冒険者認定試験

 ※※※


「生き返ってこの世界に来た……、ねえ」


 ミークはネミルの時同様、身体の事は言わず自身の出自と体術についてのみ説明した。それを聞いたラルと名乗ったギルド長は、話を聞いて神妙な顔をしながら顎に手を当て考え込む。


「まあでも、体術については野次馬連中も見ていたしそいつらから話は聞いてるから事実なんだろう。で? ミークは今後どうするつもりだ?」


「実は元々ここギルドに来ようと思ってリケルに案内して貰ったんです。冒険者、と言うのが気になって」


「冒険者になりたいのか?」


「何にしてもお金稼がないと駄目だと思うので。私の能力を考えたら、それが一番手っ取り早いかなあって」


「冒険者って、どういう仕事かは知ってるのか?」


「一応。さっきリケルやネミルさんから詳細は聞きました」


「それを聞いて尚、やってみたいって言ってるのか?」


 そうです、と淡々と答えるミークに、ラルは「はあ~」と大きなため息を吐く。


「ゴルガを投げる位には強いんだ。腕っぷしには自信があるんだろう。それでも俺は反対だ。この町で暮らすんなら他に色々仕事はある。お前さんみたいな若い女性がわざわざ選ぶ職業でもない。魔法も使えないなら尚更だ」


 ハナから否定されたミークはムッとする。その様子を意に介さずラルは続ける。


「荒事が多い仕事なんだよ。冒険者ってのは。だから魔法使いだったり特殊な才能を持った女以外、殆ど男がやるもんなんだ。て事は、そのつまり、なんだ……。お前さんみたいな美人が荒くれ者の中と共に冒険者稼業をやるってのは、もあるって事だ」


 ああ、この人は一応私を心配してくれてるんだ、とミークはそこで初めてラルの言葉の思惑を理解した。


「きっとその点は私なら大丈夫です。そして冒険者ってあちこち行くんですよね? で、行った先で色んな経験が出来るみたい。私はこの世界がどんなのか色々見て周りたいので、冒険者が一番良いと思ってます」


「大丈夫って……。そんなに自信があるのか」


 うーむ、と唸るラルだが、ミークからすれば些末な事だと言う認識。地球に居た時の方が大変だった、と思っている様で。


「本当に良いんだな?」


 もう一度、真剣な眼差しで確認するラルに、ミークは曇りなき眼で見返して頷く。


 ミークの決意を確認したラルは、もう一度大きなため息を吐いた後、「分かった。じゃあどれだけ実力があるのか試験をする。時間勿体ないから今からでも良いか?」と聞いた。


「え? 試験?」


「そうだ。誰でもなれる訳じゃない。最低限戦える能力が無いと冒険者なんか出来ないし、さっき言った様な事からも自身を守らないといけないからな。その実力を見定め、問題無いと判断すれば晴れてギルド登録して冒険者になれるって事だ。どうだ?」


 当然ミークには何も急ぎの用は無いので、「是非お願いします」と返事した。


 ※※※


「へえ~。女の冒険者志望? 珍しい」「おいおいめっちゃ美人じゃねーか」「ちょっと待て。あの格好、魔法使いじゃないな。武器を使っての攻撃なのか? 女なのに?」「いや武器すら持ってねーぞ? まさか殴打で戦うのか?」


 ギルドの裏にある楕円形状の闘技場には、ちらほらと戻ってきた冒険者と、町に居た野次馬が闘技場を見下ろす観客席に集まっていた。


 冒険者認定試験はそれだけでも娯楽の少ないこの町では結構なイベントであるのに、それが滅多に無い女性で、しかも魔法使いでは無いと言うから、益々街の人達の関心を引いた様だ。


 噂を聞きつけて人がどんどん増えてしまい、いつの間にか観客席はほぼ満席状態になっていた。


「……そもそも試験は見せモンじゃねーのに。勝手に見て良いからって本当あいつら暇なんだな」


 闘技場の真ん中で、周りの様子を見ながら、試験担当を務めるギルド長のラルは愚痴り、ミークに「大騒ぎになって済まない」と謝罪する。その言葉の裏には、「一方的な展開になるだろうから、きっと恥をかかせてしまう」と言う思いもあったりする。


 一方のミークも、余り目立ちたくないと思っていたので、この観客には正直困惑していた。そして左腕を切り離さず試験を受けよう、とも思っていた。


 ミークは事前に冒険者にはランクがある事を聞いていた。一番下がウッドで見習い、次がアイアン、その次がメタル、そしてブロンズ、シルバー、ゴールド、そして世界的にも数える程しか居ないプラチナ、と言う順番との事。


 そしてランクは、冒険者としてクリアした依頼の数とレベルで、ギルド長が判断し決められるらしい。


 そんなギルド長ラルはシルバーランク。この町では一番高いランクの持ち主で、シルバーともなれば余程の強力な魔物で無い限り、大抵1人で倒す事が可能で、ダンジョンによっては1人で探索する事も可能な程強い。


 説明を聞いた当初、ミークは「ダンジョンって洞窟の事だよね? それを探索するのに何故ランクが関係するんだろ?」思っていたが、どうやらダンジョンは平地より沢山の魔物が潜んでいて、しかも強力なボスまで居るのが普通と聞いて「成る程」と思ったと同時に、何だか面白そう、是非行ってみようと、ワクワクしていたりする。


「ま、ちゃんと手を抜くから、思い切りかかってきて良い。悪いが俺もミークに攻撃する。実力を測る為に必要な事だからな。リケルを見て分かったと思うが、骨折や内臓破壊程度はポーションがあれば一瞬で治るから心配するな」


 ミークはその、一瞬で大怪我が治る不思議な薬、ポーションの存在が気になっていた。後でAIに解析させようと思いつつも、どうやらラルは強いらしいし? こっちは手加減しなくても良さそう、と、真剣な表情に変わり、そして左腕を下げファイティングポーズを取った。一方のラルはミークのその顔を見て「これでミークも本気でかかって来れるな」と、ミークとは違う思いを持ちながら、両刃の片手剣を柄からスラリと抜き、


「何時でもどうぞ」


 と、右手に持った片手剣を前に構えた。


(AI。一応身体能力3倍に引き上げて)


 ーー了解。身体能力3倍に引き上げましたーー


 心の中でAIに指示すると、途端にギシギシとミークの脚や腕、身体から軋む音が体内で聞こえた。ミークはAIが身体に直接働きかけ、普段は使用していない潜在的な筋力、体力、動体視力等を、強制的に最大10倍まで引き上げる事が出来る。因みに3倍程度なら一晩睡眠を取れば直ぐ体力を回復出来る。このまま体術だけで戦っても良かったのだが、相手はどうやら強いらしいので、一応細心の注意を払って身体能力を3倍に引き上げたのである。


「じゃあ行きます」


 ミークがそう伝えたと同時に、フッとミークの姿が砂埃と共にその場から消える。「え?」一瞬呆気に取られるラルだが、ミークが自身の後方に現れ首筋に手刀を浴びせようとしているのに気付き、「クッ」と前屈みでそれを躱す。


 躱したと同時に直ぐ様ミークの踵落としが屈んだラルの後頭部を襲う。気配を感じたラルは咄嗟に顔を上げそれを避ける。同時に、ゴオ、とラルの顔面辺りに砂風が舞い、ドン、と避けた地面にミークが落とした踵と、その場所だけボコ、と穴が空き風圧でまたも砂埃が舞い上がる。思った以上に威力に驚きながらも、ラルは「チッ!」と片手剣を地面に突き立てバッとジャンプし一旦距離を取る。


「今度はこっちから行くぞ!」ラルは片手剣を右下に構えそのままミークに突進する。そして「はあ!」と叫びながら右上に剣を薙ぎるも、ミークは余裕の表情でそれをひょいと躱した。「まだまだ!」更に右上からそのまま上段に構え直し、上から剣を思い切りミークに叩きつけるが、それも難なくひらりと身体を反転させ、ミークは躱す。


「3倍も必要無かったかな?」


「え? 3倍? 何の事だ?」


「あ。いえいえ。でも本気で来た方が良いと思います」


 これまでの攻防10秒もかかっていない。それ程2人の動きが速いので、見ている観客達の殆どが何が起こっているのか分かっていない。そしてミークは汗一つかかず余裕のある態度。それに少し苛立つラル。


 ……コイツ俺の背後を簡単に取りやがった。しかも手を抜いているとは言え、俺自慢の素早い剣戟をいとも簡単に躱しやがった。思った以上にやりやがる。成る程自信がある訳だ。


 と、思い直したラルは、


「なら言う通り、本気でやってやるよ」とラルは呟き片手剣を上段に構える。そして「フゥー」と大きく息を吐く。


「行くぞ。後悔するなよ」


 そう呟くと同時に、これまでとは明らかに違う途轍もないスピードで、一気にミークに詰め寄る。「おお?」先程とは違う素早い動きに流石にミークもやや驚く。


「悪く思うなよ!」そう言いながらラルはミークの左脇腹目掛けて突っ込み、先程以上に途轍も無い音速の如きスピードで、その細い脇腹を横に薙ぎ払おうとする。


 だが、


 パン、と何かが弾ける音がしたと同時に、斬りつけた筈の剣から先が、半分以上無くなっていた。


「……へ?」


 呆気に取られるラル。そして直ぐ様カラーン、と金属が転がる音が聞こえた。ラルはハッと気付きみるみる顔が強ばっていく。


「ま、まさか……、嘘だろ? この、アダマンタイト製の剣を……、折ったのか? 一体どうやって?」


 アダマンタイト製? がよく分からないミークだったが、確かに剣を折ったのはミークの左腕だった。


 そして未だ唖然としているラルに、ミークは隙あり、と、自身の身体の下に潜り込んでいる体勢のラルの後頭部を、再び手刀で首筋を狙う。今度は食らわせる事が出来、ラルはそのまま前のめりに倒れた。

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