格好悪い髭面禿頭の大男
※※※
「……ハッ! こ、ここは?」
さっきまでゴルガが寝ていた休憩室のベッドの上で、ラルがガバっと上体を起こし目が覚める。同時に後頭部に痛みを感じ、「痛てて……」と首筋を撫でる。
「ああ……。負けたのか。シルバーランクの、ギルド長のこの俺が」
冒険者になりたいと申し出たミークに厳しい現実を教えてやろう、冒険者になると言うのは簡単なものじゃない、諦めさせてこの町で別の仕事に就いて貰った方が良い。
そう思い知らせる為に、自ら冒険者に鳴る為の試験を請け負ったつもりだったのだが、まさか気絶させられるとは。
「女だし油断していたのかも知れない。だが……」
壁に立て掛けられている、折れた自慢の剣を見て、ラルは複雑な表情をする。
「素手でアダマンタイト製の剣を折るなんて、サイクロプスでも不可能なんじゃねぇか?」
まだ少し痛む後頭部を撫でながら、ラルはベッドから降りて折れている剣を取りに行った。
折れた箇所を顔を近づけてじっと見る。ぽっきり綺麗に割れていた。劣化が進んでいる訳はない。つい最近、鍛冶師に整備して貰ったばかりなので言わば新品同様の強度の筈。だから、折れていてもアダマンタイトの光沢を美しく放っている。
因みにサイクロプスとは、1つ目で身長10m以上はある巨大な二足歩行人型の、腕を一振りするだけで、竜巻が舞い襲うと噂される程の怪力が特徴の魔物。シルバーランクのラルでさえまだ出会った事もなく、もし討伐依頼が出たなら、ラル以上のランカー数人とパーティを組まねば倒せないであろう、強力な怪物の事である。
折れた剣を持ったまま、ラルは再びベッドに戻り腰を掛け「ふー」と大きな息を吐く。
「生まれ変わってこの世界に来たとか言ってたが……、一体何なんだ? あの女」
※※※
「すげぇな! ギルド長倒すなんてよ!」「俺ギルド長がやられたの初めて見たよ!」「あんた細っこいのに怪力なんだな! 剣折るなんて」
即席で不格好に空いた穴を板で張り付けた壁が何処か痛々しい、ギルド内の大広間にて、先程闘技場で観戦していた冒険者達が無遠慮にミークに声をかけていた。
「あ、ははは。どうも」と、ミークはずっと苦笑いをしたまま、気不味そうに絡んでくる人達を往なしているが、正直ミークとしては早くこの状態から開放されたくて仕方ない、と言う気持ちで一杯だった。
それを察したのか、ギルド受付嬢のネミルが「はいはい。皆さんミークが困っていますし、彼女の冒険者登録の手続きもありますから、一旦離れて下さいねー」と間に入ってきた。
ミークが美人と言う事もあり、もっと絡みたかった面々は「ちぇー」「仕方ないか」「仲良くなりたかったのによぉ」とそれぞれ不満を零しながらミークから離れていく。その様子にミークは漸くホッとした顔をした。
「ネミルさん、ありがとうございます」
「いえいえ。先程言いました通り冒険者登録をしないといけないので。もう少ししたらギルド長が降りてくると思うので、ここで待ってて下さいね」
ネミルがニッコリ微笑みながら、ミークを余り目立たない端の席へ誘った。
ありがとうございます、と再びお礼を言ったと同時に、ミークはハッとしながらネミルに話す。
「あ、えっと……。私がギルド長に勝ったのは、その、女だと油断していたからだと思うので……。だから私が勝てたのは偶然と言うか……。と言う事で皆さんに伝えてほしいなあ、と……」
この町で一番強い筈のシルバーランクのギルド長を、試験とは言え大勢の前で倒してしまった。正直ラルはミークにとって大した相手では無かったが、彼の立場を鑑み更に大袈裟にしたくないミークの思惑もあって、自分が勝てた理由を取り繕ったのである。
何処かおどおどしながら言い訳をするミークを、ネミルはじっと見つめる。気不味くなったミークは下を向くが、ネミルはその様子が可笑しくて、ついクスリと笑う。
「そうですね。分かりました。ギルド長も手を抜く、と事前に言ってましたしね。そういう事にしておきますね」
ネミルが微笑みながらそう答えると、ミークは強張った表情で「宜しくお願いします」と頭を下げた。
……でも、アダマンタイト製の剣を素手で折った事は、どう誤魔化せば良いんでしょうね?
と、ネミルが考えていると、休憩室のある2階からギルド長が下の大広間に降りてきた。
「痛てて……。おお、ミーク居たか。さっきはお疲れ様。冒険者になるって言うだけあって凄いな」
そう言って労うと、ミークは「いえ。こちらこそありがとうございました」と気不味そうに頭を下げた。そこでネミルがラルに近づき耳打ちする。内容を聞いたラルは「分かった」と小さく頷いた。
それからすぅー、を息を吸い込み、
「ま! 俺も手を抜いてたからな! しかも女だと油断しちまったよ! 剣もちゃんと手入れしてりゃ折れる事は無かった! 剣が折れちまっちゃあ、流石の俺でも勝てねぇわなあ!」
と、広間に居る大勢に聞こえる様に大声で叫んだ。
「成る程ー! 整備不足の剣を使っちゃったんですねー!」
と、更に棒読みながらもネミルが大きめの声でわざとらしく付け加えると、ラルが気不味そうに「おお! そういう事だ!」と答え、ネミルがフッと笑った。
それを聞いた面々は、
「あーそう言う事だったのかよ」「アダマンタイト製の剣が折れるって普通はあり得ないもんな」「でもそれ差し引いても冒険者とやっていくには充分な実力だとは思うがな」
と、ざわざわする面々。それぞれとりあえず納得いった、と言う表情。どうやらネミルの口添えでラルが気を使ってくれた様だ。ミークはホッと胸を撫で下ろし、ラルにペコリと頭を下げた。
「ま、とりあえずミーク。認定試験は合格だ。因みに最初は皆見習いのウッドからになるが構わないか?」
色々あったがどうやら冒険者にはなれそうで、ミークはホッとし「宜しくお願いします」と答えた。
そしてラルは真面目な顔でミークの耳元に顔を近づけ、「でも聞きたい事がある。後で上へ来てくれ」と呟くと、ミークは何だろ? 不思議そうな顔をしてとりあえず「分かりました」と、答えた。
その影で、チッと舌打ちをしながらミークを一睨みし、黙ってギルドを出ていく禿頭髭面大男が居た事は、その場に居た殆どの人が気付かなかった。
※※※
「クッソ! ラルの野郎! 何で俺がウッドランクの仕事やらなきゃいけねぇんだよ! しかもあの女冒険者だと? ふざけんな! クソが!」
既に夕方、そろそろ日が暮れる頃、魔物の討伐依頼や採集依頼等を終えて町に入っていく冒険者達が居る一方で、愚痴りながら皆と逆の方向、町の外へ出ていく髭面禿頭の大男に、未だ門番をしていたカイトが声をかける。
「おおいゴルガさんよぉ! そろそろ門閉めるけど大丈夫か? 夜の依頼でも受けてんのか?」
カイトの言葉を聞いたゴルガは、イラっとしながら振り返り、ズンズンとカイトに歩み寄り、グイと胸ぐらを掴む。
驚いたカイトは「お、おい! 何だよ!」と言い返すが、ゴルガは、
「ああ? 誰に言ってやがんだ? 俺が誰か分かって言ってんのか?」
「だからゴルガさんって声かけただろ? 何がいけなかったんだよ?」
「うるせぇ! 大体リケルと言い、何でお前みたいな軟弱な野郎が警備兵やってんだよ! 何で俺じゃねぇんだ! 気に入らねぇ!」
そう叫びながら胸ぐらを掴んでいたカイトをそのままブン、と放り投げる「うわああ! 何だああ!」と叫びながら、カイトは何とか受け身を取りゴロゴロ地面を転がりそして立ち上がる。
「おい! 一体何だよ! 俺が何したんだ!」
「うるせぇ! うるせぇうるせぇ! とにかく気に入らねぇんだよ!」
何が琴線に触れたのか分からないが、元々粗暴で有名なゴルガ。当人が言う通り何か気に入らない事があったんだろう。多分八つ当たり? と思いながら、カイトは槍を構える。そして仲間を呼ぶ為の笛を懐から取り出した。
「それ以上無意味に攻撃しようとするなら、こちらもそれなりに対処させて貰う」
「んだぁてめぇ。カイトの癖に俺様に逆らうのかよ?」
「俺が誰とか関係無い。俺ら警備兵は町の治安を守るのが仕事だ。それを脅かすんなら抵抗するだけだ」
カイト1人じゃゴルガには敵わないのは分かっている。でもゴルガが町に戻り中の人達に八つ当たりでもされたら問題だ。だからここで取り押さえた方が良いと判断し、ゴク、と唾を飲み込み構えた槍に力を込める。
そこで、
「おいゴルガ。何やってんの?」
と、ゴルガの後ろから声が聞こえた。「んだあ?」と、呼び捨てが気に触りキッと睨みながらゴルガが振り返るが、「……あ」と急に顔を青ざめ固まった。
「おー、ゴルガじゃん。俺らの元パーティーメンバーだった」
「本当だ。俺らを人質にしてさっさとダンジョンから1人で逃げたゴルガだわ」
更に2人の男達が蔑んだ眼差しで声をかけてきた。
彼ら3人の存在に気付いたゴルガは、急に小さくなり「あ……。いや、その……」とモゴモゴしだす。
3人はゴルガと同じブロンズランク。とあるダンジョン捜索の為、以前ゴルガと共にパーティーを組んだ男達だった。そしてダンジョンの奥で強敵に出会い、討伐をしようとするも手こずってしまい、いよいよパーティー全員の命が危ない、となった時、真っ先に戦闘離脱し一目散に逃げたのが、このゴルガだったのだ。
残りの3人はゴルガが居なくなった事でパーティー編成が出来なくなり、彼らも強敵だった魔物の討伐を諦め、命からがら逃げ帰る事が出来たのだった。
3人は縮こまっているゴルガに近づいていく。気不味そうにゴルガから声をかける。
「お、お前ら……。ぶ、無事で良かったな。ハハ……」
誤魔化す様に半笑いで話しかけてきたゴルガに、3人皆苛立ちを隠さず、一斉に睨みながらゴルガを囲む様に詰め寄る。
「て言うか、あのダンジョンの件からずっと、俺らから逃げ回ってたよなあ?」
「まず俺らに言う事あるよな?」
「そうそう。まずはごめんなさい、じゃないのかよ?」
「い、いや……。その……」
「いや、その、じゃねーよ! そもそも俺らは奥に進むのは止めよう、このダンジョン嫌な予感がするって止めたんだよなあ! 一旦引き上げてギルドで相談しようってなあ! なのにお前、腕っぷしには自信があるから大丈夫だって、勝手に奥に進んだんだよなあ!」
「そうだよ。ゴルガパーティーメンバーだし1人に出来ないって、俺らも仕方なく付いてったんだよな」
「なのにさあ……。自分の責任でパーティー危ない目に遭わせといて逃げるってどうなんだよ?」
傍で聞いていたカイトは「ええ? そんな事があったのか。謹慎中は知ってたけど」と呆れ顔。
カイトの呟きが聞こえたのか、青かった顔が赤くなり、無言で押し黙ってしまう髭面禿頭の大男。
「おい。何とか言ったらどうなんだ?」
1人が睨みながらそう言うと、「う、うるせぇ! お前らが頼りないからああなったんだろうが!」と開き直りながら、囲んだ3人を押しのけ、町と反対側の森へ走って行った。
「あ! おい! また逃げるのかよ!」
「あいつ!」
1人がサッと腰に付けていた弓を構え矢を引き絞りゴルガを狙おうとするが、1人がそれを制する。
「止めとけ。あんな奴に矢を使っちゃ勿体ない。それに……」
そう言いながらカイトの方を振り返り、
「俺らやギルド長、他一部の人間しか知らなかったゴルガの失態が、偶然にも他の町民に知れたんだ。恥を忍んで戻って来れるかな? 元々横柄な奴だったけど、もし次戻ってきた時には、そんな態度も取れないだろうな」
そう伝えると、2人は若干悔しそうな顔ながらも「成る程」「そうだな」と怒りを胸に閉まった。
「まあでも、次会った時には容赦しないけどな」
制止した1人はカイトに目配せした。カイトはその意図に気付きニヤリと笑う。そして3人は同時に悪い笑顔を作り、共に町の中に入っていった。
暫くして、もう戻ってくる人は居ないだろう、とカイトは門を閉める準備をする。
「さて、一応夜の警備担当に、ゴルガが森に逃げてった理由を伝えておかないとなあ」
と、冒険者達の意図、ゴルガの噂を広める一旦を担ってやろう、と1人呟いた。
ゴルガはギルドの前の大広場でとある美女に盛大に投げられそれを大勢が見ていたので、既に痴態は町中に広まっているだろうが、その事をカイトは知らない。でも良い肴のあてが出来たとほくそ笑むのだった。
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