 制服に着替えるだけ着替えて、部屋を飛び出した。

『あと二人、けどあと二日以内になんとかせなアカン……』

 カンちゃんが懐中時計を見ながらうなる。

「カンちゃん、走りながら時計を見てたら危ないよ」

 私の言葉に、カンちゃんがふんと鼻を鳴らす。

『だーれがそんな、歩きスマホみたいなことをぶふうっ!』

 ほら、言わんこっちゃない。

 カンちゃんの体は、電信柱に激突していた。痛そう。

『きょ、今日はそういう日やっただけや!!!』

 そう悪態をつくカンちゃん。

『今日中に、二人、見つけられたら早いんやけどなぁ……』

『それは難しいだろ』

 ムギが言う。

『本が指し示した中庭。あそこに、残りの二人も来ていた可能性が高いことは、分かってる。でも、それだけだからねぇ』

「……あとは、封印した本の題名が『不思議の国のアリス』だったことだな」

 後ろから声がして振り返ると、本条くんが走ってきていた。

「本条くん、頭、すごいことになってるよ!?」

 イケメンの本条くんのヘアースタイル、今日は鳥の巣。

 がんじがらめに髪の毛がからまりあって、大変なことになっている。

「俺、朝が苦手なんだよ。ほっとけ」

「いやいやいや、これ見たら、女子たち悲しむよ!?」

「俺は悲しまないからいいんだよ。他の女子はその辺に捨ておけ。俺はアイツらの目の保養のために生きてるんじゃない」

 あ、それは言えてるかも。

「おはようございます!!!」

 なんとか学校の校門閉門時間ぎりぎりで、すべりこむ。

 私たちの後ろにいた人たちは、無情にも門を閉じられる。

「おい! まだ時間あるだろ!」

「いいえ、ありません。あの二人がぴったり閉門時間です」

 門の前に立っているのは、私たちのクラスの学級委員の中井梨々花ちゃん。

 学級委員が当番制で、この学校の校門の閉門を任されているんだ。

「他の学級委員なら許してくれるぞ!?」

「私はその人本人ではありません」

 きっぱりという梨々花ちゃん。それに、と続ける。

「閉門時間を過ぎたのですから、これが正しいやり方です。さぁ、名前を言いなさい」

 梨々花ちゃんににらまれて、門をくぐれなかった人たちが次々に自分の名前を言う。これ、成績表に遅刻で書かれちゃうんだよねぇ。

 二人でくつ箱に向かいながら、ふと思い出したことを本条くんに伝える。

「そういえば」

「何だよ。しょうもないこと言ったら、分かってるな?」

 うう、怖い……。そう思いながらも伝える。

「梨々花ちゃんって、あんな怖い人だっけ?」

「中井のこと? ……俺、アイツのことよく知らないからな」

 そう言って本条くんは頭をかいた。

「私、梨々花ちゃんとは六年生の時も同じクラスだったけど、あんな強い言い方じゃなかったと思うんだよね……」

「それは、アレだろ、学級委員としてのプライドというか、そうしないとなめられるから、とかそういうアレじゃないの?」

「そう言われたら、そうとも思えるけど……」

 でも、あんなに恐怖政治みたいなことをする人じゃ、なかったんだよなぁ。

 六年生の時のことを思いだす。梨々花ちゃんは担任の先生からも信頼されて、いつも忙しそうに動いていた。

 何かイベントがある時も、必ずリーダーとしてみんなをまとめていた。

 でも、あんな強い口調なんかじゃなくって、みんなの話を聞いて、平和に解決できる方法を考えてくれるような、そんな人だった。

「いや、変わるだろ。中学校生活って、結構ストレスたまるからな」

 本条くんが言う。

「部活とか、習い事、たとえば塾だとかで他人と比べられたり、仲間外れにされないように頑張ったり、色々大変な時期だろ? 性格も変わるって」

「それ、帰宅部の本条くんが言う?」

「同じく帰宅部のお前にだけは、言われたくねー」

 大体、と本条くんは偉そうに腰に手をあてる。

「俺は、代々続く『特別司書官』の家柄なの。忙しいの」

「え。特別司書官って、代々続くものなの!? お殿様みたいだね!?」

 そう言うと、本条くんは嫌そうな顔をした。

「なんか、嫌」

「なんで? ほめてるのに」

「お殿様みたいって発想が、嫌」

 ほんと、めんどくさい人だなぁ、本条くんは。

「『特別司書官』は、代々家系で続いてるところと、個人的に任命された人の二種類いるんだ。俺は前者で、お前は後者な」

「へええぇ」

「『特別司書官』としての格が上がれば、扱える封印図書のレベルも上がる」

「私たちが今、相手にしてる封印図書って、レベルどのくらいだろうね?」

「多分、そんなに大したことないだろ。本当にヤバい本なら、とっくに応援の『特別司書官』が派遣されてる」

「そう。それじゃ、絶対私たちで解決して、『特別司書官』としての格を上げようね」

「まぁまずはお前が、俺と同じ土俵に上がるところが先だろうけどな」

「うっ……」

 痛いところをつかれつつ、私たちは教室へと向かった。

♦♦

「今日は、次の期末テストに向けて、決めるべきことを決めます」

 朝のホームルームの時間。梨々花ちゃんが教卓の前に立って言う。

「ワークを集めて、先生に持っていく人。これは、各教科分の人数が必要です。それから、毎日、学習計画表を集めて田中先生に渡し、終わりのホームルームでそれぞれの生徒に返す役割の人も必要です。それから……」

 黒板に次々と書かれていく文字。それが全て、なんだか学校で暮らしていくためのルール、みたいに見えて来た。何を言ってるのか、私にも分からないんだけど。

 なんか、何かを決めるために書いているのに、もう既に決まっていることを並べられているだけのような、そんな感じ。

「これらの担当をすべて、こちらで決めておきました」

 そうきっぱり言った梨々花ちゃん。え、今、もう既に担当は決めたって言った!?

「中井、さすがにそれはまずいんじゃないか。みんなの意見も聞かないと……」

 田中先生が遠慮がちに梨々花ちゃんに言う。そうだ、とクラスメートからも声が上がる。すると、梨々花ちゃんが大声で言った。

「私がルールです! 私の指示に従えないのなら、仕事を増やします!!!」

 そう梨々花ちゃんが言った瞬間、教室中が静まりかえった。

 ……やっぱり。やっぱりおかしいよ。梨々花ちゃんはこんな人じゃない。

 確かに本条くんの言う通り、中学校生活を送っていく中で性格が変わってしまったのかもしれない。でも、今、確かに聞こえたんだ。

 梨々花ちゃんの声じゃない、別の声が。

 昨日、帽子屋に体を乗っ取られていた麗奈ちゃんも、帽子屋と声が重なっていた。

 梨々花ちゃん、もしかして……。

 私は、ただただ梨々花ちゃんの鬼のように怖い顔を見つめることしかできなかった。

♦♦

 昼休み。ついに、その時はやってきた。

 立ち上がった私に、本条くんが声をかけてくる。

「町田の件は解決したのに、またお茶会に参加してくるのか?」

「ううん。今日は、梨々花ちゃんのベンチグループに参加してくるんだ」

「ほおー」

 聞いてきた割には、どうでもよさそうな声で本条くんが言う。

「本条くんは聞こえた?」

「何が?」

「声よ、声」

「……そういう話は、信じないからな」

 そっぽを向く本条くん。もしかして、怖い話が苦手なのかな。

「ホラーの話じゃなくって。梨々花ちゃんの話!」

 そう言って、梨々花ちゃんの声に別の誰かの声が重なって聞こえたことを話した。

「昨日もね、帽子屋の声と麗奈ちゃんの声が重なって聞こえたの」

「……それ、お前の特技じゃね?」

「え」

 本条くんは私の方をまっすぐ見て言った。

「正直に言う。俺にその声を聞く力はない。それは、限られた人だけが与えられる一種の『特別司書官』としての能力だ。ついでに言うと俺はその力がないから、代々『特別司書官』をしてきた一族の恥だって言われてる」

「そんな……。声が聞こえないだけでしょ?」

『いや、確かにそれは不便だねぇ』

 突然鈴の音と共に、ムギの声が聞こえてきた。

『ブーツに教えてもらったように、封印図書の指す光の筋で、体を乗っ取られた人間がどのあたりによくいるか見当をつけることはできる。でも、それじゃ、人間をしぼりたくても、しぼれない。アリスのように声が聞こえたり、何かが見えたりする能力を持った人の方が【特別司書官】としての力は強いワケ』

「人が気にしてることを、ぐさぐさ刺して来やがって」

 本条くんが悪態をつく。

「まぁでも、そういうことだ。でも、今は悔しいけどお前がいる。だから仕事のスピードが格段に上がる。その点については……」

「その点については……」

「か、感謝はしないからなっ!」

 そうあらぬ方向を向いて、本条くんは言った。素直じゃないなぁ。

「そんなことより! 早く行かないと中井、怒るんじゃないか?」

 本条くんに言われて思い出す。そうだった、梨々花ちゃんのベンチグループに参加するんだった!

 あわてて教室を飛び出して中庭へと向かった。


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