ミークが冒険者になった本当の理由

 ※※※


 次の日の朝。今日も快晴ともあって、木漏れ日が森の地面を照らしている。ピュロロー、と今日もまた見知らぬ鳥の鳴き声が遥か青空から地表に聞こえてくる。そんな爽やかで穏やかな森の中、皆で朝食を囲んでいる最中も、ミーク1人だけはずっと難しい顔でうんうん唸っていた。


「うーん……。何故だろどうしてだろ……」


「まあまあミーク。もう良いじゃん」


「いや。また同じ様なバグが起こったら安心して寝れないよ」


「ばぐ? 何それ?」


「いやごめんその説明は後。うーん……」


 ミークの頭を悩ませているもの。それはエイリーだけが先に目が覚め起きていた事である。シュラフには4人同時刻に目が覚める様指示した筈なのに、ミーク達3人がその指示通り同じタイミングで起きてみたら、何と先にエイリーだけ既に起きていて、鼻歌歌いながら焚き火の準備をしているではないか。ミークはびっくりして、慌ててエイリーが使っていたシュラフをAIを通じて徹底的に調べた。


 だが故障箇所が見当たらない。AIを通じて過去ログを辿ってみても、間違いなくシュラフには4人全員同じタイミングで起きる様に設定してあった。なのにエイリーだけ先に目が覚めた。それはこのハイテクノロジーの塊であるシュラフとしてはあり得ない出来事。


 確かにAM4:32:37辺りにエイリーが使っていたシュラフにエラーがあった様である。その時間にシュラフが開放されていた。外傷も無い事から攻撃を受けた訳でも無い。だから一層ミークは悩んでいる。


「とにかく、今後エイリーが使ってたシュラフは私が使うよ。もしまた何かあったら、対処出来るの私だけだしね」


「だからそんな気にしなくて大丈夫だって」


 若干呆れながらエイリーがそう言うと、ミークはその余裕のある物言いをちょっと不審に思う。


「やたら自信ありげにそう言うね?」


 ミークがそう突っ込むとエイリーは「え、ええ? そ、そそうかな?」と、慌てて手に持っていたお茶を一気に飲み干した。


「ウワッチチ! あっつーい!」


「そりゃそうだにゃ。さっき淹れたばっかだからにゃ」


「……エイリー、何をやっているのかしら? まるでニャリルの慌てん坊が感染ったみたい」


「あたしは慌てん坊じゃないにゃ! おっちょこちょいだにゃ!」


「……そこ訂正する意味あるのかしら?」


 ラミーが冷静に突っ込むと、「ちょっと違うのにゃ!」とフギャーするニャリル。その様子を見てミークはクスクス笑う。そんな皆楽しそうにしているのを、姿を隠したままエイリーの肩に乗り、興味深そうに見ているスピカにソッと目をやり、ニコっと微笑むエイリーだった。


 ※※※


 朝食を終え支度を整えた4人は、早速空に舞い上がり移動し始めた。今日も快晴。白く流れる薄い雲が時折日差しを遮るも、季節的には夏に近い事もありやや汗ばむ陽気。


 当然ながら空には日除けが無い為、4人は直射日光を浴びながら飛んでいる。額に滲む汗を拭いながら、ミークは暑さ対策も考えないと、と空を飛びながら思っていた。


 そんなミークの横で同じく飛びながら、比較的薄着のミーク達より更に厚手のローブを着込んだラミーが、暑さを気にする様子もなくずっと難しい顔をしている。


「この地上が球体……。そして重力という力で中心に向かって吸い寄せられている……。夜空に見える星達も実は様々な球体の塊……。でも相当遠い場所にある……。それがウチュウ。成る程面白いわね」


 どうやらミークから聞いた宇宙について、空を飛びながら考察していたラミー。興味深そうにふとそう呟いた。


「メテオ、という、岩を落とすだけの魔法は以前からあったのだけれど、その元はミークが教えてくれた、ウチュウに漂う岩々が落ちて来る現象の名称だったのね。……という事は、先人はインセキ? とやらの存在を知っていたのかしら? とにかく、重力を魔素で操る事が出来れば、4元素以外の新たな魔法の概念が出来るかも知れないわね。ふむふむ……」


 ラミーがぶつぶつ言っているのが聞こえたミークは、それに返事する様に話しかける。


「で、私のこの左腕には反重力装置が搭載されてて、重力に逆らう事でこうやって空を飛べるんだよ」


 ミークの言葉を反芻する様に「反重力装置……」と繰り返すラミー。


「……その名称からして、重力に反発する事で浮遊を可能にしている、という事ね。どういう理屈なのか非常に気になるけれど、てくのろじー? それは私には理解出来るのかしら。カガク、が元になっているらしいけれど、ミークから話を聞いてみて判ったのは、とても複雑だと言う事ね。でも突き詰めたくはなるわね」


「でもこの世界の魔素って、私の元いた世界で主流だった電気に近いかも。電気ってのは例えば雷とか。あれ静電気っていう、空気中の摩擦で起こる現象だからね。空気がある所なら基本電気は存在する」


「デンキ? 雷がそうなのね……。じゃあその原理も理解すればもしかしたら、それもまた別の魔法の概念が新たに創れるかも知れないわね」


「やっぱ雷この世界にもあるんだね。そりゃ空気があるんだからあるのは当然か。じゃあここでも電気を作りエネルギー変換出来る可能性あるかも? 今度AIに調べさせてみようかな?」


「……何だか2人で難しい話してるにゃ」


「ラミーは賢いって知ってたけど、ミークも相当頭良いんだろうね」


 空を飛びながらそれぞれの考察を交わし続けるミークとラミーに、ついていけないニャリルとエイリーは蚊帳の外ながらも一応聞いてはいる。因みにスピカも姿を隠したまま、エイリーの傍を同じ様に飛んでいる。


 当初スピカは、4人が朝食を終え身支度した後、さも当然の様にフワリと空に浮かび空中を突き進む様にびっくりして声を出しそうになってしまった。すんでのところで何とか抑えたのだが、それが赤毛の魔法使い、ラミーの風魔法に依るものだと判ると、成る程~、と、感心していた。


 だが1人、黒髪のオッドアイだけは風魔法を使っていない。当人から魔素は全く感じ取れない。なのに他の3人と同じ様に浮遊している様を見て、スピカはエイリーの直ぐ傍に居ながらずっと訝しんでいた。


 ずっと黙っていたスピカだったが、流石に気になってしまい、エイリーに出来るだけ小声で訪ねた。


『ねえエイリー、何であの黒髪の人族は空飛べるの? あの人族魔素持ってないよね? じゃあ魔法じゃない。エイリーや猫獣人みたく風魔法も使って無いよね?』


 ラミーとミーク2人でずっと難しい話をしている事にいい加減飽きてきていたエイリーは、そこへ丁度スピカが声を掛けてきたので、若干嬉しそうな表情になる。


「えーっとね。さっきラミー……、ええと、赤髪の魔法使いの事だけど。と、話してたの聞いてると、何かジュウリョク? とやらに逆らっているからだって。……って、説明してる私も分かんないや」


 囁く程の小声で説明するエイリーに、スピカは『ふーん』と返事するもスピカも判っていない様子。


 そのタイミングでスピカはふと視線を感じた。そっちを見てみると、今しがた話していた、黒髪の美女の色違いの紅い無機質な左眼と目があった。スピカはその視線にギク、と反応し、姿を消したままササっとエイリーの背中側に隠れた。


 その仕草にエイリーは「?」となる。スピカが見ていた視線の先にはミークがこちらをじーっと見ているのが分かった。そして自分を見る視線がもう1つ。ラミーも同様にエイリーを見ている。


「ねえエイリー、それって……」


 気になって質問するミークを、ラミーがそれを遮った。


「ミーク、良いのよ。多分大丈夫」


「……そう? ……あ! きっとか」


「そう。よきっと」


 ミークとラミー2人して何やら気付いた模様。その横でニャリルが「2人して何なのにゃ?」と首を傾げている。


「まあ、ニャリルにもそのうち打ち明けてくれるんじゃないかな?」


「そうね。私達にもいつか気を許してくれるといいけれど」


 そう言いながらラミーとミークは互いにフフフと笑う。一方のニャリルは何が何だか理由がわからず「なんなのにゃー!」とフギャーと空中で声を上げる。


 一方そんな3人の様子を見て、もしかしてこの2人、スピカに気付かれた? と思いつつも「ど、どしたのかな~、何だろなあ~あはははー」と下手な誤魔化す。


 そして話題を逸らすつもりで、ミークから前聞いていたとある件について聞いてみるエイリー。


「そ、そういやさミーク? 前に言ってた、モチヒト、だっけ? その好きだった人、こっちの世界に来てるって事無いのかな?」


 エイリーの言葉にミークは急停止。空中でビタ、と止まる。突然停まったミークに皆は一斉に驚き、慌てて同様にストップする。


「ちょっとミーク? びっくりするじゃない」


 ラミーがそう云うもミークはその場でホバリングしながら微動だにしない。だが直ぐ、ミークの顔が一気に赤くなる。


「え? えええ? ええ? わ、私 す、好き、好きとか? そういうんじゃないからあああ!」


 と、急に叫んで今度は突然、ギュンと超スピードで加速した。


「えええ? ちょ、ちょっとミーク?」


「そんな飛ばしたら見失ってしまうにゃー!」


「ミークー! 置いてきぼりにしないでー!」


 3人置きざりのまま、ミークは顔から炎が出ているのではないか、という程に顔を紅潮させ、グングン彼女達を引き離し先へ行く。だが少しして、ミークはまたも急にピタリと空中で止まり、ホバリング状態となる。少しして、慌てて追いかけてきた3人が追い付いてきた。


「急に先に行ったりしてどうしたのかしら?」


「エイリーがちょっとからかったのにゃ」


「からかったというか、ミークがその人の事気掛かりだって前言ってたからそうなのかなって。でもミークも照れるって事あるんだねぇ~」


 ムフフ~、と悪戯っぽく笑うエイリー。だがエイリーは、ミークの顔を見て笑うのを止めた。


 その表情は、今にも泣きそうな、とても辛そうな顔だったから。


「……望仁は絶対こっちに来てない。私、死に際を見てたし。それに……」


 ……神様から望仁は死んだ、って聞いたしね。


 もしかしたら自分の様に、望仁もこの世界に来ているかも知れない。ミークが冒険者となり色々な国を見て周りたいと思ったのは、そんな一縷の望みに縋っていたから。


 もう判っている。だけどその灯火は、未だ心の奥底で燻り、中々消えてくれない。


 この世界に来た時、神様にそう言われたから間違いない。でも、もしかしたら……。


「ミーク、ごめん」


 黙ったまま憂いの表情を浮かべるミークに、浅はかだった、とエイリーは反省し謝罪する。ミークは努めて笑顔を作り、「大丈夫」と呟きながら、スッと右目だけから少し溢れていた雫を拭った。


「あ。あれ。デムバックじゃないかしら」


 そこでラミーがとある方向を指で示す。まだ距離はあるものの、朧気ながらその先には、何やら高い壁に囲まれた建造物が見えた。

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